エピローグ〜中山(競馬場)の直線は短いが―――〜
8月28日(月)
〜黄瀬壮馬の見解〜
夏休み終盤のことを少し話そう。
吹奏楽コンクールの関西大会が終わった翌日、夏休みも残すところ数日となったこの日、ボクは広報部の部長である花金鳳花先輩と吹奏楽部のOGになることが決まった寿美奈子先輩に話をするため、放送室を訪問していた。
「寿先輩、お疲れ様でした。全国大会に出場できなかったのは残念でしたけど、金賞という結果はスゴいと思います」
「黄瀬くん、気を使ってくれてありがとね。でも、いわゆる『ダメ金』止まりじゃあね……やっぱり、全国出場の壁は高かったな〜」
全国大会出場という悲願を逃した割には、あっけらかんとした表情で返答する吹奏楽部の前副部長に鳳花先輩が労う。
「思ったよりもショックを受けていないようすだけど……生徒会と吹奏楽部幹部の二足のわらじは、大変だったでしょう? 重責から解放されたという気持ちの方が大きいのかしら?」
「う〜ん、それもあるけどね……私としては、個人としても吹奏楽部としても、本番で満足の行く演奏が出来たから、それで良いか、と思っちゃったんだよね。自分たちで全力を尽くした結果が『ダメ金』なら、それが、いまの芦宮高校吹奏楽部の実力ってことだしね。全国出場の夢は、後輩に託すことにするよ! それにね――――――」
「それに……?」
「夏休みの強化合宿で、生徒会と吹奏楽部の活動に関して、来年につながる布石は、十分に打たせてもらったからね。黄瀬くんと黒田くんの二人には感謝だよ!」
鳳花先輩と会話を交わしていた生徒会長は、そう言って、ボクに向かってウインクをしてくる。
その意味深長な言動に思うところがあったボクは、合宿最後の夜に起こった出来事について、気になっていたことを思い切って、たずねてみることにした。
「そう言えば、合宿中のことで知りたいことが、ひとつだけあるんですけど……聞かせてもらって良いですか?」
「ん? どんなこと? 今回の私の活動に関して、有効な方向性を示してくれた黄瀬くんの質問なら、特別に答えちゃうよ!」
「はい、それじゃ、最後の夜の肝だめし大会について聞かせてください。公平にくじ引きで順番とペアを決めたことになってますけど、竜司と紅野さんが最後のペアになることは、あらかじめ決まってたんじゃないですか?」
ボクが核心を突く質問をすると、「アハハ」と笑い声をあげた寿先輩は、悪びれるようすもなく言い放つ。
「あ〜、やっぱり、気付かれちゃったか〜」
「合宿前からの寿先輩の言動を考えれば、なにかしてるんだろうな……ということは、容易に想像がつきます。もっとも、当事者の竜司は別にすれば、白草さんも佐倉さんも、今回の件で寿先輩が暗躍しているという確証を得るには至っていないようですけど……」
「そう……それはなによりだ。あとは、黄瀬くんが余計なことを二人に言わなければ、余計な波風が立つことも無さそうだしね」
そう答えた彼女は、またもニコリと微笑む。
「でも、いったい、どういうトリックを使ったんですか? あの肝だめしのくじ引きは、二種類の空き缶が用意されていたと思うんですけど……」
上機嫌の上級生にたずねると、返ってきた答えは、気が抜けるほど単純なモノだった。
「トリックなんて大げさなモノじゃないよ。私が右手に持ってたのが、1〜19の番号が二本ずつ入っている缶。左手に持ってたのが、20番だけの番号が何本も入っている缶。私は、後輩ちゃんと黒田くんがクジを引くときだけ、左手を差し出せば良かったんだ」
「そ、そんな単純なことで……」
「こういうギミックは、単純なモノにしておかないと、仕掛ける方にも失敗するリスクが大きくなるからね。でも、怪しさに気付いていたのが黄瀬くんだけなら、成功だったってことかな」
そう言って、彼女は、ふたたびアハハと声をあげて笑った。ボクたち二人の会話を興味深そうに聞いていた鳳花先輩が、
「どうやら、今回の合宿は、美奈子の思惑どおりに進んだみたいね」
と、感想を述べると、「いやいや!」と否定語を使いながら、吹奏楽部の前副部長は、自らの苦労を語る。
「私としては、白草さんも佐倉さんも居ないプレッシャーの掛からない場所で、後輩ちゃんに黒田くんへのアプローチをしてほしかったんだけどね……あの二人と宮野さんが途中参加して来たおかげで、短時間で20番のクジを大量生産しなくちゃならなかったんだから。久川先生が、白草さんたちの参加を認めると言い出した時は、ホントに焦ったよ」
タハハ……と苦笑いしながら内情を打ち明ける上級生に対して、ボクは、
「寿先輩、せっかく苦労して、色々と画策されたところ申し訳ないのですが……」
と告げたあと、親友と下級生の二人から預かってきた書類の束を鳳花先輩に提出する。
「竜司と佐倉さんから、文化祭の広報部の演し物に関する企画書を預かって来ました。二人とも、それぞれ思うところがあるみたいですよ」
二つの企画書は、吹奏楽部の密着取材が終わったあと、竜司と佐倉さんが、同じく同行取材を行う吹奏楽コンクールの関西大会の本番前までに書き上げたものだ。その出来栄えについて、二人から別々に相談されたボクは、若干の手直しをしたあと、自分から鳳花部長に手渡しておく、と約束した。
どちらの案が採用されるにしても、ボクはその企画を全力でサポートさせてもらうつもりだ。
それが、ボクと一緒に泥を被ってくれた親友と、ボクが迷惑を掛けてしまった佐倉さんに対するケジメだと思ったから……。
そして、ボクが鳳花先輩に手渡した書類の束を目にした寿先輩は、いっちょかみの性格を発動させて、
「なになに? どんな企画なの? 場合によっては、白草さんと佐倉さんが、黒田くんと良い感じになっちゃう感じ? 鳳花、両方の企画書を一度に読むなんて、さすがのあなたも出来ないだろうから、片方を私にも見せてよ」
と、早速、広報部の企画に絡もうとしてくる。さらに、二つの企画書に、サラリと目を通した鳳花先輩は、
「どちらも、プロデューサー的な立場として、黒田くんが重要なキーパーソンになりそうね」
と感想を漏らした。一方、鳳花先輩から企画書を奪い取った寿先輩は、
「う〜ん、せっかく、ウチの後輩ちゃんが一歩抜け出したと思ったのに、これは、まだまだ気が抜けないねぇ……」
と言って嘆息したあと、気を取り直したように、ボクの方に向き直って言葉を続ける。
「まあ、黒田くんが別の道に進むなら、その時のために、保険をかけておくことにしますか……」
そう言って、意味深な笑みを浮かべる上級生がナニを考えているのか、ボクには、まったくわからなかった。
ただ、いよいよ、本格化した親友を巡る駆け引きのレースについて、考えることがある。
「中山の直線は短い!」
と言う言葉は、メジロパーマーが有馬記念を逃げ切った時のテレビ実況のものらしいけど……。
もうひとつ、その年の間、古馬王道G1四連勝という実績を引っ提げ、空前絶後の王道G1全勝に挑んだ世紀末覇王と称された競走馬が、徹底的なマークにあって、後方から進まざるを得なくなってしまった20世紀最後のG1レースだ。
レース後半まで他馬に執拗なマークを受けたその馬は、最終コーナーを11番手という絶望的な位置で回る。
「さぁ、テイエムオペラオーはどうするんだ、テイエムはどうする! 残り310メートルしかありません!」
実況アナウンサーが、その絶体絶命ぶりを絶叫したように、先頭を行く馬との差だけでなく、前方には多数の馬が壁のように居並ぶ中、馬群に突っ込んで行った単勝支持率約46.5%(オッズ1.7倍)の人気を背負った馬は、カメラワークの一瞬の間に先団に取り付き、最後はライバル馬をハナの差だけ振り切っていた。
当時のレースをリアルタイムで見ていないボクや竜司のような人間の気持ちさえ、熱くたかぶらせる展開が、この先に待っているのだろうか、と――――――。




