第五話「この狂った監獄へようこそ!」③
陽はまた昇る……どんな場所にも、そして、人の心にも。
俺がこの矯正施設に来てから、一ヶ月ほどが過ぎていた。
……うん、ここ。
ガチで人が居ねぇ……。
宿舎と称する建物には、俺以外の誰も居ない事が解った。
朝も起こすやつなんか居やしない。
だけど、勤勉を是とする俺は、無為に惰眠を貪ったりはしないのだ。
朝は、6時に起きる……そして、40秒で支度をするのだ。
食堂に行くと朝飯がある……まぁ、基本はご飯と卵づくし。
俺はいつも、朝はTKGにして食べている。
美味い……TGK最高っ!
……トッピング次第で、そのバリエーションは無限。
海苔、バター、ベーコンチップ……調味料やその手のトッピング材料は豊富に揃っている。
なお、洗い物は自分でやる。
昼は弁当持参……メイドイン俺。
……漢の手握り塩おにぎりとゆで卵である。
飲み物は、ほうじ茶……デリシャスッ!
夜は、毎日チキン三昧。
……タンドリーだったり、ボイルだったり、ブロスだったりする。
こないだは、焼き鳥が出た……意外とバリエーションは豊富。
なお、俺は焼き鳥は塩派なのである。
たまには、牛肉とか魚を食いたくなるけど、北の大地にそんなものはねぇ。
チキン様、バンザイ、そして、いつもありがとう。
きっかり15分で朝飯を食い終わったら、30分ほどかけて身支度を整えて森に行く。
それが俺の日常だった。
ヒゲも毎日剃る……ただし、あごの先の髭は俺のチャームポイントなので、長さを揃える程度にする。
愛用の黒ぶち伊達メガネだって、忘れちゃいけない。
この二つは、俺のアイデンティティと言っても過言ではない。
「今日もキマっているな! ビシィッ!」
鏡の前で、顎の下に手をやって片手を斜め45度の角度にまっすぐ伸ばす決めポーズを決めて、爽やか笑顔をキメる!
……ちなみに、ビシィってのは口で言ってる擬音だ。
それも込みの決めポーズなのだ。
誰にも会わない日だって、別に珍しくもないのだけど、これも日課。
……これぞ、男のダンディズム。
誰も会わないからと言って、身だしなみを気にしなくなると、どんどん小汚くなるからな。
いつ何時も、こざっぱりとするってのも、中年男にゃ必要なオサレなのだよ。
身支度が終わったら、仕事の時間だ。
ロジャー氏と一緒だと、生きた心地がしないし、その狂気が伝染するような気がするので、仕事はいつもソロ活動。
どうせ、森の何処かで昼夜問わず、ウッド共と戦ってるか、地形にでも引っかかってるんだろう。
ロジャーの旦那、当たり判定大きいから。
たまに、ウッド最期の反撃に巻き込まれて、光の粒子が立ち上ってるのを見かけることもあるけど。
その時は、黙って瞑目する。
あの人は、無駄に当たり判定が大きい上に、退くことを知らない。
ウッドの最期の反撃すらも、受け止めようとするんだよなぁ……。
そりゃ、死ぬよ。
残機ゼロで死ななきゃ、問題ないんだから、別に構わない。
この森も、フィールド扱いされてるらしく、たまに残機補充の女神の光……通称、ワンナップが落ちてるしな!
俺もう、残機が10人くらいいるが、ちっとも減らないから、ちょっと気も大きくなってる。
帰る頃には、残機100人とかなってるかもしれないなぁ……。
うはっ! 夢がモリモリ広がりングッ!
まぁ、そんなどうでもいい事はほっといて、今日も斧を片手に、森のウッド共を殺りに行くのだ!
「ハイハイハイリフレ~! 俺氏が木ィをKILLッ! KILLッ! KILLッ! ホッホー! 死ねぇえええええっ!」
憎しみを込めて、適当な歌を口ずさみながら、斧を振るう。
血しぶきと肉片の代わりに、奴らは木っ端とおがくずを撒き散らしながら、無様にへし折れる。
断末魔代わりの幹のへし折れる音と、立ち上る血の匂いならぬ、樹液の匂いがたまらない。
太いのを殺って、切ったばかりの幹から湯気が立ち上ってたりするのを見ると、もう笑いが止まらなくなる。
滾るのう……滾るのう……うは、みなぎってきたぞっ!
……木狩りを始めてみて解ったのだが、奴らは例え何十本殺そうとも、焼き払おうとも、あっという間に再生するのだ。
ああ、確かにこれは片っ端から殺すしか無い。
俺、スギ、ヒノキがこんな恐ろしい奴らだったなんて、知らなかった。
無知ってのは恐ろしい……とにかく、少しでも殺しまくって、増えるのを止めないと……止めないと!
人類はッ! 滅亡するッ!!
「ちっ、また新しいのが生えてきてやがる……なんて、増殖速度だ……」
昨日までなかった俺の背丈くらいのスギが当然のように生えてやがる。
僅か一晩で、ここまで茂るとは……まだまだ、か細い雑魚ウッドだが、生かしてはおけん!
「どりゃぅえっせイェエエエエエッ!」
奇声を上げて、その生えたての杉の木に渾身のケリを入れる!
バキャメキャなんて音と共に、その小さな杉の木が中程からくの字に折れ曲がりながら、若い枝を散らす。
うっわっ、スギくせぇ! マジくせぇっ!
スギは攻撃されるとまず、この悪臭で威嚇してくる。
その上、春になると、こいつらは花粉と言う化学兵器をばら撒く。
その犠牲者数は計り知れない……。
こいつらは、間違いなく俺達人間を根絶やしにするつもりだ……だが、そうはさせん!
「何故ならばっ! この俺がいるのだからなっ! 死ねっ! 確実に……念入りにっ!」
渾身の力を込めて、斧で折れ目目掛けて、袈裟斬りにする。
手ごたえあり……真っ二つだ!
スギの上半分がバッサリと切り倒される。
うん……小さいやつと言えども、こいつらは急成長するからな……容赦なく殺すっ! 殺すっ! 殺すっ!
ガッツガッツと斧を振るって、残った枝をこそぎ落とし、幹も上から片っ端から削って、更に地面に斧を叩きつけて、周囲に張り巡らされた根っこを破壊していくっ!
そして、とどめを刺すべく、全身全霊の力を振り絞って、両手で幹を掴むと渾身の力を込めて、ズボーッ! と引き抜くッ!
「うはーっはははっ! う、う、う、討ち取ったりーッ!」
うひょーっ! なんて、なんて……イイ気分なんだっ!
物言わぬウッドではあるが、この無残にも根こそぎ引き抜かれた姿を見ると、もう堪らない。
まさに、殺ったと実感出来る瞬間。
さすがに、ここまですれば、もう再生も出来ないからな……。
「……そのままそこで、朽ち果てるが良い! このゴミがっ!」
引っこ抜いたスギの若木だったモノを無造作に打ち捨て、更に斧の一撃を加え、真っ二つにする。
慈悲もなく許容もない……殺らねば、殺られる……これは、伐採などと言う生易しいものではない。
正真正銘、殺し合い……戦争と言い換えてもいい。
だから、殺す! 殺す! 根絶やしにするのだ!
自然破壊? 違うな……自然が俺達を破壊しに来るのだ。
慈悲の心も、自然を愛する心もここでは無用のものだ……ここの自然は決して優しくは無いのだから。
無慈悲そのもの……油断していたら、あっと言う間に飲み込まれてしまう。
であるからこそ、殺る。
実にシンプルな話だった。
だが、一か月にも渡る連日の攻防の末、このクソウッド共も随分と狩れた。
ロジャーのおっさんは、こんな雑魚ウッドなんざ構うなって言ってるけど、デカくなってからの方が殺る手間がかかるからな。
俺はノルマなんか気にしない……一匹でも多くのウッドを狩る事を至上命題としているのだ。
「む? この気配ッ! こんな所にも新芽が……そこかッ!」
雪をかき分け、5cmにも満たないような新芽を掘り出すと、2mほどの高さにまで飛び上がって、全体重をかけて踏み潰す!
「超電磁大旋回キーックッ!」
さらに、そこから地面ごと掘り起こすくらいの勢いで、片足立ちのままその場でぐるぐると回転を加えるっ!
もはや、土と混ざり合って、訳の解らないものと化した新芽の残骸に唾を吐き捨てる。
「俺の目を誤魔化そうなんて、100万年はえーよ。この雑魚がっ!」
俺は、新芽だろうが容赦しない。
松ぼっくりですら、死刑。
ここに来て一月あまり……殺ったウッドの数は、もう100から先は数えていない。
その辺はあれだ。
今まで食ったパンの枚数を覚えていないのと一緒だ……数える価値も意味もない。
けど、そう言えば……ウッドを殺っても、経験値は入るんだったっけ。
……たまには、自分のステータスでも見てみるか。
「コマンド! ステータスオープン!」
システムコマンドを唱えると、ステータスウィンドウが中空に表示される。
名前:トリデ=オッサム
年齢:35
クラス:ウッドバスター
ランク:20
状態:疲労
HP:981/1,230
MP:150/310
攻撃力:C+
防御力:D
魔法攻撃:D
魔法防御:D
特記:
木属性特攻、タフネス+、パワー+
スキル:
斧8 伐採8 ヒョコ鑑定9
ダッシュ 3 TKG作成10
樹木感知2
装備1:まさかり「Die 木殺」
装備2:メッシュベスト「森人の心意気」
装備3:木こりのバンダナ「士魂」
装備4:山刀「MU惨」
おお、クラスが木こりだったはずだったのに、上級職のウッドバスターにクラスアップしている。
装備もいつのまにか、装備熟練度マックスの証ネームドアイテム化しているではないか。
ちなみに、メッシュベストってのは、やたらポケットが付いてて、背中が網網になってるベストだ。
通気性抜群だけど、防御力は皆無だ。
でも、アイテム所持数が増える……イカス!




