あっけなく
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
野宿とは思えないほど熟睡してしまった。
おぼろげに覚えているのは、エリスにキスされたとこまででその後はぐっすりと眠ってしまった。状況から考えるに、エリスがなんかしたんだろうとは思うが、何したのやら。
「眠らせただけだよ」
「不眠は辛いし、眠らせてくれるのは正直ありがたいが、流石に野営中はやめてね。敵襲とかに反応できないと困るから」
「大丈夫。私が眠らせてるんだから、起そうと思えば直ぐにおきられるよ」
結局は、頼んだ時だけにしてくれって事でまとまった。精神防御、考えないといけないかな。
ともあれ、今日中にトロールを狩ってしまいたい。目撃証言や習性の話を聞くと、トロールは全行性のようだ。見てみないことには判らんが。
仮に全行性なら夜襲はこちらも夜目が利き難くて危険だし、敵が寝てない可能性もある。ならいっそのこと正面から堂々とやって見ようとなったのだ。
会敵予定時刻、なんて仰々しく言ってもいいが、実態は目撃例の多かった地点へあと1時間ってところ。まだ朝の早いうちなので、そこに居て仕留められればとんぼ返りで借金返済は間に合う。
昨日より警戒厳となし進んでいく。
そのかいあってついにトロールを発見する。
手長の大鬼:哺乳類・魔獣(中位)
長大な両手と大きな体躯、膂力に支えられる攻撃的魔獣。長い腕はそのまま振り回しても脅威だが、多くの個体は手に棍棒や剣、あるいは引き抜いた木など、何かしらの武装を持つためさらに危険である。
全身は屈強な筋肉と厚くて硬い毛皮で守られており、再生能力の高さもあいまって非常に致命傷を与えにくい。
雄は単独で森を徘徊する事が多いが、強力な固体は多数のメスを抱えハーレムを作っている事もありさらに危険である。
魔法等については適性がないらしく、使用した、と言う報告は無い。
この眼鏡は魔獣と魔物を区別していないようだ。改めて区別する必要が無い程度のものなら、まあこちらも区別しなくていいだろう。
そしてやはり近接特化のパワーファイター前世の知識そのままだ。遠距離から魔術攻撃をしようと思ったが、すでに何かが襲われているようだ。
森の中の小道を通っていたらしく良く見えない。見えないがあれは馬車だろう。搭乗員がどうなっているのかココからでは判別不能、遠距離攻撃は巻き込む恐れが出てきた。
最低限近づいて生死の確認、その後に行動、という流れを踏まねば、万が一生きていたときが厄介だ。
「馬車だ、タイミング悪く襲われている」
「まずいの?」
エリスが聞いてくる。まあエリスなら馬車毎吹き飛ばす事に躊躇いは無いだろう。
「あの、エリス。馬車を吹き飛ばせば、乗員、が危険で、それで死ぬならまだしも、生きていれば私たちに襲われた、と訴えられかね、ません」
説明したのは驚いたことにシュラだった。名前で呼んでる。そして意外にもまともな事を言っているな、つっかえつっかえだが。お嬢様だと思ってたのに評価を改めねば。
何があったかは後で聞こう。とりあえず作戦が必要だ。
「グランと俺で前に出る。身体強化で素早いグランに馬車を調べてもらい、その間は俺が魔力壁で引き付ける。生き残りが居ればグランが連れて退避、いなければそのまま攻撃に移る」
実は馬車が網にかかっているので、生存者はいない、何か生き物は居るってのは判っている。ただ魔力の隠蔽とか色々考えると断定は出来ないんだよね。もっと効率のいい索敵を考えないといけないな。
ともあれグランには何か生き残りが居るようだ、と伝えて馬車に向かってもらう。グランが救出活動するくらいの時間は稼がねばならない。
一発トロールに魔法を打って此方に引き付け、後は魔力壁で持ちこたえる。グランが合流し次第、全員で集中攻撃。
今回の討伐は事情が事情だけに急すぎた。この4人の連携も何も無い。急造の部隊には難しい動きは出来ないし、頭数も居ないようなので、こんな大雑把な作戦となった。
とにかくトロールを引き付ける魔術だ。前世からの知識や色々な聞きかじりから察するに、トロールは相当頑丈なんだろう。
以前に四本腕の熊に銃撃を弾かれた事もある。この世界の魔獣は常識が通じない面がある、加えて魔法なんて物を使うやつも居るんだから始末におえんね。
要は相当キツイ一撃を入れないと牽制にならん、と心配している訳だ。
今現在で最も強力な攻撃は何か。目的にもよるので強力の定義は難しいが、一撃の重さなら先日開発した『榴弾』だろう。
正直榴弾の定義から考えれば外れている。魔力を二重にして包み、外側の魔力が推進、内側の魔力が着弾と同時に前方への指向性を持って爆発する。
実に複雑に出来ているが、なんとなく爆発をイメージしたら出来た。空想の恐ろしい所だ。ゴチャゴチャと考えるより、感覚的にやったほうが使いやすい。実に苦手な分野ではある。
とにかく高質量の弾体が自分の空想で作れない以上、速度と爆発力で威力を稼ぐしかない。そんな寂しい事情から生まれた『榴弾』であるが威力はなかなかだ。
前方に指向性を持たせた爆発はかなりの貫通力を示し、おそらくあの熊野郎の鱗兼体毛も貫けるはずだ。
「グラン、なるべくでかいのを当てて牽制するから、馬車を頼むよ」
頷いたのを見てカウントを始める。同時に行うことに意味があるのか判らんが、まあ気分の問題だね。
「3・2・1……行け!」
竜の角に魔力を通し『榴弾』を撃つ。まだこの角の補助が無いと、使えない事も無いが効率が悪い。魔方陣として構築できるのは何時になるやら。
ボシュ! っと低い音が響いて馬車の屋根に手を置いていたトロールに『榴弾』が飛んでいく。
今回は距離が近いこともあり推進用の魔力より、内部の火薬とも言える魔力に重点を置いている。そのためあまり早くは飛ばない。
音に気づいたトロールが此方に体を向けた。側面が正面になったのだから、結果的には的を大きくしてくれただけだがね。
質量も速力も無いので威力は爆発による物がほとんどだ。何も考えず何時もと同じ『榴弾』にしてしまったが、牽制なら周囲に爆発が行くようにすれば良かった。
ズズン!
と恐怖を覚えるような重低音が響き……トロールの胸に穴が開いた。
内部臓器がどうなっているのか判らないが、流石に上半身に大穴が開いては死んでしまうようだ。ゆっくりとトロールは倒れた。あまり音がしなかったのはそれなりに距離があったからだが、それでも爆発音は大きかったな。
あんまりと言えばあんまりな、あっけない結末に皆ポカンとしてる。エリスはクククっと嗤って、
「流石兄さん」
と、嬉しそうにしていた。まあ俺が一番びっくりしているがね。




