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君が帰ってきた家  作者: わかめ
帰ってきた子

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15/15

理由のないお泊まり

「無限ピーマンでも作るか」


「何それ」


「ピーマン」


「やっぱり帰ろうかな」


「泊まるんじゃなかったの?」


「ご飯食べてから考える」


「現金すぎるだろ」


 二階から笑い声が聞こえた。


 結局、紬は帰らなかった。


 というより、最初から帰る気なんてなかったのだと思う。


 澄江さんにも拓真さんにも確認は取れている。明日は土曜日。学校もない。雨も降っていないし、病院の都合もない。


 つまり今日は、特別な事情もなく泊まる。


 初めて泊まった時は大雨だった。


 帰るよりここにいた方が安全だった。


 今回は違う。


 ただ、紬が泊まりたいと言った。


 それだけだ。


 六時を過ぎて仕事を終えると、紬はすぐに二階から降りてきた。


「ピーマン、本当に作るの?」


「作るよ」


「肉詰めじゃなくて?」


「今日は違う」


「何入ってるの?」


「ピーマンと塩昆布とごま油」


「ほぼピーマンじゃん」


「そうだよ」


「騙した」


「一回も騙してない」


 冷蔵庫からピーマンを出す。


 残っていた二個。


 紬が露骨に嫌そうな顔をした。


「二個も使うの?」


「二人で食べるんだから」


「一個でよくない?」


「少なすぎるだろ」


「私は少しでいい」


「味見してから言え」


「肉入ってない?」


「入ってない」


「じゃあ期待できない」


「評価厳しいな」


 ピーマンを細切りにする。


 紬は横からじっと見ている。


「細い」


「前もそれ言ってたな」


「細ければピーマンじゃなくなる?」


「ならない」


「じゃあ意味ない」


「食感は変わるだろ」


「ふーん」


 耐熱容器に入れて軽く加熱し、塩昆布とごま油を混ぜる。


「これだけ?」


「これだけ」


「料理?」


「料理」


「ほんとに?」


「失礼だな」


 紬が少しだけ近づく。


「匂いはいい」


「ごま油強いからな」


「ピーマンの匂いもする」


「そりゃする」


「やっぱりいる」


「だから消えるとは言ってないって」


 味見用に一本だけ箸でつまんで渡す。


「熱い?」


「ちょっと」


 紬はかなり慎重に口へ入れた。


 噛む。


「……」


「どう?」


「待って」


「また審査?」


 もう一度噛む。


「……塩昆布つよい」


「そういう料理だからな」


「ごま油も」


「うん」


「ピーマンもいる」


「いるよ」


 紬はしばらく考える。


「でも」


「でも?」


「ご飯となら食べられるかも」


「結構いけてるじゃん」


「好きとは言ってない」


「分かってる」


「肉詰めの方が好き」


「比較対象が肉入りだからな」


 結局、夕飯は焼き魚と味噌汁、それに無限ピーマンになった。


「いただきます」


「いただきます」


 紬は最初、無限ピーマンを避けていた。


 魚。


 ご飯。


 味噌汁。


 そのあと、仕方なさそうに少しだけ取る。


「ご飯と一緒なら?」


「……まあ」


「いける?」


「まあ」


「語彙なくなってるぞ」


「だって、まあなんだもん」


「嫌い?」


「ピーマンは嫌い」


「これは?」


 少し考える。


「これなら食べてもいい」


「十分じゃん」


「また食べたいとは言ってない」


「じゃあ次は揚げ浸しだな」


「何それ」


「ピーマン」


「また?」


「まだあるぞ、ピーマン料理」


「そんなにあるの?」


「世の中ピーマンを食わせようと頑張ってるからな」


「誰が?」


「知らん」


 紬が笑う。


 そのまま何口か食べて、最終的には自分の分を全部食べた。


「完食」


「少なかったから」


「はいはい」


「でもご飯には合う」


「認めたな」


「そこは認める」


「じゃあ次も」


「それは別」


「厳しい」


 食後は二人で片付けた。


 もうどちらが洗うかも大した問題ではない。


「今日私洗う」


「じゃあ俺拭く」


「うん」


 自然に決まる。


 皿を洗いながら、紬が聞いた。


「こうじさん」


「何?」


「泊まるの、迷惑じゃない?」


「今さら?」


「今日は理由ないから」


 やっぱり気にしていたらしい。


「泊まらなきゃいけない理由はないな」


「前は雨だったし」


「まあな」


「今日は何もない」


「明日休み」


「それだけ」


「十分じゃない?」


 紬は皿を洗いながら少し黙った。


「泊まりたいから泊まるのって、変じゃない?」


「友達の家に、泊まりたいから泊まったことは?」


「あるけど」


「じゃあ、泊まりたいってだけで泊まること自体は変じゃないだろ」


「ここ友達の家じゃないし」


「そうだな」


「親戚だけど」


「そうだな」


「昔の家でもあるし」


「そうだな」


「こうじさんの家でもある」


「そこは合ってる」


「何なんだろ」


「また分類するの?」


 前にも似たような話をした。


 来客なのか。


 何なのか。


「紬が泊まってる。それでいいだろ」


「またそれ?」


「便利なんだよ」


「ちゃんと考えてないだけじゃない?」


「考えた結果、それでいいってなった」


「ほんと?」


「ほんと」


 皿を受け取って拭く。


「泊まりたいなら、澄江さんと拓真さんがいいって言って、俺も大丈夫なら泊まればいいよ」


「毎週でも?」


「それは知らん」


「なんで」


「頻度の話は別だろ」


「じゃあ月一?」


「交渉始めるな」


「二週間に一回」


「増えてる」


「月二回だから」


「細かいな」


「だめ?」


「その時考える」


「そのうち?」


「便利だな、その言葉」


「こうじさんがよく使うから」


 紬は少し笑った。


 片付けを終えると、紬は自分の歯ブラシとコップを使って歯を磨いた。


 それを横で見ていると、前回の泊まりとは大分違う。


「パジャマある」


「あるな」


「タオルもある」


「あるな」


「歯ブラシもある」


「あるな」


「完璧」


「何のチェックだよ」


「泊まれるかどうか」


「もう泊まってるだろ」


 紬は洗面所から出て、そのまま二階へ向かった。


「お風呂先入っていい?」


「どうぞ」


「リンス買ってないの?」


「買ってない」


「えー」


「必要なら自分で持ってこい」


「置いていい?」


「一本くらいなら」


「じゃあ今度持ってくる」


「また増えるの?」


「邪魔?」


「いや」


「じゃあいいじゃん」


「最近それ強いな」


「こうじさんが言ったから」


「何を」


「来てもいいって」


「言ったけど」


「じゃあ置いてもいい」


「理屈が飛んでる」


「飛んでない」


 また笑いながら風呂場へ行った。


 しばらくして。


「こうじさん!」


「何!」


「シャンプー少ない!」


「まだあるだろ!」


「あとちょっと!」


「明日買う!」


「忘れないで!」


「はいはい!」


 前回より、随分遠慮がない。


 初めて泊まった夜は、シャンプーの場所を一つずつ聞いていた。


 今は残量にまで文句を言う。


「……順応早いな」


 それでも悪い気はしなかった。


 十時過ぎ。


 紬は自分のパジャマを着て、二階の部屋にいた。


 前回使った布団も、納戸へ戻さず二階のクローゼットに入れていた。


「出す?」


「自分でやる」


「持てる?」


「持てる」


「じゃあ任せる」


 二人で布団を敷く。


「前より慣れた」


「二回目だからな」


「今日、電気消していいよ」


「前も消しただろ」


「最初待ってって言った」


「怖かったんじゃん」


「違う」


「はいはい」


「今日は大丈夫」


 部屋の入り口に立つ。


「じゃあ寝る時消せよ」


「うん」


「俺は下にいるから」


「何時まで?」


「また聞くの?」


「一応」


「十二時くらい」


「そっか」


「今日は確認しに来なくていいぞ」


「行ってないし」


「呼ばれたんだよ」


「今日は呼ばない」


「分かった」


 そう言って部屋を出た。


 十一時半頃。


 俺も風呂を済ませて寝る準備をする。


 階段を上がる。


 紬の部屋の前を通る。


 今日は扉が閉まっている。


「寝たかな」


 小さく呟いて、自分の部屋へ向かう。


 すると扉が少し開いた。


「こうじさん」


「起きてるじゃん」


「今寝るところ」


「何?」


「別に」


「またそれ?」


「……おやすみ言ってなかった」


「ああ」


「おやすみ」


「おやすみ」


 それだけだった。


 扉が閉まる。


 前回みたいに、いるかどうかを確認したわけでもない。


 ただ、おやすみを言っただけ。


 翌朝。


 七時半頃、目が覚めた。


 前回より遅い。


 学校がないからだ。


 階下へ降りると、紬が居間にいた。


 パジャマ姿でテレビを見ている。


「おはよう」


「おはよう」


「早いな」


「七時だよ」


「休みの日は早い」


「こうじさん遅い」


「休日なんだから寝かせろよ」


「お腹すいた」


「またそれ?」


「朝ごはん」


「分かってる」


 冷蔵庫を開ける。


 卵。


 牛乳。


 昨日の残り。


「卵焼き?」


 後ろから紬が覗く。


「また?」


「昨日食べてない」


「毎回卵焼きにする気?」


「好きだから」


「パンもあるよ」


「卵焼きとご飯」


「和食派だな」


「お父さんの朝ごはんそうだったから」


「ああ」


 それなら仕方ないか。


 卵を二つ出す。


「今日は紬が作る?」


「いいの?」


「俺横にいるから」


「作る」


「甘さ自分で調整してみ」


「分かった」


 紬が卵を割る。


 砂糖を入れる。


「それ多くない?」


「お父さんこれくらい」


「本当に?」


「多分」


「多分なんだ」


「覚えてない」


「じゃあ少し減らせ」


「もう入れた」


「遅いよ」


 フライパンへ流す。


 形は少し崩れた。


 巻くのも途中で失敗する。


「あ」


「まあ食えればいい」


「こうじさんみたいなこと言った」


「一人暮らしの知恵」


「便利」


 どうにか完成。


 皿に載せる。


 紬が一口食べる。


「……甘い」


「だろうね」


「入れすぎた」


「次減らせばいい」


「失敗?」


「食えるなら失敗じゃない」


「やっぱりこうじさんっぽい」


「褒めてる?」


「分かんない」


 二人で朝食を食べる。


 何の予定もない土曜日。


 雨も降っていない。


 誰かを待つ必要もない。


 食べ終わっても、紬はすぐ帰るわけではない。


「今日どうするの?」


「何が?」


「帰る?」


「昼くらい?」


「適当だな」


「美咲ちゃんと午後遊ぶ約束してる」


「じゃあそれまでいる?」


「うん」


「もう普通に予定の合間に使ってるな、この家」


「駄目?」


「駄目じゃないよ」


「じゃあいいじゃん」


「強い」


 紬が笑った。


 食後、二人で洗い物をする。


 昨日の夜と同じ。


 特別なことは何もない。


 初めて泊まった時は、一晩いるだけで家の雰囲気が違って見えた。


 今日はそこまででもない。


 紬が朝からいる。


 それが少しずつ、普通になり始めている。


「こうじさん」


「何?」


「来週も泊まっていい?」


「もう聞くの?」


「先に予約」


「ホテルじゃないぞ」


「空いてる?」


「部屋は空いてる」


「じゃあ」


「澄江さんと拓真さんに聞いてから」


「こうじさんは?」


 少し考える。


「俺は別にいいよ」


「ほんと?」


「毎週確定はしないけどな」


「じゃあ今度また聞く」


「そうして」


 紬は満足そうに頷いた。


 必要に迫られたわけではない、一泊。


 だからこそ、前回とは少し意味が違っていた。

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