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三月の空は高く、風はまだ冬の名残を残していた。  作者: 薄明 朔


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1/1

卒業前日、先輩に伝えたいこと

三月の空は高く、風はまだ冬の名残を残していた。


グラウンドで走り回っていると、サッカーボールが神楽坂学人へ向かって転がってきた。


「神楽坂ー。こっちにパスしろ。」


「はいっ。」


斜め前にいる仲間のチームメイトへ勢いよく蹴り返すと、「ナイス、パス。」と声を掛けられる。

そんな中、グラウンドの外を見ると遠くの方に高塚芯がこちらの方を見ていた。


学人の胸が少しだけ跳ねる。


高塚は去年の夏まで一緒にプレイをしていた三年生だ。サッカー部の元部長でみんなに愛されている、そんな人。


そして、そんな高塚のことが恋愛対象として、好きだった。




初めて高塚先輩を見たのは、入学式の翌週だった。


部活動見学の日。


小さいころからサッカーをしていたので、高校生になってもサッカーはしようと決めていた。


放課後になり、グラウンドに出てみると、お目当てのサッカー部がストレッチを始めていた。

俺は、近くにいるマネージャーっぽい女子に声をかけた。


「あの、すみません。俺、今年入学してきた一年三組の神楽坂って言います。今日は体験入部って、やっていますか。」


「あ、もしかしてサッカーに興味あるって感じかな。あっちの方で君と同じように入部希望の子がいるから、そっちで聞いてくれるかな。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「はーい。どういたしまして。」


俺はその女子にお礼を言い、言われた方へ向かう。


「あの、あそこのマネージャーさんに言われて、こっちに来ました。」


「お、入部希望者か。じゃあ、いまからウォーミングアップするところだったから、一緒に混ざって。」


「わかりました。」


先輩に言われた通りに、俺はほかのやつらとウォーミングアップをし、広いグラウンドでミニゲームをすることになった。


ミニゲームをしている中、ひとりだけが妙に目に入った。それが、高塚先輩だったのだ。


派手なプレーをするわけじゃない、声を張り上げるわけでもない。

けれどボールを持った瞬間、空気が変わる。

動きに無駄がなくて、綺麗だった。


ミニゲームが終わると、高塚先輩が俺のほうに向かって走ってくる。


「君、サッカーうまいな。」


「いえ、そんな先輩のほうがすごかったっす。チームの潤滑油っていうか……。俺、感動しました。」


「なんか、そんなまっすぐに言われると、恥ずいな。」


高塚先輩は、右手を頭に添えて困った表情をしている。俺はその表情にどきりとした。


その時にはもう、高塚先輩のことが好きだったのだが、まだこれが恋心だとは思っていなかった。




恋と気が付いたのは、昨年の秋ぐらいのことだっただろうか。文化祭で高塚先輩から一緒に回ろうと誘われたのだ。

俺はもちろん承諾し、文化祭当日を楽しみにしていた。


「神楽坂、待たせたか。」


「いえ、全然待ってません。むしろ、俺もさっきクラスの雑用が終わったところだったので、ちょうど良かったです。」


「そうか、じゃあ回るか。」


「はい。」


高塚先輩と話をしながら、いろんなクラスの出し物を回る。

食べ物系の出し物をしているクラスへ行くと「これ半分こにして食べるか。」と串焼きをほおばる。


「高塚先輩。」


高塚先輩を呼ぶ声が後ろの方から、聞こえてくる。

一緒に振り返ると、女子がこちらに手を振りながら向かってくる。


「高塚先輩。こんなところにいたんだぁ。先輩、わたしと一緒に回りませんか。」


女子は顔を赤く染めながら、手を前に出す。

高塚と一緒に回るためにか、かわいらしく髪飾りをし身だしなみを整えている。


もしかしなくとも邪魔なのではと思いながら、心の奥底では断ってほしいと願っていた。


この時に、自覚してしまったのだ。


こんな醜い感情があったこと、そしてこんな感情になるほど、高塚先輩のことが好きだったこと。


「ごめんな、最後の文化祭はこいつと回りたいから。」


高塚先輩が俺の肩に腕を回しながら、女子に言う。


その腕のぬくもりがじんわりと感じてしまい、変に意識してしまった。


女子は「そっかぁ。脈なしかぁ。」とまゆを下げながら言い、去っていった。


「……神楽坂。なにぼーっとしてんだ。行くぞ。」


高塚と目線が合い、クラっとしそうになったが、深呼吸をし返事をした。




自分自身の恋心に気が付いても、最初から諦めていた。


相手は男、しかも三年生で、みんなから好かれる存在。

そして俺は一年生で、高塚先輩の中ではみんなのうちの一人。


高塚先輩と結ばれて、幸せになるなんて叶うはずがない。


だから、近くにいられるだけで良かった。


「神楽坂。」


不意に呼ばれて顔を上げる。

高塚先輩だった。あんなに遠いところにいたのに、いつの間にこんなに近づいていたんだろう。

プレー中なのに、どうやら気が散ってしまっているようだった。


それもこれも、高塚先輩のせいではあるのだが。


「はいっ。」


「声、でかい。」


「すみませんっ。」


反射的に返事をすると、高塚先輩は小さく笑った。

その笑顔だけで胸が苦しくなる。


好きだ。


本当に好きだ。


でも、この関係は時間に限りがある。


明後日は卒業式で、高塚先輩は学校からいなくなるからだ。

そう考えるたび、胸の奥が痛んだ。




部活が終わり、家に帰ってきた。

ご飯を食べ、風呂に入り、ベッドへ倒れこむ。


ふと、部屋の壁につけているカレンダーに目がいった。


卒業まであと二日。高塚先輩と会えるのも、あと少ししかないだろう。


「言うか……。」


好きです。


たったそれだけなのに言えない。


何度も枕を相手にして、告白の練習をしていたが、その度に告白して失敗したらと考え、諦める。


でも、卒業したら終わる。


高塚先輩に会えなくなる。


会えなくなって、この思いを伝えずに後悔するのだったら、この思いだけは伝えよう。


俺は布団の中にもぐり、明日に備えて固く目を閉じた。




卒業式前日。


俺は深く眠れなかった体を起こし、スマホを手に取る。

高塚先輩へメッセージを送るため、メッセージアプリを起動させる。


『高塚先輩。放課後、校舎裏に来てください。』


少し迷いながらも、俺は送信ボタンを押した。ドクドクと心臓が飛び出そうなぐらい激しく動く。

そんな自分が送ったメッセージを見ていると、すぐにメッセージが既読になり、返事がくる。


『分かった。』


たった四文字。


別に拒否する文面でないはずなのに、この後に告白した後、高塚先輩に振られると考えてしまい呼吸が苦しくなる。


これでもう覚悟しなければならないなと、気合を入れて部屋を出た。




放課後になり、心臓が常に飛び出しそうになりながら校舎裏へと向かう。


本当に告白するのか、すると決めたはずなのに、いまだに逃げたい気持ちが抜けなかった。


校舎裏へと着くと、まだ高塚先輩はいなかった。

緊張していた気持ちが少し軽くなり、深呼吸をする。


このまま高塚先輩が現れなかったらどうしよう。いや、そんな約束をほっぽり出す人じゃないから必ず来るはず。

だが、高塚先輩を目の前にして、この気持ちを伝えられるのかと、不安になっていく。


そんな気持ちが落ち着いていない中、足音が聞こえた。


「……神楽坂。」


聞き慣れた声。


俺は、ゆっくりと声がした方へ顔を向ける。


高塚先輩が凛として目の前に立っていた。


「話って、どうしたんだ。」


高塚先輩が目線を合わせながら、聞いてくる。俺はもう後戻りできないと悟った。

拳を握りながら、自分を鼓舞する。


「俺……。」


声が震える。


「高塚先輩のことが……、好きです。」


言えた。


ついに言えた。


心臓が爆発しそうになりながらも、頭の中は真っ白になる。


「先輩と出会った時から、ずっと好きでした。」


高塚先輩は黙ったまま、俺を凝視する。


怖い。


言葉が止まりそうになるが、最後まで言うって決めたからにはちゃんと伝えようと声に出す。


「でも、返事はいりません。」


「……。」


「先輩、卒業しちゃうし。」


俺は無理矢理に笑おうと口角を上げてみたが、うまく笑えず不格好な顔になっていた。


「俺が気持ち、伝えたかっただけなんです。」


胸が痛い。


「だから……。」


息を吸う。


「好きでした。」


これで終わり。


俺は、目に涙を浮かべてしまい、思わず顔を下にする。

高塚先輩の表情を見るのは辛くなってしまった。


「じゃあ――。」


高塚先輩が無言のままで、俺は居たたまれなくなり、その場を離れようとした。


「待て。」


しかし、高塚先輩の言葉とともに、俺の腕を掴まれる。

俺はあまりにも急なことで驚いて振り返る。


高塚先輩の表情は、いままで見たことがないくらい真剣だった。


「返事いらない。……って何。」


「え……。」


「俺に告白したんだろ。」


低い声。少し怒っているようにも聞こえる。


「だったら、聞け。」


俺の心臓が跳ねる。

返事を聞いてしまったら、もう立ち直れないかもしれないと。

その場を離れたい気持ちと、高塚先輩の真剣な表情をもっと見ていたいという気持ちと思考がぐちゃぐちゃになる。


高塚先輩は視線を落とし、少しだけ迷うように言葉をつぶやく。


「……俺も好きだった。」


俺は、世界が止まったような気がした。


風の音も何も聞こえない。


ただ自分の心臓が激しく打つ音だけがはっきりと聞こえる。


「……え。」


「神楽坂。お前のこと、好きだ。」


「なんで……。」


俺は声を絞り出して、やっと出た声は何とも情けなく響く。


「お前が誰にでも、懐くから。」


高塚先輩は苦笑しながら、俺の質問に答える。


「俺のことなんか特別だと、思ってなかった。」


俺は、その言葉に覚えがあった。

そう、自分も同じ気持ちだったから。


「……だから、諦めてた。」


静かな声で、俺に語りかける。


「卒業したら、神楽坂のこと忘れるつもりだった。」


俺の胸が、グッと締め付けられる。


同じだったんだ。


高塚先輩も、同じように苦しんでいた。


「なのに……。」


高塚先輩はため息をつきながら、俺の頭に手を添える。

その手は大きく温かった。


「最後の日に告白してくるし。」


「すみません……。」


「謝るな。」


頭にのせられた手を、高塚先輩はそのまま頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「俺……、嬉しいです。」


俺は思わず、目に溜まっていた涙が流れる。


「泣くな。」


「だって……。」


好きな人が、好きだと言ってくれた。


そんなことあるんだ。


「神楽坂。」


「はい……。」


「俺と付き合ってくれるか。」


「はい。……今からナシなんて言わないでくださいよ。」


高塚先輩が吹き出す。

そして笑いながら「そんなこと言わねえよ。」といった。


高塚先輩と目が合う。


優しく笑うその顔を見た瞬間、俺はまた泣きそうになった。




翌日の卒業式。俺は好きな人の卒業式が終わるのを校舎前で待っていた。


本当なら寂しいだけの日になると思っていた。

高塚先輩ともう会えないと思っていたから。


「神楽坂、待たせたな。」


名前が呼ばれ、俺は声の方へ振り向く。


高塚先輩が花束と卒業証書が入った筒を持ちながら立っていた。


「高塚先輩、卒業おめでとうございます。」


俺は思わず、高塚先輩に向かって駆け寄る。

周囲には人がいるのも忘れて、両手を広げ思いっきり抱き着く。


高塚先輩はびっくりしながらも、少し困ったように笑った。


「……近い。」


「あっ、すみません。」


そう言いながらも、俺は抱き着いたまま離れなかった。

だって、今この瞬間を刻み込んでおきたかったから。


高塚先輩は諦めたように、ため息をついた。


「来月から、俺は大学生になる。」


「……はい。」


「でも、ちゃんと連絡する。」


高塚先輩は声のトーンを落としながら、それでも俺に伝わるように耳元で囁く。


俺は、その言葉を聞き逃さないように、一つひとつ胸に刻んだ。


「会いにも行く。」


「本当、ですか。」


「ああ。」


そして、高塚先輩が少しだけ深呼吸をし、伝えてくれる。


「もう、恋人同士なんだから。」


俺がその言葉を理解した途端、顔が真っ赤になってしまった。


高塚先輩はそんな俺を見て、してやったりという顔で笑った。




卒業は別れじゃなかった、むしろ始まりだった。


春の風が吹く。

桜はまだ咲いていない。


けれど俺の世界は、今までで一番明るく見えていた。


大好きな人と、これから先も一緒に歩いていけるのだから。

読んでいただきありがとうございました。


学園ものといえば、甘酸っぱくて胸がきゅっとなる。

そんなものだと思っています。


後日談も少し付け加えたいと考えているので、もう少しだけお付き合いしていただけたらと思います。


では、また次でお会いしましょう。

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