友人契約
今年最後の更新です。明日も仕事なので、年末という感じがしません。
Side:エリス=キャロルリード
兄さんを眠らせた。
兄さんは『不眠症』という病気? らしい。夜眠れないと言ってた。実際真っ暗な部屋で膝を抱えて座ってたり、蝋燭の炎を眺めてたり、魔術の練習をしたり、空っぽの桶に水差しの水を一滴一滴垂らしたりして、長い間起きている。
……眠れないのは辛いらしい。
私は闇の精霊だから、その当たりは良くわからない。でも夜の兄さんの姿は苦しそうな事が多い。眠ろうとしていると、余計なことを考えるのだそうだ。
闇の精霊。闇とは眠りと安息、死をつかさどる。眠りは死の練習、と言った人がいる。卓見だ。
まあだから、私の大事な仕事は兄さんを眠らせること。この時のちょっとしたボディタッチは役得のようなものだ。
最近は色々と忙しい。私が兄さんに頼んだのがきっかけだったが申し訳なかったな。
それにしても新しい仲間、兄さんに色目使わなくて良かった。流石に殺してしまうからね、兄さんに怒られるのはいやだ。
兄さんの胸に潜り込みながら、さっきからの思考を再開する。自分の人生の振り返り、とでも呼べばいい作業。
兄さんに助けられたこと、兄さんに褒められたこと、兄さんを助けたこと、兄さんを慰めたこと、今兄さんを感じていること。
言ってしまえば其れが全てだ。私の思考は単純だ、兄さんか、それ以外か。
くるくると回る思考だってそうだ、兄さんのことを考えるのには自分の歩みを振り返るのが一番簡単なだけ。兄さんに守られて生きてきた。今も兄さんに包まれている。
ああ……ああ! ああ! なんて幸せなんだろう!
兄さんに抱かれている……これ以上の幸せなんてあるか。
兄さんの鼓動、匂い、肌触り、吐息、呼吸の度に微かに胸が上がり私の髪を揺らす、目の前がチカチカして、多幸感と不安と焦燥で埋め尽くされる。
なぜ私と兄さんの間に体があるのだろう。肉体なんて無くなればいい、もっと兄さんにくっつきたい。私の存在を食べ尽くしてもらいたい。
私にはできる、闇そのものの私には。私が闇になって兄さんと同化する。血の一滴まで一つになって、兄さんの血管を私が流れていく、隈なく体をめぐって脳を犯す。兄さんの思考を……私の……私の色に……わたしだけのいろに。
くつくつと嗤う。心が跳ね回るような、楽しい楽しい空想はおしまい。
やろうと思えば直ぐにでも出来る。
でも、やらない。兄さんが悲しむから。
くつくつとまた嗤う。確かに兄さんは悲しむ。でも自分の体を犯されることじゃない。
「君、そんな事したら君が俺の前に居られないじゃないか。脳内の友人も恋人も間に合ってる。君はここに居て、俺と一緒に居てくれ。頼むから」
まだ琥珀も居なくて、本当に二人っきりだったころ。私は私を殺しきれず、兄さんを襲った。
熱に浮れた顔で、自分の心臓の音を聞いていた。自分にも心臓があるんだ、と思った。
兄さんと一つになりたい、狂った叫びをあげる私に兄さんが言った言葉だ。
兄さんは私が必要だという、生身の私が必要だと。
私の空想の外から音がした。
楽しく幸せな回想と空想を邪魔されて気分が悪い。兄さんに抱きついていなければ最悪だったろう。出来れば抱きしめて欲しい。
外からの音に集中するとどうやら戦闘音の様だ。獣の吐息……どうやら先ほどの狼共がまた来たらしい。明らかに変事だ。
兄さんの索敵範囲を超えて私は感知できる。最もよる限定だ。闇の精霊だからして、夜の方が色々と好都合なのだ。
その時の索敵では狼は襲ってきた物しか居なかった。つまり別の縄張りから私たち目掛けて進んできたという事。間違いなく可笑しい。
まあ、別に良いかね。
外の兄妹が明日兄さんに報告する。そしたら兄さんが色々考える。それで良い。兄さんの考えに間違いはない。
仮にそれで危険が迫り、私が死んだとしても。兄さんの考えは常に正しい。
でも、兄さんが兄さんを許せなくなりそうだから、何かあれば自分のみを最優先で考える。琥珀と話し合って決めた、約束事。失う事を酷く恐れる兄さんはそうなれば脆い、と。
だからまあ、今やるべき事は外の兄妹を守る事だと思う。エルフとハーフエルフの兄妹。あまり詳しくはないけど、琥珀から色々教えてもらってはいる。頭の良い女が好みらしい。
外の二人を守る事が兄さんが望む最良のこと。受動的とはいえ仲間になるのを引き受け、その矢先に失うではショックも大きいだろう。しかも自分は眠っていたのだ。
断腸の思いで兄さんから離れる。くっ付いたままでも周囲の様子など探れるけど、万が一のとき対処が遅れる。なるべく自分の視界で見ていたほうが良い。
実際見ていると、危なげなく戦えていた。魔力による肉体強化を施した前衛、エルフ特有と思われる風魔法を放つ後衛。なかなかにバランスが取れてて巧い。
出発前に買った粗末な剣とたてで巧く相手をいなし、杖などの補助具がなくても魔法を使っている。
シャン、ガツッ、ピシ! ブオン、ザアザア、様々な音が交じり合って楽器のようだ。
今夜は月夜、満月の下で妖精が二人……兄さんが見たなら絵になる光景だというだろう。
シャン、またシュラが魔法を放つ。
兄さんは魔法を勘違いしているらしい。確かに魔術に比べて自由度が高いが、何でもかんでも出来る訳ではない。それぞれに愛称というものがあるし、発想と言うものもある。便利な魔法はそれこそ出尽くしていて、それは魔術、つまり魔方陣でも同じだ。
シュラの魔法は主に風。今は前のグランを避けるように、風の刃を飛ばしているらしい。魔法には特に名前が付かない、個人個人で違うものだし、体系化されてない、と琥珀は言っていた。まあそれでも、似たような魔法は名前も似るもので、あれはエアカッターとかその辺りだろう。
エルフは魔力量が多い。そして魔法であるが故に消費が少なく、結果として優れた後衛となる。そしてハーフエルフ。
あのハーフは人とのハーフらしいから魔法が使えない。無駄にあまる魔力を身体強化、と言う反則技を用いて利用している。正直魔法との違いは判らない。兄さんなら気にするだろうけど、私にはどうでも良い。
結局助けは必要なかった。数匹の森林狼を跳ね除け、兄妹は勝った。
「お疲れ様」
声を掛けるとこちらを見る。特に驚いた様子はない、見ていたことを知っていたんだろう。
「煩わせたようで、申し訳ありません」
「ふむ……馴れ馴れしくしろとは言わないけど、いくらなんでも硬い。兄さんが嫌がるから、普通に話してくれ給え」
「では、お言葉に甘えます。とはいえ最低限の礼儀は当然、そこはご容赦を」
「どこも軟らかくなってないけど」
「……追々努力します」
グランの方と会話を切って、妹の方を見る。
「あ、ありがとう」
「……君等に何かあったら兄さんが悲しむからね。必要なかったみたいだし、お礼はいらない」
「どうして、アリス、様が悲しむの?」
ため息をつきたくなる。こいつは、兄さんに助けを求めておいて……。
「兄さんは君等の事を身内って言ってたからね。身内が傷つくのを、兄さんは看過しない。君は自分の兄弟の事で助けを求めた時の様に、非常識なくらい兄さんを頼ればいい」
どうせ寂しがりやな兄さんは、頼まれたら何でも叶えてくれるから。忌々しい事にね。
「なんで、そこまで……」
「うるさい。そんな事兄さんに聞きたまえ……いや、えっと、失礼。私は君達と友好的に過ごしたいんだった」
私の言葉に兄の方も近づいてくる。
「意外そうな顔してるね。それもしょうがないね、私だってそう思うし」
「はあ」
「見てて判ると思うけど、私の全ては兄さん、あの愛おしい兄さんに愛される事にしか興味がない。その為に君等との友好が必要になる」
「そうなんですか?」
「兄さんは身内に甘い。兄さんの事だから、そこに明確な序列を密かに付けているだろうけど、だからと言って身内同士で争ったり、傷つけあうのをニコニコみてられる人じゃないし」
ちょっと大雑把過ぎる説明だけど、察しのいい兄妹は理解したようだ。
「ただ、兄さんの為、と言っても表面だけ取り繕うのは悪手だね。兄さんはそういうの敏感だし」
「あまり、細かい事を気にする御方にも見えませんでしたが」
「うん、あ、はい。そう、思います。お兄ちゃんを助けてくれた時も、即決だったみたいだし」
あって間もないから、兄さんの認識に大きなズレがある。それはもう大きな。
どうせ兄さんは朝まで起きない、私は寝なくて良い、この二人は見張り。すこし兄さんの話をしよう。
私の短い人生で見る限り、人間なんて誰も彼も複雑怪奇だ。兄さんが特別複雑だとは思わない。捻れ方が人と違い、見やすい捻れをしているから変わって見えるだけだ。
だからこの二人にその捻れ方を説明する。私達の人生と兄さんの性格、流石に兄さんの秘密を話して良いかは判らないから、適当に誤魔化しつつだけど。
説明を終えると兄妹は流石に絶句したようだった。
「君達が助かったのは、本当に運が良かったからって事が判った、かね?」
兄さんが自分で言ってたことだ。自分が気に入った事でないと助けない兄さん、だからこの兄妹を助けたのも本当に運が良かったからだ。
「兄さんは人間不信みたいな物だから、他人同士の関係も本能的に察知してくる。だから上辺の友好は悪手といったの」
「確かに、聞く限りの性格であれば悪手でしょうな」
兄の方が同意した。友好を深める、と言っているのだから名前の方がいいか。
グランが同意した。うん、こちらの方がしっくりくる。
「だから、本気でグランとシュラと友好を結ぶ必要がある」
自分の趣味嗜好は完全に無視する。嗜好くらい無視できなくて、他人を愛する事は出来ない、というのが私や兄さんの共通見解になるだろう。
「言ってみれば友人契約。貴方達二人と私の間での契約。対価は……」
「対価はありません。友人契約、確かに締結させて頂きます」
あまりにあっさり納得するその態度に眉を顰める。上辺の態度はいらないと言ったんだけどね。
「私達もその程度できねば、アリス様に仕える事など出来ませんでしょうから」
この兄妹がそこまで兄さんを慕う理由はない。が、疑ってかかれば友好などないだろう。兄さんが身内といったなら、たとえ悪魔でも問題ない。
「シュラはどうかね?」
グランの方はまあ兄さんに恩を感じているようだし、問題はないと思うけど、シュラの方は兄さんに反感を抱いている様な場面もあった。お金の事とか。
私にはお金の大切さはあまり判らないけど、兄さんが大事だと言うなら大事だし、お金があればお腹が空く事も無いんだから、やっぱり大事なんだろう。お腹が空くのは悲しくなる、兄さんが助けてくれてホントに良かった。
「私もアリス様には、感謝、してます。突然すぎて実感がわかなかったけど、お兄ちゃんが生きてるのはアリス様のおかげで、アリス様が、いなかったら、お兄ちゃんが死んでて、ここにいなくて、二度と会えなくて……お兄ちゃんが生きてて良かったようー。う、うあ、うああああ……」
突然泣き出した。まあ私のせいなんだがね。
闇は夜に通じ、眠りに通じ、夢に通じる。それは人の精神の浅いところに干渉しえると言うこと。流石に敵対していたりして警戒されれば無理だが、表面上仲間として振舞っている相手なら何とかなる。
浅いところに影響を与えるだけだけど、例えば身内の死を生々しく実感し、助からなかった場面へ思い至るように、誘導する程度なら可能だ。まあ、詰まらない小細工だけどね。
ちょっと感情が強すぎだかな。延々と泣き喚くシュラをグランが慰める。
その後何とか持ち直して、シュラも納得の上で友好をむすべた。全ては兄さんを逃がさないために。
兄さんの居ない世界はただただ寒い、そうならない様に、兄さんを繋ぎ止めて置けるように。私達は兄さんの居場所を管理しなければならない。居心地よく。
それでも兄さんが逃げるなら……足が無い位なら兄さんもきっと許してくれるよね。
Side out
今年一年お付き合い頂き有難う御座いました。遅々として進まず申し訳なく思います。来年もどうかよろしくお願いします。




