エピローグ・天、高く、鳴き笑う鳥
「遅くなってゴメン。ミハちゃん、今どうなってんの?」
ソフト部の女子が美春に声をかける。
「9回のウラ、1−2で負けてるから、ここで逆転できなきゃ敗北決定。2アウトでランナー2・3塁」
「バッターは?」
「……神代君」
「やった! 見にきた甲斐があった〜」
(……試合に勝ってからいいなさいよ、せめて)
2塁ランナーは孝太郎だった。
才輝ならまず打てる。しかし、次のバッターはアテにできない。この打席で孝太郎が帰るしか逆転の道はない。
「頼むぞー、才輝ー!」
「神代くーん、頑張ってー!」
声援を背に、才輝はバッターボックスに立つ。
第1球、才輝は見逃す。
「ストライク!」
審判が声を張り上げる。
歓喜と落胆の声がグラウンドに響く。
才輝は一塁側のフェンスの向こうを見る。そこには有田が座っていた。
「しっかりやれよー! 才輝ィ!」
視線に気付いて声援を送ってくる。
「女の子が見てる前で恥かくなよー! つーか羨ましいぞー、コノヤローっ!」
どんな応援だ。有田の隣に座っているスーツ姿の男もクスクスと笑っている。
視線をピッチャーに戻し、才輝はフォームを構える。
第2球……。
「ストライック! ツー!」
緊迫した空気が一瞬緩み、またすぐに張り詰める。……追い詰められた。
「才輝ー! 打てる、お前なら打てるぞー!」
孝太郎の激励に、才輝はうなずく。
そして第3球……。
カキーーン!
「行ったぁ! レフトだ!」
白球が放物線を描きながら飛び、外野手の後ろに落ちる。
「ホームイン! 同点!」
レフトがボールを拾った時、3塁にいたランナーはすでにホームベースを踏んでいた。
「行け! 孝太郎! ここで追い越せ!」
才輝が叫び、孝太郎が3塁を蹴る。それを見て、レフトから中継へ球が投げられる。
「間に合え!」
中継からバックホームの鋭い返球。タイミングはきわどい。
有田が立ち上がり、目一杯声を張り上げる。
「とべえぇぇぇぇぇ! 孝太郎!」
キャッチャーが球を受けると同時に、孝太郎の体がホームに滑り込む。
「どっちだ……っ?」
有田がつぶやく。隣の男も、いや、観客のほとんどが呼吸するのも忘れて審判の声を待っている。
一瞬の沈黙の後、高らかに審判が宣言する。
「セーフ! セーーフ!」
ワアアア!と、味方のベンチが湧く。
再び土で汚れた顔は、笑っていた。その視線の先にいる男も。逆転を決めたバッターも。
――夢を追いかける少年は、今、確かに飛んだ。
ここで、この物語に幕を下ろそう。まだまだ彼らの成長していく姿を追っていきたいところだが、それはまた別の機会に。
……ドラマを生み出してくれるのは、彼らだけではない。この町には多くの人間が存在し、そして人の出会いの数だけドラマがある。また、新しい話を聞きたくなったら、私のところに来なさい。いつでも歓迎しよう。
……私の名前は魅月町。また、会う日まで。ごきげんよう。




