呪われる対象
魔術師との戦闘から二日後、エルリンデは再び落鳥樹の森へと赴いていた。
二人で情報の整理を行った後、議論は自然と依頼の内容へと移り始めた。依頼内容の『落鳥樹の森の調査及び脅威の排除』を既に完了しているのではないか、ということだ。調査はほぼ完了し、残る所は庭園の辺りだが、そこには魔術師がいて調査ができない。脅威の排除に関しても、恐らく銀級探索者を殺害したであろう殺戮狼は、森にいたその全てを討伐し終わっている。残りの脅威は庭園の魔術師だけだ。結局、庭園の何処かにいるはずの魔術師をどうにかしなければいけない。手詰まりの状態に陥っていた。
次の日、取り敢えず二人は依頼主であるエノン聖教にこれまでの調査を纏めた報告書と依頼内容の判断を仰ぐ意見書を送るため、拠点から最も近い村を訪れる。そこに常駐する伝令に封書といくらかの金を渡し、エノン聖教のへカートン司教宛てに、可能な限り早く届けるよう頼んだ。何もなければ片道二日程度、往復で四日、五日ほどで返事が返ってくるだろう。
返事が返ってくるまで二人は何をするのかというと、当然調査を続けるのだが、諸々の理由で核心に迫る調査はできない。そうなると、今回の依頼と直接は関係ないことを調べ始める。
何せ落鳥樹の森とは突然発生した前代未聞の環境だ。落鳥樹自体が希少な樹木であるのも加味すると、この森の学術的価値は計り知れない。探索者を半分引退して研究職もどきとなったクラリスは私的な知識欲を満たすため、旅好きのエルリンデは世界でここだけの幻想的で珍しい景色を心に残すため、それぞれの目的を持っている。
まず、最初に落鳥樹の生態とその呪いの解明を始める。呪いの詳しい性質、特に呪いの効果が発動する条件を知れれば、クラリスが森に入って直接調査できるようになるかもしれないからだ。
「えーと、小さいのでいいんだよね?」
『ああ、持って帰れる大きさでいいぞ。種もあったら欲しい』
「分かった」
クラリスの注文通り、落鳥樹の森の入り口で落鳥樹の苗を掘り起こし、それを土ごとバケツに入れる。次に大きく育った落鳥樹に向かって跳躍し、白磁の剣を振って木の実を枝ごと斬って落とし、キャッチした。
◆◇◆
「よし、始めるか」
クラリスが取り出したのは、小瓶に入った銀白色の粉。聖銀を粉末状に砕いたものだ。それを少量、エルリンデが持ち帰った苗に振りかけると、光に当たってキラキラと輝いていた銀白色の粉塵が、途端に黒く変色し発火した。
聖銀は呪いを吸収して黒ずむという性質を持つ。そのため、聖銀の粉末は呪いの検出に用いられる。粉末状にするのは、表面積を増やすことで少量でも呪いを検出できるようにするためだ。聖銀は呪いを吸収するという性質から、適切に扱えば有用な金属である一方、呪いに干渉できて悪用し放題な金属でもある。聖都ではエノン聖教が公認する店でしか販売を許可されておらず、そのうえ高価だ。
「うん。小さな苗でも呪いを持ってるみたいだな」
「二羽捕まえてきたよ」
「お、戻ったか」
エルリンデが同じ種の小鳥を二羽、鳥籠に入れて戻ってきた。呪いの実験のため、鳥が必要だったのだ。
クラリスは苗の周りに土魔法で硝子の檻を作り、その中に一羽だけ突っ込んでみる。羽ばたいて暴れていた小鳥は少しすると大人しくなり、次第に痙攣して地に伏せるようになった。そのまま観察を続けると、小鳥はピタリとも動かなくなって絶命した。
落鳥樹の名の通りの結果となった。ここから条件を狭めていく必要がある。
「ふむ、かなり凶悪な呪いだな」
「苗一つでこれなら、森の方はもっと呪いが強いから、大型の鳥でも即死だろうね」
「詳しく調べなければ、迂闊に森に入るわけにはいかんな」
エルリンデは呪いが効かない体質であるため問題ないが、クラリスはそうもいかない。一応、クラリスも呪いを無効化する手段を持ってはいるが、ここまで強い呪い相手には焼け石に水だろう。
「さて、翼を捥いでみるか。エル、できるか?」
「いいよ」
すらすらと、まるで条件を既に知っているかのように指示を出すクラリス。森の調査時の状況証拠からある程度、確信めいた予想を持っているのだろう。
エルリンデは小鳥を動かないように左手で握り締め、右手の白磁の剣を開いた翼の根元に当てる。そこからエルリンデは詠唱を口ずさむ。
「__神聖なる祈りを捧ぐ_」
詠唱の最中、翼の根元に当てていた剣を振り一翼を斬り飛ばす。痛みで暴れる小鳥を握力で押さえつけ、詠唱を続ける。
「_この者に束の間の癒しを_神聖術『快癒の先駆け』__」
短い詠唱を終えると、エルリンデの握った手から神聖術特有の優しい白光が溢れ出し小鳥を包む。直ぐにその光は消え、その中から先程とは様子が異なる小鳥が現れた。痛々しいその切断面は肉で覆われ、痛みは消えたように静かになっている。何が起こったのか分かっていないのだろうが、その身はぶるぶると震えており、困惑の最中でもエルリンデに向ける恐怖の眼差しは強さを増している。
「ごめんね。__神聖なる祈りを捧ぐ_この者に束の間の癒しを_神聖術『快癒の先駆け』__」
冷徹な顔を崩さないまま、小鳥に謝罪を行うエルリンデ。それはあくまで自己満足の意味合いが強く、小鳥に謝罪は届かない。生物実験とは残酷なものなのだ。
一拍置いてから、同様の手順でもう一つの翼を切断した。直ぐに光が包み込み傷を塞ぐ。痛覚の閾値が狂ったのか、もう小鳥は暴れない。暴れる気力すら失くしたのかもしれない。両翼を捥がれた小鳥はクラリスに手渡される。
エルリンデが行使した神聖術『快癒の先駆け』は、治癒力を上げて傷を塞ぐというものだ。神聖術の中で簡単な部類に入り、神聖術を学ぶ初歩段階の術である。エルリンデも師に初めて教わった神聖術がこれだった。消費が少なく神聖を節約できるため、戦いで負う軽い切り傷などに使うことが多い。
「さてさて、どうなるか。予想通りなら………」
クラリスは硝子の檻に、両翼を捥いだ小鳥を投入する。逃げる気力を失くした小鳥は地面に伏し動かない。それから暫く待っていても、苗の発する呪いに浸食された様子はない。
これらから分かることは__
「うん正解。翼、正確には『飛行のための器官』が呪いの発動条件か。もう少し調べてみるけど」
クラリスは呪いの正体に目星を付けていた。それは飛行に関するもの、だ。
落鳥樹の名の由来として、落鳥樹の周りには飛べなくなった鳥の死骸が転がっているというものがある。これはエルリンデが見た森の光景と一致している。加えて、エルリンデは「森に羽虫が居ない」と証言している。鳥と羽虫が共通する点、それは飛行器官を持つことだ。
「だとすると……竜殺しの線も見えてきたな」
苦い顔を浮かべるクラリス。
飛行器官に作用する強力な呪い、庭園にいた真竜の亡骸、呪いを操っていると見られる魔術師。これらが意味することは、想像に難くないだろう。
『竜殺し』、圧倒的強者を打倒する英雄の証明だ。伝承に前例が幾つか語られるその行為は、魔術師と敵対しているクラリスたちにとって好ましくないものであった。
聖銀:唯一、呪いと反応する希少な金属。その性質のせいで採掘した時点で呪いに汚染されていることも多く、純粋な汚染されていない聖銀はとても珍しい。今回のように呪いの検出に使われる他、神聖との親和性が高いため神聖術の触媒などに使われる。柔らかく脆いため、武具に使われることはほぼないだろう。
竜殺し:文字通りの行為。強者の証明であり、昔から竜に挑んでは死亡してしまう者が後を絶たない。これを成し遂げた者は英雄と呼ばれ称賛される。ここでの竜とは、真竜のことを指す。偽竜はそこまで強くない(金級探索者なら討伐可能)からだ。
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