1st-4
「胸糞わりぃことすんじゃねえよ、ホモ野郎!!」
創に後ろから引き離されたのも分からないままに、突き飛ばすようにして怒声を浴びせる。男に抱きしめられるだなんて!!しかもこの男に。その事実に秋登は身体が震える。
「明日の新聞が楽しみだな。お前も楽しみにしとけよ、これからの生活を」
「は!?」
「お前は俺のものだ。それを忘れるな」
強い瞳に怯む。そして一気に血の気が引く。
「――っ!!!俺は!誰の所有物でもないっ!俺自身のものだっ!!」
力のあらん限りに言い返した。それでも精一杯の強がりは身体の震えまで消してくれはしない。攻撃的な反論は虚勢でしかない。
「恋愛的意味合いじゃない。管理下に置くということだ。何も利点がないわけじゃないだろ?よく考えろ。……これ以上、過去を弄られたくないのなら、尚更だ」
「―――おれは、……じゆう、なんだ。今は、まだ――」
記憶の闇で押しつぶされそうな気がして、秋登は痛みで紛らわすように拳を握りしめた。
……今はまだ、自由なんだ。例え籠の中の鳥だとしても、約束の期限まではこの閉じられた楽園に自由に存在できる。かつて望んだ自由。手に入れたかったもの。
しかし望んだのはこんな形じゃなく、泪とともに、子どもたちとともに、創とともに……本当の自由の世界へ羽ばたくこと。不完全でも、望んだ。欠けてしまったものは元には戻らない。それでも、少しでも繋がりを、記憶を留めたかったのだ。
……会いたいよ、姉さん――。
自由を体現したような泪が、秋登は羨ましかった。昔から、ずっと、憧れていた。
「過去をこれ以上弄り回されたくないのなら、俺に従うことだ。――行くぞ」
暗い色の瞳に射竦められ、喉の奥から音に鳴らない小さな悲鳴が出した。それは、心の軋む音によく似ていて――……。
カツカツと来たときと同じ、硬質な音を立てて食堂を出て行く。カスタマイズしただろう制服の長い裾が華麗に翻る。
――気にくわない。気に触る。
動きづらそうなそれが似合っていることがそれを加速させる。
――アレは例えば強烈な光だ。いつでも光を浴びていた存在。創のような柔らかな陽。俺のような真っ黒は創を眩しいと感じて憧れ、男を相容れないと嫌う。
「秋登」
優しい声音に怖々と顔を上げれば、創が昔と同じ微笑を見せながら手を差し出していた。それを遠慮がちにそれでもしっかりと手を握る。その力強さが温かみを通して伝わってくるようで、すっと肩が軽くなり膝に力が戻った気がした。
……やっぱり、俺の戻る場所はここだ。穏やかで、優しく包み込む暖かな居場所。
「大丈夫だ」
秋登は低くつぶやき、グラスに残った水を飲み干した。それでも冷えることのない感情と押さえ切れない想いをぶつけた。つまり、殴る。
――ボゴォッ!!!
握ったままの拳を壁にぶつければ再び音がし始めた食堂に大きな破砕音が響いた。
パラッと粉を落としながら凹んだ壁からゆっくり手をどける。
見れば、食堂で比較的近くにいた者たちが蜘蛛の巣状に割れの広がっている壁と秋登を見て顔を青くさせながら表情を引きつらせている。
「あ、秋橋……?」
「心配しなくていい、もう落ち着いた。アレは、可哀想な退化した動物と認識した」
未だに引き攣りこちらの様子を伺う、小動物たちのようになった食堂の生徒たちへと笑顔のまま言えば余計怯えさせたようだ。
「あれは脳味噌半端なく少ない。人間以下。あ、いや、オラウータンの方が可哀相か。社会生活を送れてるもんな。同種との関係を円滑に進められないなんて、何処の種族にも劣る」
……その後壁が崩れただなんて俺は知らない。知らないともさ。
外が丸写りとなり、風が適度を通り越しビル風の風圧を持って人々を襲ったという事実は後日、都市内新聞で発表された。その時は一時立ち入り禁止となり、皆が他の食堂やカフェに行った。(食堂と名のつく場は学内に3個、都市には大小合わせて7個あった)
「……秋橋も不憫な奴だね、“皇帝”に気に入られて」
「あれ、気に入られてるのか……?」
あれのどこを見てそう言うのか。そう思っているような表情をしている秋登に創は苦笑する。
……どんなに嫌がらせでもキスまでできないだろう、嫌いな相手に。
「好きな子を虐めたいと思うのは男の心理だよ?幼稚で精神が未熟だということの露呈でもあるけどね」
「佐竹も厳しいな」
「僕も同じだから。ね、ユウ」
「れいー?」
過ぎ去った嵐のことを忘れて、悠々と食事にありついていた雀が返事を返す。どうやら話は全く聞いてなかったらしい。




