第3楽章〜メヌエット〜⑫
オレが、開示する情報の内容を絞って伝えたことで、すっかり上機嫌になったシロは、鼻歌を歌いながら、吹奏楽部が全体練習をしているプレイプラザに向かう。
だが、入口の扉を開ける前に、なにかを思い出したように立ち止まり、振り返って、こんなことをたずねてきた。
「そうだ! クロにもうひとつ聞きたいことがあったんだ」
「なんだよ、聞きたいことって?」
「もし、吹奏楽部のサプライズ企画が無かったら、わたしと一緒に星空を見に行ってくれてた?」
「そうだな……今日の作業を終わらせて、なんとか時間を作って見に行こうとしていたと思う。せっかくのシロからのお誘い出しな」
そう答えると、彼女はフフフと満足げに笑みを漏らし、「そっかそっか……」と、うなずいたあと、
「クロは、そんなにわたしからのお誘いが嬉しかったんだね」
と言ってから、人差し指で、オレの鼻をチョコンと突いてきた。
その仕草に、ドキリとしつつ、
「そりゃまあ、幼なじみからの誘いだからな」
と答えると、彼女は、ニマニマと笑いながら、
「ふ〜ん、ホントにそれだけかな〜?」
と言って、小首を傾げながらオレの表情を上目遣いで見つめてくる。
無論、シロから誘われたことが嬉しかったのは、かつて彼女とともに濃密な時間を過ごしたから、というだけではない。さっきも自覚させられたように、オレ自身が、三ヶ月前にフラレた白草四葉という同い年の女子に対して、まだ強い感情を抱いているのは間違いないことだった。
ただ―――。
ここ最近……だけでなく、今日の一連の行動を切り取ってみても、どうも、シロには、そうしたオレの感情が見透かされているような気がしてならないのだ。
「幼なじみのわたしを差し置いて、クロのことをからかう人がいるなんて、腹が立つじゃない! クロのことをからかうのは、わたしの特権なの!」
シロは、ついさっきそう言ったが、自分が単純にからかわれるだけの存在なのだとすれば、未練たらしい自分の気持ちにも、そろそろ、決着をつけなければいけないのかも知れない。
寿先輩の言葉を全面的に信頼するなら、春先にオレの告白を断った紅野アザミは、オレ自身のことを憎からず想ってくれているらしい――――――。
もし、それが、事実だとすれば、いつまでも、幼なじみであり、転入生としてオレをからかいつつ、オレの心をかき乱すような言動の多いシロへの想いを断ち切り、新しいことに目を向ける良い機会なのかも。
誰に語るわけでもないが、寿先輩やシロの言動に影響され、色々なことを感じるなかで、オレは、そんなことを考えていた。
そんなこちらの感情を知ってか知らずか、彼女の問いかけに、「あぁ、どうかな?」と、なかば心ここにあらずの状態で返答すると、シロは、プ〜と可愛らしい膨れづらをして、
「もう、ハッキリ言えばいいのに! そんなんだから、クロはモテないんだよ」
と、数分前の上級生と同じことを言う。
「あぁ、そうだな……」
まだ片想い中の女子生徒からのダメ出しにへこみつつ、「あぁ、そうだな……」と、力無く返答すると、オレの表情が曇っていることを察したのか、シロは慌ててフォローする。
「ちょっと、あんまり真に受けないでよ……クロが、たくさんの女の子にモテないのは事実かもしれないけどさ……クロの良さに気付いている女子だって、絶対にいると思うよ?」
シロが、オレをフォローするつもりで言っていることはわかり切っていたが、思わず聞き返してしまう。
「た、たとえば、それは誰なんだよ?」
「た、た、た、たとえば……クロのい、いちばん、そばにいるヒトとか?」
オレの問いかけは、シロにとって想定外のものだったのか、こちらの予想以上に、しどろもどろな答えが返ってきた。
「そっか――――――そんな、女子がホントに居てくれたら嬉しいけどな」
ふたたび力無く笑うオレの態度が不満なのか、シロはうつむきながら、こちらをジト目でにらみつつ、
「もう……そういうところなんだよね」
と、ため息をもらした。
「もう、いいわ。クロの気持ちはだいたいわかったし。今度こそ、ホールに戻ろう」
シロは、そう言って、吹奏楽部の演奏する音が漏れるプレイプラザのドアを静かに開く。
遠目からでも、真剣な表情で演奏に打ち込んでいることがわかる吹奏楽部の面々の邪魔にならないよう、こっそりと室内に入り、オレはシロとともに、彼女に用意された見学席のそばに立った。
「なあ、シロから見て、吹奏楽部の演奏はどう思う?」
これまた、演奏のじゃまにならないように、小声でクラスメートにたずねる。
「う〜ん、わたしは、吹奏楽は専門じゃないし、この曲にも馴染みは無いんだけど……聞いていて、心が軽やかになる演奏だよね。わたしは、一人で歌うことが多いから……合奏や合唱って、それだけで、スゴいなって思うの。でも、それ以上に、自分の学校だからってだけじゃなくて、なんか、応援したくなる演奏だよね。ウチの学校のスイ部の演奏って」
「そうか……いまの言葉、在校生の応援メッセージとして採用して良いか?」
普段は、音楽をはじめとする芸術全般に関して、他者の演奏や作品を批評することが彼女が漏らした感想に関心を持ったオレは、シロの言葉が吹奏楽部の活動の後押しになれば良いな、と感じた。




