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君が帰ってきた家  作者: わかめ
帰ってきた子

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12/15

これはピーマンじゃない

日曜日の夕方、冷蔵庫を開けた俺は、野菜室の奥に残っていたピーマンを見つけた。


 五個入りを買って、使ったのは一個。


 残り四個。


「……どうするかな」


 一人なら適当に炒めればいい。


 ただ、最近はそういう考え方をする前に、別のことを考えるようになっていた。


 紬は食べるか。


 自分でも随分変わったと思う。


 紬が来る予定もないのに、夕飯の材料を見るだけで十一歳の好き嫌いまで思い出すようになった。


 もっとも、今日は来ない。


 土曜日は一日いたし、今日は澄江さんの家で過ごすと言っていた。


 だから普通に炒めて食えばいい。


「……肉詰めでも作るか」


 冷凍庫にひき肉があった。


 玉ねぎもある。


 昔、実家で何度か食べた記憶はあるが、自分で作ったことはない。


 スマホで大体の作り方だけ確認する。


 ピーマンを半分に切って、ひき肉を詰めて焼く。


 何とかなるだろう。


 玉ねぎを刻み始めたところで、インターホンが鳴った。


「……まさか」


 モニターを見る。


 紬だった。


「来るんかい」


 玄関を開ける。


「ただいま」


「おかえり。今日は来ないって言ってなかった?」


「言ってないよ」


「昨日、明日は澄江さんのところって」


「晩ごはんまでいるとは言ってない」


「そこ?」


 紬は小さなバッグを持っていた。


「何しに来たの?」


「本返しに」


「どの本?」


「二階に置いてたやつ」


「それ俺のじゃなくてお前のだろ」


「じゃあ取りに来た」


「理由変わってるじゃん」


 紬は気にせず家へ上がる。


 台所から包丁の音がしていたのが気になったらしく、途中で足を止めた。


「何作ってるの?」


「晩飯」


「何?」


「見れば分かる」


 台所へ来た紬が、まな板の上を見た。


 ピーマン。


 その隣にひき肉。


 分かりやすい。


「……帰ろうかな」


「早いな」


「ピーマンじゃん」


「食っていくとは言ってないだろ」


「何作るの?」


「肉詰め」


 紬が少しだけ考える。


「肉入ってる?」


「肉詰めだからな」


「ピーマンの中に?」


「そう」


「全部?」


「全部って何」


「中身が」


「ほぼ肉」


 紬はもう一度ピーマンを見る。


「……おいしい?」


「知らん。初めて作る」


「え」


「何その不安そうな顔」


「こうじさん料理適当だから」


「最近そこそこやってるだろ」


「最近は」


「認めてるじゃん」


 紬は冷蔵庫を開けた。


「アイス食べていい?」


「今から飯食うなら駄目」


「食べるって言ってない」


「じゃあ食べて帰れば」


「……」


「何」


「肉詰め、ちょっと気になる」


「じゃあ食えばいいじゃん」


「でもピーマン」


「肉も入ってる」


「半分ピーマンでしょ」


「見た目はな」


「いっぱいじゃん」


「食いたくなければ無理しなくていいよ」


 そう言うと、紬は少し黙った。


 以前なら「食べられる」と即答していたと思う。


 今は、嫌なら嫌と言える。


「一個だけなら」


「食べる?」


「小さいやつ」


「選ぶの?」


「選ぶ」


「じゃあ自分で選べ」


 半分に切ったピーマンを並べる。


 紬は真剣に見比べ始めた。


「これ」


「それ一番小さいな」


「だから」


「分かりやすい」


「いいでしょ」


「いいよ」


 結局、紬も夕飯までいることになった。


 澄江さんに連絡すると、すぐに「お願いします」と返ってきた。


 最近はこのやり取りも随分簡単になっている。


「手伝う?」


 紬が聞く。


「じゃあ玉ねぎ混ぜて」


「切るのは?」


「もう切った」


「肉触っていい?」


「手洗えば」


 ボウルにひき肉、玉ねぎ、卵、調味料を入れる。


「これ混ぜるの?」


「そう」


「手で?」


「そう」


「冷たそう」


「多分冷たい」


「こうじさんやって」


「手伝うって言ったの誰だよ」


「混ぜるのは聞いてない」


「仕事選ぶな」


 結局、紬は少し嫌そうな顔をしながら手を入れた。


「つめたい!」


「だろうな」


「気持ち悪い」


「肉だからな」


「これ本当に食べ物になる?」


「普段食ってるハンバーグも似たようなもんだよ」


「そうなの?」


「大体」


「じゃあハンバーグって気持ち悪いんだ」


「途中だけ切り取るな」


 しばらく混ぜると、紬も慣れたらしい。


「これくらい?」


「いいんじゃない」


「分かんないの?」


「雰囲気」


「またそれ」


 残っていたピーマンのうち二個だけを半分に切り、肉を詰めていく。


 紬は自分が選んだ一番小さいものを最後まで確保していた。


「これ私の」


「名前書いとけ」


「どうやって」


「爪楊枝でも刺しとけば?」


「本当に刺すよ?」


「やめろ」


 フライパンに並べて焼く。


 肉の焼ける匂いがし始めると、紬が少し近づいた。


「いい匂い」


「肉だからな」


「ピーマンの匂いもする」


「そりゃピーマンだから」


「やっぱりピーマンじゃん」


「何だと思ってたんだよ」


「肉料理」


「肉料理でもある」


 ソースはケチャップとウスターソースを適当に合わせた。


「甘い?」


「少し」


「辛くない?」


「辛くはない」


「ならいい」


「お前、結構味の注文するようになったな」


 紬がこちらを見る。


「駄目?」


「いや」


 むしろ、そのくらいでいい。


 何でも食べられます。


 何でも大丈夫です。


 そう言っていた頃よりずっといい。


「紬」


「何?」


「ケチャップ多めにする?」


「する」


「はいよ」


 二人分を食卓へ運ぶ。


 俺の皿に三つ。


 紬の皿に一つ。


「少なくない?」


「一個って言ったじゃん」


「ご飯は普通に食べるから」


「当たり前だろ」


「肉もっとあった?」


「まだあるけど」


「じゃあ肉だけ焼けばよかった」


「料理のコンセプトを否定するな」


 紬は笑った。


「いただきます」


「いただきます」


 紬はすぐには手をつけなかった。


 まず白いご飯を一口。


 次に味噌汁。


 肉詰めは最後まで残っている。


「食わないの?」


「食べる」


「別に残してもいいけど」


「食べるって」


 箸で持ち上げる。


「崩れる」


「一緒に食うんだよ」


「ピーマンだけ取れそう」


「剥がすな」


「なんで?」


「肉詰めの意味なくなるから」


「ピーマン残せる」


「最初から肉だけ食えよ」


 紬は少し笑って、結局そのまま一口食べた。


 俺は何も言わずに待つ。


 噛む。


 もう一回噛む。


「……」


「どう?」


「まだ」


「何を審査してんの」


 さらに噛む。


 飲み込む。


「……これ」


「うん」


「ずるい」


「何が」


「ピーマンあんまり分かんない」


「肉とソースの味強いからな」


「でも最後ちょっといる」


「ピーマンなんだから完全には消えないよ」


 紬は肉詰めを見る。


「もう一口食べる?」


「食べる」


 二口目は最初より迷わなかった。


「どう?」


「これなら食べられる」


「じゃあピーマン克服?」


「してない」


「即答」


「肉がおいしいだけ」


「ピーマンも一緒に食ってるだろ」


「肉のおまけ」


「随分扱い悪いな」


 三口目。


 四口目。


 気づけば一個全部なくなっていた。


「食べたじゃん」


「一個だけ」


「十分だろ」


「もう一個ある?」


「俺の皿にある」


 紬が一瞬黙った。


「……半分」


「食うんじゃん」


「半分なら」


 俺の皿の一つを半分に切って、紬の皿へ載せる。


 今度は最初から普通に食べた。


「結局いけるんじゃん」


「ピーマンは嫌い」


「まだ言う?」


「嫌いなものは嫌い」


「肉詰めは?」


 紬は少し考える。


「……まあいい」


「評価低いな」


「また作ってもいい」


「それ結構高評価じゃない?」


「ピーマン少なめなら」


「構造上無理」


 紬が笑った。


 食後、二人で皿を片付ける。


 今日は俺が洗って、紬が拭く。


「こうじさん」


「何」


「嫌いでも、料理によって違うね」


「まあな」


「ナスも何かある?」


「ナス?」


「おいしくなるやつ」


「麻婆茄子とか?」


「辛い?」


「辛くなくもできる」


「じゃあ今度」


「嫌いな野菜克服シリーズになってない?」


「克服じゃない」


「じゃあ何」


「食べられる形を探す」


「その言い方はちょっと賢そうだな」


「五年生だから」


「そこ関係ある?」


 紬が皿を棚へ戻す。


 一番上の段だけは、まだ俺に渡した。


「これ」


「はい」


「いつ届くかな」


「毎週聞くなよ」


「来年?」


「さあ」


「十二歳になったら届くかも」


「身長は誕生日に合わせて伸びないよ」


「分かってる」


 最後の皿をしまう。


 食卓の上には使いかけのケチャップが残っていた。


 それを冷蔵庫へ戻すついでに、中を見る。


 卵。


 牛乳。


 アイス。


 紬用のせんべい。


 その横には、残ったピーマン。


「まだ二個ある」


 紬が覗き込む。


「明日も肉詰め?」


「連日は嫌だよ」


「私も」


「じゃあ何で聞いた」


「確認」


「何の」


「明日来てもピーマンじゃないか」


「来る前提なんだな」


 紬は一瞬止まった。


 それから、


「駄目?」


 と聞いた。


「別に」


「じゃあ来る」


「学校終わってからな」


「うん」


「宿題持ってこいよ」


「持ってくる」


「アイス一個」


「二個」


「そこは変わらないのか」


「一個」


「よし」


 珍しくすぐに折れた。


「どうした?」


「肉詰めもう一個食べたから」


「デザート枠だったの?」


「違うけど」


 紬は笑う。


 少し前まで、嫌いなものでも「食べられます」としか言わなかった。


 今は嫌いと言う。


 食べたくないとも言う。


 でも、気になれば試してみる。


 食べてみて駄目なら駄目。


 食べられたら「これはまあいい」。


 それくらいでいいのだと思う。


 何でも大丈夫である必要はない。


 玄関で靴を履いた紬が振り返る。


「ごちそうさまでした」


「はいよ」


「肉詰め、また作って」


「ピーマン嫌いなんじゃないの?」


「肉詰めは別」


「都合いいな」


「だから、これはピーマンじゃない」


「いや、ピーマンだよ」


「肉詰め」


「ピーマンの肉詰め」


「肉詰め」


「現実から逃げるな」


 紬は笑いながら外へ出た。


「また明日」


「気をつけてな」


「うん」


 門を出た紬を見送る。


 台所へ戻ると、野菜室にはまだ二個残っている。


 多分、次に使う時も普通には炒めない。


 そんなことを考えながら冷蔵庫を閉めた。

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