No. 4日常red jelly
数字だらけの教室という怪異に悩まされた日の翌日。目が覚めたら全くの別世界であった! ……などということはなく、ありがたいことに僕の平和な日常はいつも通りやってくる。どうやら僕の人生は異世界ものではないらしい。
その日は雲一つ無い晴天で気温がとても高く、目を覚まして体を起き上がらせた僕、室戸四津木は朝から憂鬱な気分になっていた。
「ん~? どうした四津木。そんなに俺の作った飯が不味いのか?」
「もちろん、それもあるけどさ……」
「否定してくれよ」
「なんで朝からこんなに暑いんですかね……北海道の夏が暑いとは思ってなかった……」
「そりゃ偏見だな。北海道は冬はかなり寒いし、夏は普通に暑い。下手すりゃ沖縄より暑い時だってあるからな」
やめてくれ、暑さを想像してしまう。
僕はため息をつくと、テレビに映る天気予報に目を向け、そして落胆する。
どうやら今日の北海道は全体的に晴天らしく、忌々しい笑顔が張りついた無数の太陽マークがこちらへ微笑みかけていた。
その笑顔を見続けていると怒りが込み上げてきそうだったので、視線を目の前に置かれた料理に向けて気を紛らわす。テレビに怒りを向けても何にもならない。
それにしても、今日の朝食は箸が進まない。
火が強すぎたのか、豚肉と野菜を炒めたそれは所々炭のように黒コゲになってしまっている。
食べられないと言う程ではないけど、苦いし、とても美味しいとは言えないような出来である。お世辞にも美味しいとは言えない。むしろ美味しくない。どっちかというと不味い。
テーブルを挟んで向こうの席に座るこの三十代くらいの男性は、名前を室戸雄介という。
僕の父親の弟、つまり叔父なのだけれど、料理は人並みにできるはずなのに時々ミスを犯すのだ。
ミスといっても、普段は多少黒コゲにしてしまったり味が濃すぎたりといった程度なのだが、四日前に出された朝食は特に酷かったため、今でもしっかりと脳裏に焼き付いてる。
四日前の朝、雄介おじさんは目が覚めたばかりの僕の目の前に、トーストだと言ってそれを置いた。
僕は驚いた。目を丸くして驚いた。まだ眠たくてボーッとしていた僕は、側頭部を何かで殴られたかのような衝撃を受けた。マンガやアニメなら稲光の演出が入っていたかもしれない。
お皿にのっていたもの、それはハムらしき炭とチーズらしき炭をのっけた、トースト風の炭だったからだ。
いったいどれだけ焼いたらそうなるのか気になるぐらい真っ黒に焦げていた。食べる気なんて更々起きなかった。
……まぁ、しっかり食べましたけどね、僕は。トースト改めトースト風の炭を、僕はちゃんと食べきりました。死ぬかと思いました。
炭を食べるのはもちろん初めての経験だったわけだが、もう二度と味わいたくない味であった。きっと炭を朝食として食べた日本人は、僕が初めてなんじゃないだろうか。まぁ、そうだとしても、そんな日本人初は何も嬉しくはない。どうでもいいことだけれど。
「あ~、見ろよ四津木」
「ん?」
声に反応して顔を向けるとおじさんがテレビを指さしていたので、僕は指さされたテレビへと視線を向ける。
そこには笑顔の太陽は既に映っておらず、代わりに北海道全体の地図が映されていて、所々に町の名前と、最高気温と最低気温を表す二つの数字が表示されていた。だが重要なのはそこではなく、画面に表示されたデータ放送というものだ。松戸井市は都市ではなく田舎町であるため、データ放送でないと正確な天気の情報は得られない。
僕はデータ放送によって表示された情報を確認していき、
「げっ」
と小さく声を漏らした。
「真夏日だってよ真夏日。最高気温30度越え。──もしかしたらこの暑さ……最近流行りの妖怪のせ」
「ごちそうさま」
「あ、おい無視すんなよ~。おじさんは取り残されてはいけないと思って若い子の話題を必死にだなぁ」
「おじさんの努力はどうでもいいけどさ、おじさんそろそろ仕事の時間じゃなかった?」
そもそもその言葉のブームは過ぎ去りつつある。
「えっマジ? うおっマジ!?」
時計を見て時間を確認したかと思うと、ガタッと音をたてながらおじさんは立ち上がり、それから電光石火の早さで準備を終えてそのまま玄関へと走っていく。
「わりぃ四津木。後片づけは任せた!」
そう言うとおじさんはそのまま慌ただしく玄関から飛び出していき、段差に足をつまずかせたのか、勢いよく地べたにヘッドスライディングしていた。今日もおじさんは元気そうでなによりだ。
僕はおじさんが立ち上がり扉が閉まっていくのを見送ると、食器を下げてテレビの電源を消し、登校の準備を終えると戸締まりをしっかりして家を後にした。
車庫にある自転車を引っぱりだしてまたがった僕は、右手側にある交差点の角を右に曲がる。すると、少し変わった通りに出る。歩道に屋根がある通りだ。
歩道の両端には、等間隔で設置されている円柱型の鉄の柱があり、その柱に支えられた天井がしばらく先まで続いているのだ。自転車に乗っているのに雨が降った日なんかは、わりと助けられる。まぁ、学校まで続いているわけではないので気休め程度にしかならないのだが。
この通りの名前は『ベルロード』というらしい。少し前まではなんでこの名前なのかと思っていたけど、何てことはない。ベルがあるロード。だからベルロードだ。最近気づいたのだけれど、よく見たらいつも通ってる方の道に、小さな鐘が設置されていた。申し訳程度の小さな鐘。正直目立たない。
そしてこの通りのもう一つの特徴と言えば、シャッターの多さだろう。建ち並ぶお店の半分はシャッターが下りていて、塗装が剥がれて錆びてしまった柱と合わせて見てみると、なんだか物寂しさが漂っているような気がする。
現在の時刻は七時三十分程、まだ朝早いということもあってお店はどこも準備中で、昼よりもシャッターは若干多い。とはいえ、正直言うと昼になってもあまり変わらないような感じ。間違い探しレベルかもしれない。アハ体験が出来そうだ。分かりやすい違いと言えば、昼になると服屋の中で、おばちゃん達が談笑し始めることだろうか……。
「お、おはよう、室戸少年!」
通りに出てきた僕に、爽やかな男性の声が呼び掛けてくる。僕は家の前に、深緑色のエプロンをした知っている男性が立っていることに気づくと、彼の前で自転車を止めた。
「おはようございます、宮崎さん」
爽やかな声で挨拶し、爽やかな笑顔を向けてくる彼は、僕が引っ越してきたおじさんの家の二階で喫茶店『back side』を営んでいる、宮崎さんだ。
彼と僕は親戚であり、小さい頃から何度か会っているということもあって、引っ越してきてから何かとお世話になっている。おじさんがいない時のために料理の作り方を教えてもらったり、そのままご飯を食べさせてくれたり。今僕が乗っている自転車も、宮崎さんから譲り受けた物だ。最近は新メニューの試食なんてこともさせてくれる。
顔良し、性格良し、家事も出来る、なんでもござれな完璧イケメン。それが彼に対する僕のイメージ。非リアの男達にはさぞかし嫉妬のこもった視線を向けられるのだろう。彼に話しかける女性のお客さんは、彼氏持ちだろうと嬉しそうな反応をするのだ。そのうち爆発するんじゃないかと心配している。下手したらどこかの男にそのうち刺されるかもしれない。が、不思議なことに今のところ彼女はいないらしい。
「今日は金曜だから、授業終わるの早いよな? ゼリーの試作するから帰りに来てくれない?」
「あ~、はい。わかりました。授業終わったら行きますね。それじゃあ、僕はそろそろ……」
「おう、ありがとな! 気をつけて行けよ~室戸少年!」
僕はペダルに足をかけ力強く踏み込むと、笑顔で手を振る宮崎さんと別れる。
すれ違った女性が足を止め、宮崎さんに熱い眼差しを向けているのを横目に見ながら、僕は自転車を徐々に加速させ、雲一つ無い青空の下を走り出す。ベルロードの屋根からは、羽休めをしている鳩の鳴き声が聞こえていた。