野営・見張り
町の北には山と森が広がっており、それを縫うように街道が細く張っている。目標のトロールはその街道傍に陣取り、やってくる人間を襲っているという。
きっと隠れており倒せそうな相手だけ襲うのだろう。俺のクランは見た目強そうに見えるのがグランくらいだから、まあ普通にしていても大丈夫だろう。
街道が整備してあって歩きやすい、1日を待たずして目的に付くだろう。
まあ、出発が午後だったのと、目的による到着することは索敵を困難にするので、途中で一泊して明朝付くように調整したいところだ。
途中で斑白草を発見する。苔の例があるので鑑定してみたが、特に新情報はなかった。ああいう事は早々あるものではないらしい。
「この辺りで野営した方が良さそうです」
川のほとり、森が切れてちょっとした空間のようになっている箇所で、グランが提案する。
「目的地はもう少し先ですが、これ以上進むとトロルに気取られる恐れもあります」
野営に関しては素人だし、森に詳しいイメージのあるグランがそう言うなら良いだろう。
何時までも素人だ、は通じない。グランや琥珀に教えを請うて勉強しないといけないだろうな。
まあでも、今日の所は教えてもらって野営準備に入る。
食料は影に収納してあるし、近くは川で水は問題ない。食料と言っても急遽買い込んだ、干し肉と乾燥フルーツや野菜、それに日持ちするように固く作られたパン、と言うかクラッカーのようなもの。
鍋を火にかけて干し肉と乾燥野菜を入れスープにしてみる。それにクラッカーを浸して食べるんだが、非常に美味しくない。
一段落したら移動時の食料改善をしなければならないな。
野営といえば見張りである。
「絶対に兄さんと私」
と強硬に主張するエリスに抗えるはずもなく、結局は兄妹毎に分かれての見張りとなった。
2組しかいないから前後半で交代する。睡眠時間が減るが致し方ない。今回は近場なので力押しだが、何か考えないとな。
焚き火を見つめながらパチパチと音を聞く、周りは本当の意味での暗闇だ。酒でもあれば最高のシチュエーションだろう。まあ酒飲めないので、味の濃いジュースでも持ってくることにしよう。
自分の『網』をひろげ地面は警戒しているが、上空を飛ぶ物に穴があるのは、こないだの烏の一件で判っている、だから見張りは気が抜けない。抜けないんだが。
「んふふふふふふ」
心底上機嫌と言うエリスが、俺の気を抜こうと画策する。
一瞬前まで黄昏つつ焚き火を見ていたが、今は膝の上に座り込み、俺の首筋に頭を擦り付けているエリスが見える。猫科ではなかったはずだが、ゴロゴロと喉を鳴らしそうだ。
「まあ、エリスの機嫌が良いのは良い事だ」
「機嫌が良い理由なんて判ってないくせに」
エリスが不思議なことを聞いてくる。
「俺を独り占めしている事じゃないのか?」
それ以外になんかあったかな。
「半分あたり、モチロン兄さんを独り占めしてるなんて、幸せすぎて苦しいくらい」
でも、とエリスが続ける。
「私が今幸せなのは、こうして二人で周りを警戒する兄さんと一緒にいると、昔のことを思い出すから。私を庇って、両親と決裂した兄さん。今でも夢に見るくらい、素敵だった。本当はあの時死んでも良かったんだけど、兄さんならもっと大事にしてくれる、兄さんともっと一緒にいたい、そう思ったら初めて生きているのが楽しくなったの」
エリスは夢を見ているような瞳で、つらつらと語っている。
「ありがとう兄さん、私を助けてくれて」
今まで何回かに多様な事は言われたが、今回は割りと真剣な様子だ。
「何か心配な事でもあるのかね?」
「何にもないよ、兄さんと一緒で、幸せ」
結局そのまま寝てしまう。死亡フラグ見たいの立てないでくれ給えよ、特に今周囲を狼に取り囲まれているんだから。
周囲に狼がいて此方を包囲している、と言ってもまあ地面に足を付けている以上先刻から百も承知。ある程度近くなったところで、狼共の真下にある網から魔力による攻撃を行う。
攻撃と言っても単純に形態変化による槍、もしくは針で突き刺すだけだが、まあ中々に効果的だ。琥珀は魔技と言っていたっけかね。俺に向いている技術のようだ。
大体全滅させられたようだ。一応鑑定しておく。
森林狼:哺乳類・魔獣(低位)
森林に適応した狼。広い平原に居た時の様な、持久能力や走力は衰えた。反面、森の中に適応し木登りや気配隠蔽などの能力が増し、群れもごく小規模になっている。
奇襲や不意を付いた狩が得意であり、長く伸びた牙を相手に突き刺すようにして倒す。樹上などからの飛び掛りは非常に危険であり、索敵能力の低いものでは対処の方法がない。
なるほど、狼の狩にしては頭数が少ないと思ってたが、その様に成っていたか。
森林に住んで長い牙で飛び掛る。狼と言うよりは虎、もっと言えば剣歯虎に近いものがあるな。もともと同じ祖先から分かれたんだし、そう不思議でもないのか。もっともなんで群れているのかは疑問だがね。
疑問と言えば、もうひとつ。何で彼らが森から外れて襲ってきたのか。普通はそんなことしないと思うがねえ。
今回の群れは全部で5匹、影に収納して後で売るなり食うなり考えよう。
因みに影の中の収納に関して時間の操作ができるようで研究中である。時間の概念をどう弄れば良いのか判らないので行き当たりばったりの、完全に琥珀頼みである。あるが、それでも時間を遅くすることはできるらしい。自分で作った空間に対する支配権、とか何とか行ってたが、時間を操るとか絶対者だな。
明日には帰還予定だし、十分だろう。
交代の時間が来たので二人を起こす。念のため森林狼のことを伝えたが、森の外で襲われたことに驚いていたようだった。やはり珍しいことなのかね。
「交戦にも気づかず申し訳ありません」
「交戦なんてしてないよ」
深々と頭を下げるグランに膝の上のエリスが言う。
「おっと君、寝てたんじゃないのかね?」
因みに二人は魔技で起こした。使えば使うほどスムーズになる、空想より楽でいい。
「兄さんの鼓動を堪能してた」
にへらっと笑う。邪悪な事を企んでいる様に見えるが、実際には純粋に浮かれているんだろう。
「交戦ない?」
シュラが疑問をはさむ。当然と言えば当然か。
ふふん、と得意げに嗤いエリスが説明を始める。
「兄さんは犬どもを蹂躙しただよ。犬共はあっという間に死んだから、気づかなくても仕方ないかね」
自分の事の様に、いやそれ以上に嬉しそうだ。もっと褒めてほしい。気になる事と言えば、エリスが俺意外と話すとき、俺の真似をしているらしいが、俺こんな話し方なのか。
威厳を保つためにやけそうになる表情を繕う。
「……なんと」
「……すごい」
兄妹が素直に驚いている。良いぞ、もっと俺を褒めろ。
どうも思っていたよりも森林狼は手強いらしい。気配隠蔽は特筆もので通常では襲われるまで気が付かない事もざらにあるそうだ。たとえ森ではないにしろ、夜間に闇に紛れて来るのを見つけるのは至難であると。
「いってなかったかも知れんが……」
一応網について説明しておく。気安いかも知れんが、まあ、それが身内と言うことだね。
説明しても呆れられたが、見張りを交代する。
テントなるものは実は初めて入る。前世のものとは大幅に違うのだろうがその違いが判らん。
もぞもぞと入り横になる。
当然の様にエリスが抱きついてきた。俺は不眠症であるからして、眠れないだろうと思っていたが。
エリスが……キスしてきて……。




