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ミステリー・レコード  作者: 天海 扇
壱 平和break
9/21

No. 9

     *




「ほい到着! どうじゃ、初めての空の旅は楽しめたかな?」

 楽しめたわけがない。楽しかったわけがない。僕は空に無理矢理連れられて楽しめるほどの度胸は持ち合わせていない。

 楽しめるわけがないだろ!! と叫びたいところだけれど、今の僕には残念ながらそのような行動をする体力と気力が残されていない。実際に飛んでいたのはきっと数分程度でしかないのだろうけど、体感では数十分に感じられた。楽しさなんて微塵(みじん)も感じられない。ただの恐怖体験であった。地獄の時間だったぜ……。地に足がつくというのがここまで安心できることだとは思っていなかった。

 途中天狗の野郎が、「エンターテインメント」だとかなんとか言い始めて僕から手を離し、地面すれすれで回収するという行動をして来たりもした。その時の恐怖は筆舌(ひつぜつ)し難い。あそこまで殺意が湧いたことはこれまで一度も無い。殴りたい、この笑顔。

「はぁ…………で、どこにいるんですか? あんたが言っていた人物は」

「ここら辺にいるのは確かじゃ。探せばすぐ見つかるじゃろ」

「? 連れていってくれるわけじゃないんですか?」

「ん、ちとな、まずいことが起きとる。計算外の事が起きとるんじゃ。時間が無い。ワシは今すぐしなければならんことがあるから、お主は小娘と合流してさっさと帰った方がよいぞ」

「え、あ、はい」

 突然のシリアスな空気に僕は呆気にとられる。今までとは全く違うその真面目な話し方に、僕は思わず息を呑んだ。

「ほれ、あそこにいるはずじゃ。あの大木の根元。ほれ行け」

「ん? どこです? ……って、あれ!? 天狗さん!?」

 消えた。

 天狗が消えた。

 天狗が消えてしまった。また腕を一振りして姿を消したのだろうか……。

 あまりにも唐突に、音をたてることもなしに消えてしまったために、僕はキツネにつままれたような気持ちになった。

 いや別に消えてくれても良いのだけれど、いっこうに構わないのだけれど、むしろ嬉しいとさえ思うわけなのだけれど。一応ここは知らない場所なわけで、つまり見知らぬ場所に一人でいるというのは不安になるわけで。まぁそれはいい。

 別にさみしいとか思っているわけではない。ツンデレだとか、そういうわけでもない。ただ、ただいなくなるのであれば、一声かけてほしかった。なぜなら、

「あの仮面、次会ったらへこませてやる」

 まだ一度も、殴っていないのだから。

 それにしても、一体何があったのだろう。何が起きているのだろう。一体この森で、何が。あのふざけてばかりの、酔っぱらった近所のおじさんのような怪人を焦らせ、真面目にさせるような出来事とは、一体……。

 ……どうやら、言われた通りにした方が良さそうだ。大木の根元、と言っていたけれど……。

 僕は一度周りを見渡してみる。よく見ると、とても綺麗な場所である。

 大きく開けた草原の中央には底まで見とおせるほどに澄んだ湖があり、更にその真ん中には大きな、とても大きな樹木が天高くそびえ立っている。それらからは神聖な雰囲気が漂っているように思える。そして、その巨木の周囲には花や他の木などの植物は全く生えてはいない。空を見上げると樹木が生やす青々とした葉っぱが傘のように空を覆っていた。

 幻想的。一言で表すなら、きっとその言葉がふさわしい。

「……良い場所だな」

 どこからか、何かしらの強い視線を浴びている。そんな感覚がしなければ。

 僕は一つ察した。この場所は、普通の人間が来てはいけないのだ。きっと、そうなのだ。だから、殺意を感じ、悪寒がするのだ。

 僕は湖の縁まで歩くと、巨木の方を見ながら湖にそって歩き始める。

 ……よく見るとこの木、暖かい光を放っているような気がする。……どういうことなのだろう。木とは発光するものだっただろうか。キノコにはそういった種類があるというのを聞いたことがあるが、発光する木なんてものは見たことも聞いたこともない。この木、何の木なのだろうか。とても気になる。名前も知らない木ですから。



 閑話休題。



 視線を感じる。やはり視線を感じる。いまだに視線を感じる。

 僕は後ろを振り向く。──何もいない。

 僕はため息をつくと(きびす)を返し再び歩き始めた。

「気のせい……だよな」

 でなければ、何かがいる、ということか。見えないだけで。見ることができず、姿を認識できないというだけで。

 いや、むしろ何かが見える方が恐怖だろうか。見えない幽霊なんかよりも、見える位置にいる熊とかの方が怖いのだろうか。怖いな、うん。

 もしこの視線が幽霊の類いではなく、気のせいでもないのだとしたら、それはきっと、

「怪異……か?」

 僕の日常は一体どうしてしまったのだろうか。数日前まではこんな意味のわからない経験などしたことがなかったというのに。それもこれも、二日前、教室で怪異に遭遇してからか……。

「ん……? これは、神社か……?」

 湖の周囲を半周程歩いた頃。色の落ちてしまった薄汚い鳥居と、その奥に建っているお堂を発見する。

 鳥居の先から根元までの間には飛び石があったため、僕は大股で飛び石の上を歩いて湖を渡った。

 どうやらこの神社はなかなかに古いものらしく、所々色が剥げたり穴が開いたりしているようだ。柱なんかは、少し押しただけでミシリとその身を軋ませそうだ。それに、神社の一部は巨木から伸びる太い根に貫かれたり巻き込まれたりしてしまっている。というか、そこらじゅう根っこだらけで大変なことになっている。とても歩きづらい。足をとられて転んでしまいそうだ。

「ここにいるのか……?」

「あははは!」

「ひっ! どぅおえ!?」

 みっともない声を出してしまった。何が起きたかは、お察しの通り。転んだ。突然の女の子の笑い声に驚いた僕は一歩後ずさり、根っこに足を引っ掻けて尻餅をついてしまったのだ。

「ん、ぐぅおお」

 根っこの上に尻餅をついてしまったためになかなかに痛い。

 それにしても今の声、誰かいるのだろうか。──いや、いてくれなければ困る。頼むから誰かいてくれ頼むから! イエスヒューマン、ノーゴーストだ。

 僕は立ち上がると、勇気を振り絞って声がした方向に……行く前にちょっと深呼吸して、ウロウロしたりなんかして……。

「よ、よし、行くぞ」

 覚悟を決めた僕は、歩き出した。気をまぎらわせるために、さんぽするときの歌を歌いながら。別に歩くのが好きなわけではないが。

 僕は怯えながらも前に前にと進んでいく。声が近づいてくるたびに足は重りをつけたかのように重くなっていくが、前に進んでいく。

「へぇ、それは大変だね~」

 いる。この根っこを越えた先に。

 僕はそっと、大きな根の陰から向こう側を覗き込む。

「……………………」

 声が出なかった。

 だけどそれは、恐怖からではない。恐怖の感情は一瞬のうちに消え失せた。声が出なかったのは、単純に驚いたためだ。そういえば、天狗が言っていたではないか。人がいると。小娘がいると。

 笑い声の主。故意的にではないにしろ、僕を驚かし怯えさせ尻餅をつかせた張本人。それは、薄い水色のワンピースに身を包んだ、白い長髪をなびかせる女の子であった。

 僕はゆっくりと彼女に近づいていく。まるで吸い寄せられるかのように。ゆっくりと近づいていく。

 すると足音に気づいたのか。白髪の彼女はゆっくり顔を振り返らせ、僕の姿を確認すると青い目をまんまるにして驚いた表情をする。

 だが彼女はすぐに微笑み、そして口を開く。

「おはよう! 久しぶりだね、室戸くん!」

 そう言う彼女の笑顔はまるで太陽のようで、僕の心を奪い、かけようとした言葉さえも奪ってしまった。





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