聖治との会話
陽人が御影邸に戻ると、若い女性の使用人が、複数通の封筒を手渡してきた。
「さすがは坊ちゃん。お父様に似て、引き合いが多いですね」
「……ん」
陽人は片手でさっと封筒を受け取り、自室に入ると、その封筒を机の上に適当に置いた。堅苦しいスーツを脱ぎ、ネクタイを外す。
「はあ……」
ベッドに腰かけ、ため息をついていると、ゆっくりする間もなく、ドアがノックされた。
「陽人、入るぞ」
父親の聖治が陽人の返事を待たずに入ってきた。ペットボトルのお茶を差し出しながら、机の上の封筒に目をやる。
「うお! いっぱい来てるじゃないか! モテモテだなあ!」
「と、父さん……」
「はっはっはっ! 選り取り見取り、選び放題だなあ~」
「……どうせみんな、見た目だけだろ」
陽人が父に聞こえない声で、つぶやいた。聖治は許可もなく勝手に封筒を開け、縁談相手の女性の写真を見定めていた。
「お前、九条さんからも来てるぞ! 九条すみれ……一度会ったことがある、賢くて芯のあるいい子だったなあ~」
「……」
「なあ?」
聖治が陽気な声を抑え、真剣な目で陽人を見据えた。
「経営者になったんだから、いつまでもそんな調子はダメだろう。ちゃんと会食に出席して、『いい相手』をだな……」
「父さんの言う『いい相手』って、会社にとって、ってことだろう?」
「それもある」
ため息をつく陽人を、聖治が責める。
「母方の白石を名乗るのをやめて、俺の『御影』を名乗って経営者になったからには、それなりの覚悟があったんじゃないのか?」
「……」
「だいたいお前、学生時代遊んでたんだから、パートナーぐらい我慢しろよ」
「遊んでないって! それに我慢は失礼だろ! 父さんは母さんを我慢して選んだの?」
「いーや? 俺はいっぱい縁談相手と遊んで見極めて、最高の嫁を見つけましたけど?」
「そ、それも最悪だ……」
悪びれる様子を見せずに発言する聖治と、呆れる陽人。
「というか、お前、学生時代遊んでないの?」
「……」
「その見た目で? 俺の血を引き継いでいて? もったいねえ!!」
「うるさいなあ。僕は父さんと違って一途だから——」
そこまで言って陽人はハッと口を閉じた。だが遅い。御影聖治が、それを見逃すはずもない。
「お前、好きな子いるんかよ!!」
「違う!! いないって!!」
「嘘つけ、お前真っ赤だぞ!!」
慌てながら陽人は自室を出ようとする。
「——黒崎蛍」
陽人がピタッと止まった。
「あー、やっぱり。当たりか」
「ち、ちが——」
「何が違うんだよ」
聖治の声が低くなる。
「俺の中ではパズルのピースがはまったぞ。お前が経営者を目指したいって言った理由も、そういうことかってね」
「……」
陽人は何も答えられない。
「朔夜君だけかと思っていたが。なるほど。『黒崎兄妹』に火を点けられたか」
「……別に、そんなんじゃ」
言いかけて、その先が見つからなかった。
火を点けられたのは、確かだ。でも、今までに感じたことのないような動機で、純粋な熱意ではなかった。
今まで困っている人がいると、何となく手助けをし、感謝された。良いことをすると、感謝されると、見た目で寄ってくる人と違って、本当に人に必要とされている気がしたから、そうしていた。それが当たり前だった。
あの日、ホタルのいる水辺で、彼女に出会った。学生服はボロボロで、顔も暗くて、聞かずともその見た目が、彼女の境遇や状況を物語っていた。放っておいたら……最悪なことを考えてしまい、放っておけなかった。
何とか約束を取り付けて、毎日会えるようにした。彼女が少しずつ笑うようになった。僕は彼女が笑うたび、必要とされている気がしたし、彼女を助けられていると思っていた。
だけど……。
蛍を連れていかれた日、追い返された日。
何もできず無力だった。
大人の力は圧倒的で、手段も選ばず、手加減も容赦もなかった。
泣いていた彼女を笑わせたはずなのに、最後、また泣いていた。
お前に何ができる、と言われたあの日の声と言葉が、今もまだ、腹の底に刺さったままだった。もう二度と、あの日みたいに何もできない自分でいたくなかった。あの人と張り合える、同じ土俵で戦える人間になりたかった。
僕の火は、父に言えるような、決して、まっすぐなものではない。
「そうじゃなくても、あの兄妹が、お前が頑張る理由になりえてるんだろ?」
「え?」
複雑な表情をした陽人の何かを察して、聖治が沈黙を破った。
「いいじゃないか。今はそれで。単純な理由じゃなくても。俺はそれでもお前が経営者になってくれたの、すごく嬉しいからな」
「父さん……」
「ま、いったん置いといて。腹減ったから夕飯にしよう」
聖治は先に陽人の部屋を出た。陽人も父の背中を見つめながら、後に続いた。




