chapter.2 未来から
ミチル夫人の言葉に、緑川となぎさは固まった。
理解が追いつかず、しばらくの間動けなくなった。
「クソッ、放してよ!!」
なぎさは椅子ごと抱きつく姿勢でまどかを拘束していた。抵抗したが、凄まじい力でビクともしない。力んだ途端、まどかの手からフォークが床に転げ落ち、カランカランと響く乾いた音が、室内に虚しく響き渡った。
「……そういうこと?」
ミチル夫人の視線が、緑川となぎさ、最後にまどかに向けられる。
夫人は何かを察したらしく、人差し指を立て、フフッとほくそ笑んだ。
「大丈夫。事情は分かったわ。そこには触れないから安心して」
興奮を抑えつつ、ゆっくりと椅子に座り直しながら、緑川はなぎさに目配せした。
「放せ、なぎさ」
なぎさはその腕をパッと放してまどかを解放した。
途端にまどかの座っていた椅子が反動でガタンと揺れる。
「酷っ! 何だよ急に。頑張っておしとやかにしてたのに」
まどかはぷんすか怒ったが、なぎさは怒ったような顔をして椅子に直り、ミチル夫人を見つめたまま。
座り直して辺りを確認すると、皿の上にあったはずのナイフも変な方向に飛んでいるし、膝上のナプキンも床に落っこちていた。
「今のはミチルが悪いな。もうちょっと順立てて話せば良いのに」
グラスを傾けながら岸社長が言うと、夫人は澄ました顔で「あら、ごめんなさい」と言う。
「けれど、わたくしの勘が当たっていたみたいで、本当に嬉しい。瑠璃絵さん、わたくし、あなたと随分前にお会いしていたの。……いいえ、随分先、とお伝えした方が良いのかしら」
「ご冗談を」
緑川は必死に何かを堪えるように、言葉を震わせた。
「冗談ではなくてよ。……もっとも、わたくしはあなたよりもっと後からやって来て、あなたが来るよりずっと前に辿り着いた」
「面白い話をなさいますね」
「面白い? そうね。わたくしはずっと、あなたとお話をしたかったのよ、瑠璃絵さん」
表情を崩さず話を再開するミチル夫人の視線は、ずっと緑川を追っている。
現実味のない台詞ばかり連ねている理由が分からず、まどかは岸社長やなぎさの反応を確かめながら、しばらく無言を貫いた。
「――嶋田信彦という名前を出せば、少しは信用してもらえるかしら。わたくしの父の名前よ」
「――嶋田先生の!? まさか。確か記憶では私より……」
「研究室に遊びに行ったわたくしに、声を掛けてくださったわよね。『中学生なの?』『やっぱりお父さんと同じように研究の道に進むのかしら』……って」
緑川もまた、ずっとミチル夫人を睨み付けている。
「モデル……。確か、読者モデルか何か、そういうことを」
「あら、瑠璃絵さん覚えてくださってたの? 嬉しいわ!! そう、あの頃わたくし、雑誌でモデルを始めていて。おしゃれには疎くてと仰っていたわよね。それでわたくし、瑠璃絵さんに似合うお洋服を一緒に選びに行きませんかとお誘いしたの」
「その店は覚えて……」
「大学近くのアパレルショップを数軒巡ったでしょう? そのあと、一緒に喫茶店でパフェを」
緑川の表情が一気に緩んだ。
何かを思い出したのか、目に涙を浮かべている。
「……嶋田、美知琉。まさか、あなたが」
「思い出してくださった? わたくし、あなたとどうしてもお会いしたかったの……!!」
場が和やかな空気に変わったのを見計らったように、次の料理が運ばれてくる。
落としたカトラリーやナプキンが交換され、飲みかけのグラスに飲み物が追加されていく。
「ね、ねぇなぎさ。もしかして、所長とミチルさんって顔見知り……?」
話が見えず、とうとう我慢ならなくなったまどかは、身体を傾けてなぎさにヒソヒソ声を掛けた。
なぎさは面倒くさそうにまどかに少しだけ身体を傾け「らしい」と一言だけ返してきた。
「でも、変じゃない? ミチルさんの方がどう見たって年上なのに、所長が大学生の頃、中学生……? 所長って何歳なの?」
「黙って」
「なぎさは何か知ってるってこと? 抜け駆け、ズルくない?」
「ズルくない」
なぎさはぴしゃんと言い放って、それ以上答えようとはしなかった。
渋々とまどかは目の前の料理に興味を移すことにした。
冷製スープが信じられないくらい美味しい。滑らかな舌触りと、程よいコク。美味しいねとなぎさに声を掛けようとしたのだが、スープを口に運ぶ横顔が険しくて、とても話し掛けられるような雰囲気ではないようだった。
「私を探していた? ……どうして」
緑川はひと呼吸置いて、再びミチル夫人に質問を投げ掛けた。
「どうしてって……それは、心細かったから、というのもあるけれど、一番はね、どうにかして協力できないかとずっと考えていたから」
「協力?」
ミチル夫人はこくりと頷き、岸社長と何やらアイコンタクトを取っている。
岸社長は好きにしなさいとばかりに、ミチル夫人に微笑んでみせた。
「わたくしはね、瑠璃絵さん、あなたが何故この時代に居るのか知っている、数少ない人間なの。あなたがどうして未来から技術を持ち込み、エンジェルステラを誕生させたのか、具体的に、誰をどう救いたいのか……」
「……未来?」
まどかがボソッと呟く。
「タイムスリップしてきた、みたいな話?」
「そうよ、まどかちゃん。わたくしも瑠璃絵さんも、未来から来たの」
「嘘! んなわけ」
あははと半笑いで緑川の方に顔を向ける。――笑っていない。苦虫を噛み潰したような表情で、まどかからわざとらしく視線を外すのが見える。
「……マジ?」
冷や汗が、つうとまどかの頬を伝う。
「SF映画やアニメじゃないんだからさ、そういう冗談は」
「本当の話よ、まどかちゃん。……もっとも、なぎさちゃんは気付いていたか知っていたみたい」
「……岸社長もご存知なんですね」
なぎさが尋ねると、岸社長はニッと口角を上げた。
「もちろん。全て知っている。その上で一億円を提示したんだ。ミチルが時空を飛び越えてまで成し遂げたかったことを果たすために。そして未来を生きる人々の想いを繋ぐためにね……!」
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11月の文学フリマ東京に出店いたします……!
そしてなんと! エンジェルステラ本を作ってしまいました……!!
(詳しくはXを見てね(https://x.com/amasaki_ken))
会場では無料配布のチラシなどもありますので、是非受け取ってくださいね!!!
書き下ろしエピソードあり、描き下ろしイラストありの豪華本!!
第一巻なので、この後も作るはず……
入稿間に合ったので完成待ちです……!!
先週、二話分更新しようと思ったんですけど、身体の数が足りませんでした……
もう一話、間に合えば早めに更新したいです……
色々錯綜しておりますが、徐々に謎が解明しますので、お楽しみに……!!
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




