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8 視察

 氷島中学校の校門の前に一台の赤い外車が止まった。


 助手席から杖をついた宮田が降りてくる。


「私は近くに車を止めてから行くわ」

 運転席の千鶴が宮田に言った。


「ああ」


 車が動きだし、校門の前から離れる。


 男はぎこちない足どりで校内に足を踏み入れた。


 校内は昼休みのせいか、生徒の姿がたくさん見られた。


「何かご用ですか」

 男のもとに学園の警備員が近づいてきた。


「この学校に沢木楓という生徒が在籍していると思うんだが」


「失礼ですが、どちら様ですか?」


「私は――」

 宮田はサングラスを外した。


 その途端、男の顔を見た警備員の表情が変わった。


「あなた、もしかしてファルコンズの宮田さんですか?」

 どぎまぎした声で警備員が言う。


「元ですよ。引退しましたから」

 宮田はサングラスをかけ直した。「学園関係者に取り次いでもらえますか」


「はい。ただいま」


 警備員は慌てた様子で警備員室に走っていった。


 宮田はその間、遠くの白い校舎を見つめていた。


「あの」

 その時、一人の女子生徒が緊張した面もちで宮田に声をかけてきた。


「ん?」


「沢木さんのいるところなら私が案内しましょうか」


「君は?」


「私、沢木さんの部活の後輩で長谷川と言います。あ、あの、東京ファルコンズの宮田さんですよね」


「もう引退したがな」


「後でサインしてもらえますか。私、大ファンなんです」


「わかった。それじゃあ、案内してもらおう」


「はい」

 長谷川は元気よく返事をした。


「待って。私もついていくわ」


  車を置きにいった千鶴が宮田のところに戻ってきた。


「あなたが案内してくれるの?」


「はい」


「じゃあ、行きましょう」


「こちらです」


 宮田と千鶴は長谷川の後に続いて歩き出した。


 長谷川は第二校舎に入ると、近くの階段を昇り始めた。


「おじさまが惚れ込んでる沢木楓ってどんな子なのかしら。楽しみだわ」


「おまえの若い頃にそっくりだよ」


「失礼ね。私、まだ二十二よ。年寄りみたいに言わないで」

 千鶴がふくれっ面をした。


「ここです」


 長谷川が屋上の昇降口のドアの前で足を止めた。


 長谷川がドアを開けた。


 白い光が中に射し込んでくる。宮田たちが屋上に出た。


 屋上には、野球のユニフォームを着た女子生徒が四人いた。


 その中には、楓と朋美の姿があった。


 朋美たちが後ろから支えたサンドバッグに向かって楓がバットを振っている。


「あんなのにバットをぶつけたんじゃ、手首、痛めるんじゃない?」

 千鶴が練習の様子を見て、言った。


「少し様子を見ていよう」

 宮田が言った。


 楓がサンドバッグを相手にしたバッティング練習。一見、サンドバッグに振ったバットをぶつけているかに見えたが、よく見ると、サンドバッグからは、ほとんど衝撃音がしてない。振ったバットがサンドバッグに当たった瞬間に少しずつ力を弱め、ぶつかった衝撃に逆らわないように振り抜いている。


「面白い練習をしてるのね。あまり感心はしないけど」


「行くか」

 宮田が杖をつきながら、楓たちのもとへ向かった。


「キャプテン!」

 長谷川が楓に呼びかけた。


 楓が宮田の方を見る。


「慶ちゃん!」


 楓がバットをその場に置き、宮田の方へ駆け寄った。


「慶ちゃん?」

 楓の呼び方に千鶴が驚いた表情をした。


「来てくれたんだ」


「こいつを渡しに来た」

 宮田は楓に封筒を渡した。


「スター・レイカーズ入団テスト申込書……」


「その気があるなら、受けに来い」


「はい」

 楓が目を輝かせて、言った。


「それから、君もだ」

 宮田は朋美の方を見た。


「え?」


「君のお母さんから頼まれた」

 宮田は朋美にも封筒を渡した。


「お母さんが……」

 朋美は封筒を持つ手に力がこもる。


「沢木さん、あなたのことは、おじさまから聞いているわ」

 千鶴が楓に言った。


「えっと、もしかしてブラック・フォックスの……」


「横山千鶴よ。もしあなたがスター・レイカーズに入団できれば、同じチームになるわ」


「よろしくお願いします」


「ええ」

 千鶴が楓に右手を差し出した。楓もそれに応じ、千鶴と握手する。


 千鶴はその時、ぐっと握力を込めた。しかし、楓は素知らぬ顔をしている。


 なおも力を込めたが、顔色一つ変えない。


 この子……


「もういいですか?」


「ごめんなさい」

 千鶴は楓から手を放した。


「それじゃあ、楽しみにしているよ」


「はい」

 楓は元気よく返事をし、昇降口へ去っていく宮田と千鶴に手を振った。


「あの子、握手した時に私がもの凄く力入れたのに、平然としてた」

 千鶴が小声で宮田に言った。


「握り返されなくてよかったな。楓の握力は二百キロ以上あるぞ。十歳の時には、木から木へ猿みたいに手で飛び移ってたんだからな」


「そ、そうなんだ……そういう話は早めにしてよね」

 千鶴はゾッとしたように自分の手を見た。



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