1st-pre5
「――っ!!」
創は急な怒声に驚き、大きく身を揺らした。
理解してくれない、そう思った。でも、同時に理解できないのは自分だと悟る。
何を見てきたのか、何を経験してきたのか、余りにも知らなすぎるのだ。資格がない、と言われてしまえば創はおしまいだった。反論したくても、納得してしまう。
ある時まで、創は幸せを生きてきた。今でも十分幸せの中を歩いてきている。小さな都市の小さな町。そこでそこそこの家に生まれて、憧れる父がいて、父のような立派な人になりたいと軍人を目指して。母は身体が弱かったけれどいつでも応援していて、訓練も厳しかったけれど色んな人が色んなことを教えてくれて。学校でも友だちが沢山いて、ライバルがいて、何不自由ない生活。
――唯一つ。創は、子供たちを見つけた。
孤児。孤児院の子どもたち。秋登。それに泪。彼らと話して、いい人だって思って、仲良くなりたくて、子どもたちばかりで頑張って生きている彼らが創には眩しかった。大人の制止を振り切って接触した。軍人を嫌う彼らは、でも優しくて、やっぱりいい人で、相変わらず大人たちも両親も関わるなって言ったけど、ずっと一緒にいたくて。創は秋登と親友になった。泪は大切な人になった。孤児院の子たちとも仲良くなった。
――なのにどうしてだろう。お祖母さんが死んで、崩れた。泪さんは軍に連れてかれた。秋登もついていった。子どもたちはバラバラになって町から出て行った。
悲しく寂しかった。でも死にたくなるほど苦しい思いをしたわけでもなく、楽しさを感じ、喜びを感じ、上辺だけでも平然と過ごしてきた。相変わらず幸せな7年を過ごして、心の空虚を感じてもそれだけだった。思い返し、涙する事もなかった。
だから知らない。幸せしか知らない。秋登がどんな7年を過ごしてきたのか、知らない。どんな苦痛を覚えたのかも知らない。何を抱えるはめになったかも知らない。
――俺が7年を過ごす間、秋登は何を感じてきたのか、知らない。きっと、俺は幸せで、秋登はそうじゃなかったということしか、分からない。何も言う資格なんてありはしない。
「……お前の、お前らの期待は、重いんだよ。……窒息、しそうで息苦しい」
離れないといけない。約束が、秋登の心に残っているから。創の心も守りたい。
――せっかく会えたのに、こんな終りは嫌だ。
口から出るのは笑っちゃうぐらい本心と真逆。できるなら、出会わなければよかったんだ。その光に、燃え盛る炎に。そうしたら、闇夜に住む虫が惹かれ、飛び入ることもなかった。
「俺は、強くなんて、ないんだから。――完璧じゃない」
親友だった。守ろうと思った。大切だ。傷つけたくない。だから関わってほしくない。
……完璧な人間がいるだろうか。実在するなら会ってみたい。俺も、完璧になれるだろうか。
秋登は昔、完璧だと呼ばれた。けれどそれは人形だった。忠実に任務をこなす。それだけのために存在していた。7年前、願ったのは守ること。だが実際は目標のために全てを投げ捨て、感情など知らぬと屈辱を耐え、思考を殺しきった。情に惑わされず、平静に冷静な判断を下す。
余計な感情を持たない。二つ名“操り人”のように生きていた。求めた強さとは違ったが、そこには強さがあった。しかし今はどうだろう。感情に捕われ振り回され脆弱・卑小・弱者の“負け犬”。それが今の秋登だ。背を向けた。強張っていただろう、後姿。
「俺にくらい弱み見せろ、ってんだ……。意地っ張り」




