No. 3放課後easy answer(後)
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「うわっ!?」
「ひっ」
僕は夢の中で落下した影響で飛び起きてしまい、机をおもいきり蹴飛ばしてしまった。教室内に大きな音が響く。
「も、もう! ビックリさせないでよ!」
揺らして僕を起こそうとしていたのか、僕に伸ばしていた手を引っ込めながら柊さんが抗議してくる。
どうやら、相当驚かせてしまったご様子。突然飛び起きられたうえに、机を蹴り飛ばされたら驚かない方が難しいかもしれない。申し訳ないことをした。
「ごめん。こんなときに寝ちゃって」
「もう……」
柊さんはため息をついて僕から離れる。その時に彼女は「危なかった……」と呟いたような気がした。なんか、本当に色々と申し訳ない……。彼女のためにも、早くここから脱出しなければ。
「さて、と……何を話したんだっけな……。あ、柊さん。僕はどれくらい寝ちゃってたのかな?」
「……わ、わからないけど……なんで、かな?」
「いや、特に意味は無いんだけどさ……」
まぁ、時間も固定されているんじゃな、わかるわけないか。
というか、僕達が閉じ込められてから、いったいどれだけの時間が過ぎたのだろう。外の景色が変わらないのでいまいち把握できていない。
現実でどれだけ時間がたってるのかもわからないわけだし、あんまりのんびりしているわけにもいかないな……。この教室、竜宮城みたいな時間の進み方だったら嫌だなぁ。精神と時の部屋状態なら嬉しいのだけれど。時計確認しても五時五十五分だし……。って、あれ?
僕の視線はある一点に釘付けとなった。あれはいったいどういうことなのだろうか……。まさか……!
「なるほど……! 『時計を確認しましたか』ってそういうことか……!」
なんで僕はこんなことに気づかなかったのか。そう思える程に単純な間違いが教室の時計にあった。
夢野は、『子供のお遊びのような問題』と言っていた。確かに、僕の頭に思い浮かんだ解答が正解であるならば、この問題は子供のお遊びと言ってもいいかもしれない。それほどにこの問題は単純で簡単で、わかりやすい。
「む、室戸くん……あのね、わ、私……」
「ん……?」
ちょっと潤んだ目をした柊さんが上目遣いで、なんとも言えないような声を出しながら話しかけてくる。何これ可愛い。ニヤつくんじゃないぞ僕……! あ、ダメだニヤつく。顔を見ていられない。
正直言って、もう少しこの状況を眺めたい気持ちが無いわけではないが、そういう趣味はないし、流石に可哀想なので僕は先程思いついたことを実行するために立ち上がった。
「室戸くん……?」
「わかった、かもしれない。──脱出の仕方が」
ほとんど確信に近いが、万が一間違いだった場合を考えてつい「かもしれない」とつけてしまった。格好悪いな、僕は。
「ほ、本当に?」
「まぁ、かもしれない、って程度だから。間違っていたらごめん」
更に保険をかけてしまう。ダサい。ダサいぞ僕。流石僕だ。
「ううん。私は何もできてないし……頑張ってください!」
両方の拳を握った柊さんはそれを胸の高さまで持っていき応援のポーズをする。可愛いし嬉しいのだけれど、今からやることというのは別に大したことではない。
僕は真剣な眼差しで応援してくれる柊さんを見て苦笑しながら、机を一つ、目的の場所まで持っていく。それは教卓の後ろ。つまり、教室に設置された時計の下である。
僕は、間違ってたら結構恥ずかしいなぁ、なんて思いながら机に片足を乗っける。すると腰の辺りに少し痛みが走った。別に腰が悪いとか、そういうわけではない。これは単に、意識を失った時にぶつけただけだろう、きっとそうだ。そういうことにする。
僕はまだ若い。腰痛に悩まされるような歳じゃないし、間違っても「どっこいしょ」なんてかけ声をする歳じゃないのだ。
「よっと……」
とか思いつつ、声を出してしまう自分。でもまぁ、「どっこいしょ」ではないし、「よっと」くらいならセーフのはずだ。きっと皆も同じはず。そうであってほしい。
「あ、室戸くん」
「ん、ありがとう」
心の優しい柊さんが僕を案じて、机の足を支えてくれる。正直言って必要はないのだけれども、折角の厚意を無下にするのも悪いので、ここは素直にお礼を言うことにした。
「さて、と……」
「? 時計がどうかしたの?」
壁にかかっていた時計を外して手に取った僕に問いかけてくる柊さん。僕は時計の表側を彼女に見せる。
彼女は一瞬、不思議そうに時計を見つめるが、すぐにおかしい部分に気づいて「あっ」という声をこぼした。
「これ……五時じゃない……」
「そう。五時じゃない」
時計が表しているのは五時五十五分ではなく、四時五十五分であった。僕の予想では十中八九この時計が脱出の鍵だ。なんともまぁ、簡単な仕掛けである。なぜすぐに気づけなかったのか、それは多分、時間を確認する際にスマホで先に確認してしまったからだろう。先にデジタル表示の五時五十五分を見てしまったから、壁かけ時計も同じなのだろうと勘違いしてしまったわけだ。時間を確認する時にスマホではなく、教室の時計で確認しようとしていたなら、もっと早く違和感に気づけていたのかもしれない。
つまり、問に対する解答は、『時計の針を、五時五十五分に合わせる』。それがこの問題の答えで、この怪異の解決法で、この教室からの脱出法。
「さて、針を五時五十五分に合わせて……と。これでどうかな」
「あ、なんか見たことある! 時計の針が脱出の鍵ってよくあるよね!」
確かに見たことがある。何で見たのかは覚えていないが。探偵ものだっただろうか……バーローだったか……? ……まぁいい。
僕は五時五十五分に設定した時計を元の位置にかけ直す。
「……」
「……」
「あれ……? もしかして、違った……?」
と、不安になり始めた、その時であった。教室内にチャイムの音が響き始めたのは。
ギーンゴーンガーンゴーンと、半音ずれたような低音の、気持ち悪くて不気味なチャイムだ。正解であると伝えているのだろうか……?
『クフフフ! アハハハ!』
「な、なんだ……? 笑い声?」
突然子供の笑い声の様なものが聞こえ始め、先程見た夢と同じように、教室がグラグラと揺れ始める。
僕は、隣にいる柊さんを見る。その表情はまるで、自分の弟や妹の面倒を見るお姉さんの様な、とても優し気なものだ。
その表情を見た僕はこの時、なんとなく、彼女はこの声の主を知っているのだろう、と思った。もしかしたら、この『5』という数字だらけの教室の怪異が生まれたのは、彼女が原因であるのかもしれない、とも。
気づくと不気味なチャイムも、子供の笑い声も聞こえなくなっており、揺れも完全に治まって教室もいつもの教室に戻っていた。
「終わった……?」
「みたいだね……」
「あの、柊さん……」
「ごめん! 私ちょっと急ぐからもう行くね!」
「あ、うん……」
柊さんは「聞きたいことがあったら明日話すから!」と言って、教室から走り去っていった。彼女が急いでいる理由には察しがついている。よって、僕は特に何も言わずに彼女の後ろ姿を見送る。
もしかしたら、僕が勘違いしているという可能性もあるかもしれないが、どのみちまともに話を聞くことはできないのだろうと思い、彼女を引き留めて追求することはしなかった。
「はぁ……何だったんだ、いったい……」
僕は誰もいなくなった教室で一人呟くと、当初の目的である忘れ物を回収し、すぐに教室を後にする。
こうして、僕の身に起きた不思議な事件は解決した。この事件は、怪異というものを僕の脳裏に深く焼きつけるものであり、そして僕の人生は、この事件から大きく歪み始めることとなる。
つまりこの時起きた事件は、僕の物語の、ほんの始まり……序章に過ぎなかったのである。




