第5章・引っ張り
「せめて合同でもいいから練習させてくれないかな」
「だめよ。ソフトと野球じゃ全然違うわよ」
才輝はダメ元で再び美春に交渉するが、結果は芳しくない。時間だけが過ぎて行き、5時の鐘が鳴り響いた。
「ねぇー、ミハちゃん。少しぐらいいいんじゃないの?」
ソフト部の女子が会話に入ってくる。才輝の顔をチラチラと見ていることから、その意図が簡単に読み取れる。
「ここでアイツを甘やかしたら、いつまでたっても解決しないでしょ」
「……ミハちゃん、お母さんみたい……」
この調子では、今日も練習はできそうにない。
「ハァ……」
才輝がため息をつくと……。
「お〜い、才輝く〜ん!」
同じ野球クラブの生徒が息を切らせて走ってくる。
「どうした?」
「……ゼェ、ゼェ、孝太郎君が、さっき……学校の外に、出て行っちゃった……」
「……あきらめたのか……?」
ううん、と、頭を横に振る。
「スゴク……怒ってた。もうガマンできないって……」
「なんだって……!?」
孝太郎は、単身でケンカに行ったのだと言う。
「バカ……孝太郎。クソッ!」
才輝は孝太郎を追うため、校門へ走り出した。
「俺は絶対、野球選手になるんだ! 中学生なんか怖がってたら、いつまでたっても遠藤選手みたいなスターになれない!」
孝太郎は公園のグラウンドへとまっすぐに向かって行く。その手は固く握りしめられている。
「やっつけてやる……! 一人で……! 先生も才輝も必要ない!」
小学生の足は速い。あっという間にグラウンドに辿り着き、そして見た。
「せ、先生!?」
グラウンドの中央、ピッチャーマウンドの上で有田が中学生たちに囲まれて倒れている。
その顔はアザだらけになっており、口が切れて血が滲んでいた。
「ほら……ミロ……。来ちまったじゃねぇか」
かすれた声で有田が中学生たちに声をかける。
「あいつ、キレってから……なにするかわからねーぞ……」
言いきる前に、孝太郎がマウンドに突っ込んで来た。
「おっとぉ!」
長身の生徒が孝太郎を捕まえて持ち上げる。
「放せ、はなせよぉ!」
「なー、コイツどうする?」
長身が仲間を振り返る。
「そこらへんに捨てておけばぁ?」
「ゴミ袋に詰めとくか」
「ギャハハ! それいい!」
金髪が高く笑う。と、その足を有田がつかむ。
「おい……」
低く、重みのある声だ。
「そいつに手ぇ出すな。俺の生徒だ」
「あ? てめぇ教師だったのかよ! 丁度いい!」
手を振り払って叫ぶ。
「先公なんざクソくらえだ! 下らねえ説教ばっかりしやがって!」
自由になった足が、有田の顔面を襲う。
「が……っ!」
顔がゆがみ、鼻血が出る。今度は別の男が、有田の背を踏みつける。
「おい、俺にもやらせろよ」
長身が言った時、その腹に重いものがぶつかった。
「やめろおぉぉぉぉぉ!」
孝太郎だ。孝太郎は泣きじゃくりながら、手足をバタつかせている。
「い、って……」
長身がうずくまり、孝太郎は腕から逃れる。
「先生を、先生を蹴るなぁ!」
「うっせぇぞ、このガキ」
振り向いた金髪に、全力でタックルをかます。
「うげっ!」
金髪は一瞬ひるむが、すぐに体勢を立て直して孝太郎を地面に押さえつける。
「先生は、そいつは……イイカゲンだけど、メチャクチャだけど……! 俺たちの大事な先生なんだよ!」
顔を土で汚しながら、なおも孝太郎は叫ぶ。
「先生は他の大人とは違うんだ!おまえたちなんかが……勝手に……バカにすんな!」
「黙れ、クソガキ!」
「俺は……あんなに先生のこと嫌ってたのに……役に立たないって言ったのに……先生は、俺のために来てくれてるんだ……! こんな、こんな人を……お前たちなんかが……!」
涙と土でぐしゃぐしゃになった顔が、残りの中学生たちを強く睨みつける。
「孝太郎……」
有田が、ゆっくりと起き上がる。
「カッコいいぞ。今のお前、遠藤選手よりも、ずっと……」
「てめぇ! まだやんのか!?」
一人が叫んだとき、別の声が遠くから聞こえてきた。
「孝太郎! 先生!」
「才輝……っ!?」
才輝だけではなかった。野球クラブのメンバー、そして美春までもが一緒に来ていた。
「先生!」
美春が有田と孝太郎を見つけて駆け寄ろうとする。
「おい、どうする。面倒なことになったぞ」
突然の小学生の集団に驚き、金髪が仲間にきく。
「……大勢に顔を覚えられたら厄介だ」
一つの結論に達し、中学生たちは一斉に逃げだす。
「待て! この野郎!」
追いかけようとする孝太郎の肩を、誰かがつかんだ。
「さすが未来の大リーガー。凄まじい気迫だったぜ」
有田がニヤリと笑うのを、孝太郎は滲んだ目で見た。
タイトルの「引っ張り」とは、鳥の鳴き方の名称で「急速な集合を促す」声のことです。




