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1 応援

 ある夏の日、日差しの照りつける青空の下、女子プロ野球チーム、レッド・ランサーズの二軍ホームグラウンドである河原橋グラウンドでは、いつものように選手たちが練習を行っていた。


 現在、行われている練習は、シート・バッティング。試合と同じように野手を配置し、投手が打者にボールを投げる。ただし、打者は打つだけで、決められた時間を打ったら、次の打者と交代する。


 平日と言うこともあり、応援席はまばらではあるが、熱心なファンが練習を見ている。


 十才になる皆岸(みなぎし)朋美(ともみ)もそんなファンの一人。


 一塁側ベンチすぐそばのフェンスまで来て、マウンド上の投手の投球を食い入るように見つめている。


「毎日、熱心だな。どうだい、お母さんの投球は?」


 ベンチにいた二軍監督の増岡(ますおか)幸男(ゆきお)が応援席の朋美に歩み寄り、声をかけた。


「うん、すごくいい」


 朋美は目を輝かせながら、呟くように言った。


 マウンドで投げていたのは、朋美の母でプロ七年目になる皆岸(みなぎし)紀久子(きくこ)。社会人を経ての入団で、今年三十才になる。高校時代に全国大会で活躍したが、卒業を機に野球からは引退。就職して、すぐ結婚し、朋美が生まれたが、三年目に就職先に社会人野球チームが出来たことから、野球を再開し、大活躍。二年後にスカウトで、女子プロ野球チーム、レッド・ランサーズに入団した。


 朋美の言うように皆岸の投げる球に打者は詰まらされ、内野フライを連発していた。


「この調子なら、もうすぐ一軍だな」


 増岡が言った。


「本当?」


 朋美が驚いて、増岡を見る。


「ああ。監督に推薦できるよ」


「ありがとう」


「おっと、これは他のチームには内緒だぞ」

 増岡が口に手を当てた。


「うん」

 朋美が元気に返事をした。


 増岡の言葉を聞いて、朋美が喜ぶのも無理はなかった。


 皆岸紀久子はこの二年、右肩の故障で苦しみ、リハビリの末、ようやく投げられるようになり、マウンドで投げられるようにまでなったのだ。




 夕刻、練習を終え、着替えてロッカー・ルームを出てきた紀久子は、練習が終わるまでずっと待っていた朋美と一緒に歩いて帰った。


「お母さん、もうすぐ一軍だって。監督が言ってた」

 朋美は喜びを堪えきれないように紀久子の腕に抱きついて、言った。


「さっき、言われたわ。明日からだって」


「えー、すごぉい。やったね」

 朋美は飛び上がって喜んだ。「今度こそ霧原(きりはら)にリベンジできるよね」


「霧・原・さん、でしょ」


「あんな奴に〈さん〉なんてつけることないよ。あいつはお母さんの大事な肩を傷つけたんだから」


 霧原のことになると、朋美の顔は、怨みのこもった険しい表情になった。


「お母さん、いつも言ってるでしょ。あれは試合中の事故よ」


「だけど、あいつ、謝りにも来ないじゃない。お母さんにバットを投げたのに」

 朋美の怒りも無理はなかった。


 二年前の八月二十三日、対ブルー・ライナーズとの一戦。


 九回裏、二-一でリードした場面、前の投手が打たれ、ノー・アウト、二塁三塁のピンチで登板した紀久子は、一人を三振に取った後、四番打者、霧原と勝負。


 初球にいきなりバントの構えを見せた霧原に驚いて、バント処理をしようとマウンドを駆け下りた紀久子に霧原は一転、バットを引いて、思いっきり振り、紀久子にピッチャー返しを浴びせた。紀久子はライナー性の打球を直接捕ったが、そこへ霧原の投げたバットも飛んできて、紀久子の右肩を直撃。


 紀久子は右肩を亀裂骨折し、長期リハビリを余儀なくされた。霧原のバット投げはマスコミから非難されたが、バントからヒッティングに切り替えたため、バットから手が滑ったという霧原の主張が通り、プレー中の事故として、霧原に処分は下されなかった。


 霧原と紀久子は同い年。霧原が四番打者として本塁打王のタイトルを三回も取ったスラッガーなら、紀久子はセーブ王のタイトルを二度手にしたリリーフ・エース。プロでの対戦成績は、霧原の三十三打数十安打二十二・三振。常に本塁打か、三振かという二人の対決は、ブルー・ライナーズ対レッド・ランサーズの名物となった。しかも、紀久子がプロで本塁打を打たれたのは霧原だけ。そのためにリリーフ投手だった彼女は霧原に打たれたことで、何度か二軍行きを命じられたこともあった。


 しかし、その年は好調で、今まで打たれていた霧原に七度の対戦全てを三振に仕留めていた。それだけに霧原のバット投げは、故意ではないかという噂が飛んだのであった。


 紀久子は練習後、ミーティング・ルームでの増岡二軍監督との話を思い出していた。


★ ★ ★


「皆岸、一軍から声がかかった。明日から一軍へ行け」


「監督……」


「一軍は今、中継ぎ不足だ。こっちも推薦できるのは、おまえしかいない」


「……」


「どうした浮かない顔だな」


「監督にもわかっているはずです」


「あー、そうだな。確かに今のおまえの速球は、怪我する前より遅い。一四〇キロも出てないだろ。投げ方もオーバースローからスリークォーターに変わっちまった。だが、おまえには、名前と技術がある。速球がなくたって、コースを投げ分ければ、まだまだ一軍で通用するはずだ」


「しかし、監督……」


「おまえにとってはこれが最後のチャンスかもしれん。昔のことは忘れて、一軍に残ることを考えるんだ。もうここへは戻ってこないつもりでな」


「わかりました……」


★ ★ ★


「お母さん、どうしたの?」

 朋美がぼうっとしている紀久子を心配そうに見上げた。


「ううん、ちょっと考え事。明日から一軍でしばらく一緒にいられないから、今日は外で食べよっか」


「うん」

 朋美は元気に返事をした。



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