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ペリヘリオンの夜  作者: よしなか
5章 凍てつく冬、導くは聖夜の星
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作戦会議(後編)

 ノクターンを出た律は、灰色の車を独りで走らせていた。

 頭の中では、とうに答えが出かかっていた。だが、それを認めるわけにはいかなかった。

 半日、朔夜を引き留めた。その半日で、あの女は役員の前に一人で立たされ、北へ送られ、死んだことにされた。

 ――今でも、兄さんの友達ですよね。

 あの声が、まだ耳に残っている。一緒にいたのは、車の中のほんの数時間だ。それなのに、なぜ見透かしたようなことを言うのか。

 サイドミラーに目をやる。

 後ろには、何も映っていなかった。

 いつもなら距離を置いて一台は付いてくる黒い車が、今夜は一度も見えない。

「……周年の準備とやらは、よほど忙しいらしいな」

 律はアクセルを踏み込んだ。


 ◇


 その夜、皆が寝静まった後。

 蛍は毛布を肩に掛けたまま、カウンターに腰を下ろしていた。

 座りながら時計を眺めていると、その背に声がかかった。

「眠れないの?」

 陽人だった。何も言わずに、隣に腰を下ろす。

「……少しだけ」

 しばらく、二人とも黙っていた。地上を走る車の音が、時々遠くを過ぎていく。

 蛍はポケットに入れていた蒼い眼鏡を取り出した。

「陽人くんの言うとおり。またちゃんと会えたね」

「でしょ?」

「……これ」

 手のひらにそれを載せて、陽人の方に差し出す。

 陽人の目が、手のひらの縁に落ちた。しばらくそれを見てから、自分のポケットに手を入れる。取り出したのは、紅い縁だった。

「……もうちょっと、使っててもいい?」

「え?」

「なんか、気に入っちゃって」

 陽人は紅い縁を指先で回して、笑った。

 蛍は手のひらの蒼い縁を見下ろした。少し迷ってから、指を閉じる。

「……じゃあ、私も。もう少し借りてるね」

「うん」

 二人はそれぞれ、ポケットに縁を仕舞った。

「そろそろ寝ようか」

「うん」

 先にソファへ戻っていく蛍の背中を見送りながら、陽人は一度だけ、左の袖口を指で押さえた。


 ◇


 翌日。蛍は陽人から携帯を借り、律に電話を掛けた。

 だが、出なかった。通話は留守番電話になる。

 折り返しがかかってくる可能性も含め、それ以上は掛けなかった。

 蛍がソファに座ってぼんやりしていると、カウンターの奥にいたリリィが、「ちょっと聞いて」と言って出てきた。

「リコ姐から連絡があったわ。黒崎、年明けに周年パーティを開くそうよ」

「……律さんが言ってた、周年の準備って」

「それね。場所は黒崎管轄のホテルみたい」

 リリィが携帯画面を見せながら、ホテルの場所を指さす。

「……これってチャンスじゃない?」

「……周年パーティとなると、規模も大きいですね。恐らく主催者は黒崎宗玄で、あの人の黒服も警備でホテル会場に付き添うはず……!」

「黒崎ビルが手薄になるわ」

「じゃあその日に黒崎に戻れば……」

 蛍とリリィはほぼ同時に頷いた。

「開催日がいつなのか、リコ姐にまた聞いておくわ」

「リリィさん、ありがとうございます」


 ◇


 翌日の明け方。

 ノクターンの扉が静かに開いた。

「……あら、早いわね坊や」

「……」

 店内に律が入ってきた。ソファには蛍たちが眠っている。起こさないよう静かに、カウンターに座る。

 昨夜、御影陽人の番号から留守電が一件入っていた。声は、蛍だった。

『――律さん。明日の朝も、ここで待ってます。私、諦めが悪いので』

 律はため息をついた。

「一応、俺は見張られてるんでね。見つからない時間帯にしか動けない」

「そういうことにしておくわ」

 リリィはコーヒーを淹れる。律はテーブル席側の、まだ夢の中にいる蛍たちを眺めた。

「……眩しいわよね、あの若い子たち」

「……」

「まっすぐで諦めなくて、キラキラしてるわ」

「俺にはもう無いものだ……」

「でもそれに惹かれてきたんでしょ?」

 リリィは淹れたてのコーヒーを出した。それを律は一口飲む。

「……よくわかったよ。腐った政治社会の中でも、あいつは、ああいう奴らに影響されたんだってことが」

 リリィはそれを嬉しそうにニコニコと聞いていた。


 ――朝の8時を回る頃には、その場にいた全員が目を覚ましていた。

 リリィの淹れたコーヒーと朝食を、囲いながら食べる。

「律さん、来てくれてよかったです」

「お前らが呼んだんだろうが」

「ホンマ、素直じゃない兄ちゃんやわ」

「何とでも言え」

「あっ、そうや!」

 神代が思い出したかのように、ぽんと手を叩く。

「協力の証に、握手してもらいましょか」

「は?」

「こういうのは、形から入るんが大事なんです!」

 神代がにやりと笑う。

「そうね。それが良いわ。態度で示してもらわないと」

「綾」

「この場にいるみんなに信用を見せなさいよ」

 露骨に嫌そうな顔をした律は、蛍をちらりと見る。

「あ。では、律さん」

 蛍が手を差し出す。律はその手を見た。

「よろしくお願いします」

「……ちっ」

 舌打ちしながらも、律は手を伸ばした。

「おっ、いい絵や!」

 ――パシャ!

 神代が写真を撮る。

「勝手に撮るんじゃねえよ!」

「ええやないですか。それに、ちゃんと協力したっていう証拠として残すために」

「信用ねえな」

「当たり前でしょ」

 律はまた舌打ちをする。その様子を眺めながら、一同は食事を終えた。


 ◇


 蛍たちは情報を共有しつつ、作戦を考えていた。

 黒崎周年パーティは、1月10日に開催される。

 会場は黒崎所有のホテル。主催者は黒崎宗玄。関係会社や政界など、来賓が多数集まる、規模の大きいパーティとなる。

 当日のパーティ開始は十八時半から。

 主催の宗玄は、17時頃に移動を始めるだろう。それの付き添いとして黒服。それから恐らく藤堂も宗玄に付き添うだろう。

 黒崎ビルの警備の黒服はゼロではないが、普段よりかなり少なくなると予想する。

「……確実に宗玄がビルから外出しているであろう、十八時。この時間帯に黒崎ビルに向かうのはどうだ?」

「いいと思います」

「一階のフロントは人目があるから何とでもなるだろう。問題は秘書室だ。部屋の前に警備がいるだろうな。それに部屋のセキュリティ。これをどうするか……」

「……朔夜さんは、どうやってリコさんとやり取りしてるんですか?」

 陽人がリリィに尋ねる。

「毎日決まった時間に食事の配膳があるの。その配膳にメモを忍ばせているようね」

「配膳の時間帯、朔夜さんのいる部屋が開きますね」

「その時間を狙っていくか」

「ちなみに夜の配膳は19時みたいね」

 リリィが伝える。

「ビルに入るのは18時が良いだろう。人目がある。ただし蛍が目立つと騒ぎになるからお前は今のその変装の恰好で行くことだな。19時まで、例えばそのリコとやらがいる場所で匿ってもらうとか、できるか?」

「リコ姐は食堂にいるわ。配膳のタイミングが分かるから、そこで待機するのはいいかもしれないわね」

「……それで行くか。さすがに、社内で殺しはしないと思うが……」

「それやったらいい手があります」

 神代が携帯を見せる。

「動画サイトに生配信しながら、黒崎に潜入!」

「……それは最後の手段にしろ」

「……皆さん、ひとつ思い出したことがあります」

 蛍が手を挙げる。

「何だ?」

「あまり使ったことないんですが、エレベーターに、役員用のエレベーターがあって、それは1階から最上階まで止まらない専用エレベーターなんです。それを使えば、黒服との遭遇確率を減らせるかもしれません」

「なるほど。じゃあ使えそうならそれを使うか」

「じゃあ、纏めると……」

 律が仕切りながら作戦を練り、陽人が内容を纏める。人の配置を蛍たちが考える。当日の動きが見えてきた。

「……ええやないの」

 神代が深く頷く。

「坊やたち、纏まったみたいね? こういうのって号令とかかけるんでしょ?」

 リリィがソファに座る一同を眺めた。

「……じゃあここは蛍ちゃんに、号令掛けてもらいましょか」

「やっぱり私ですか?」

「他に誰がいる」

 蛍は、こほんと咳払いをして、皆の顔を見渡した。

「10日の周年パーティ当日に、決行します。……黒崎グループを――黒崎朔夜を取り戻す!」


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