22 国葬②
控えの間の誰もが気づけば同じように息を吐き出していた。
「あの人、溺れかけて寝込んでるんじゃなかったの?」
「陛下の災難を聞いて急に元気が出たんだろうよ」
テスの問いに、忌々しそうに答えたのはスタファノスの三ヶ月違いの叔父テオドシウスだった。生真面目そうな印象を裏切る乱暴な口調で彼は罵った。
「折角手がかりになりそうな奴を追い詰めたのに銃兵の親玉に斬り殺されるし、いるはずのない奴の死体は出るし、どうなってんだよ」
「叔父上」
ファノが咎め、気づいたテオはテスに詫びた。
「すまない、竜祀院殿の責任問題にする気は……」
テスは首を振った。
「あたしも、モナのこと何も知らなかった。少しは親しくなった気でいただけで」
「ソフィア様の母上と同じ西部国境地帯出身と聞いたが」
同郷の者だから忠誠心が強いのだろうかとテスは考えた。
『そう単純な話じゃねえよ、お嬢』
からかうような声が頭の中に聞こえた。月の竜、セレニウスのものだ。
――それって、前に言ってた血の粉屋ってのと関係あるの?
『そこの兄ちゃんたちも詳しいだろ』
「竜祀院殿?」
黙り込んだテスに、老将軍が怪訝そうに呼びかけた。少女は我に返り、将軍に詫びた。
「ごめんなさい、セレニウスが言ってた血の粉屋って言葉思い出して」
「無理もないな」
将軍は椅子に座り、テスたちも近くの椅子に腰掛けた。
「ソフィア様の母君は貴族の出ではないことはご承知だろう」
「あのバカ竜のせいで、睨み殺されるかと思った」
竜騎兵たちは苦笑した。
「イオルゴス三世陛下が廃帝となって幽閉されると母方の一族も勢力を失った。ソフィア様の祖父などは、恨みを買った農民たちに襲撃され、屋敷の塔から投げ殺されたのだ」
将軍が淡々と語る凄惨な光景に、テスは身震いした。不思議そうにテオが付け加えた。
「あの一族の財産は全て没収されたはずなのに、ソフィア様はまったく暮らしに困ったご様子がないな」
「利に聡いタダイオスが、未来の栄達などという不確定な約束だけで叛逆罪覚悟で動くでしょうか」
ファノも同様の疑問を持っていた。テスが思いついたことを口にした。
「じゃあ、どこかに隠し財産があったとか」
「やりかねないな、血の粉屋なら」
テオが頷いた。他人の血と命を吸い上げて財をなした非道な商人なら、何らかの非常手段を用意しておいたとしても不思議ではない。
『金と力と行動力を持ってる女は厄介だぞ。それも自分の物になるはずだった玉座を狙ってるなら余計に』
セレニウスの忠告も、溜め息しかもたらさなかった。テスは彼らにこっそり尋ねた。
「陛下は大丈夫? 見舞いだなんて口実でネチネチ脅されたんでしょ?」
「あの人のやり口にはもう慣れた」
答えたのは新帝本人だった。竜騎兵二人は同時に立ち上がり、敬礼した。
突然控えの間に姿を見せたアーケイディウスはいつもの黒ずくめの服装だった。顔色が悪く見えるのは陰気な服のせいだけではないだろうとテスは思った。
「陛下、明日の国葬に出席されるの?」
「喪主がいないなど話にならない。内外の有力者が参列するのに」
テスより年下とは思えないほどきっぱりとした返答だった。
――どう思う?
声に出さず竜に問うと、深刻そうな声が頭に響いた。
『強がっちゃいるが体力のないガキだ。女帝の棺を乗せた馬車の後を徒歩でついてくんだぞ。この煌宮から寺院まで』
「倒れたりしたら…」
テスの小さな呟きは意外な反応を引き起こした。彼女の顔のすぐ側をグラスが飛んでいったのだ。呆然と、運び屋の少女は自分に向けてグラスを投げつけた少年皇帝を見た。彼の細い肩は大きく上下していた。
「…誰が、そんな不様な真似をするか…」
突然の暴力は最悪の初対面の再現だった。テスは憤然と言い返した。
「そうやって何でも投げつけるのやめてよ、危ないでしょ!」
「竜祀院だから何を言っても許されると思うな!」
「そっちこそ敵と味方の区別もつかないの?」
本気で言い合いを始めた彼らに侍女も竜騎兵達もオロオロするばかりだった。テオとファノは彼らの父であり祖父である老将軍を見た。ディグニスは意外なことに楽しげでさえあった。
「子供の喧嘩だ、放っておこう」
帝国を継ぐ者と月の竜の代弁者は険悪な罵り合いの後に息を切らして睨み合った。
「だったら、明日はいつひっくり返ってもいいように近くにいるからね!」
「余計な世話だ、叔母上が何を仕掛けてるか分からないのに巻き添えになりたいのか!?」
「とっくに巻き添え食らってるわよ! いい? あたしは、メイネスのテッサリアは、逃げたりしないんだから!」
いつでも逃げられる癖にとなじられたことへのテスなりの回答だった。アーケイディウスは口をつぐみ、ぷいと顔を背けると私室に戻ろうとした。
「陛下」
呼びかける忠実な老将軍に、少年皇帝は素っ気なく答えた。
「明日に備えて休む」
振り向きもせずに新帝が扉に消えると、控えの間の者たちはそれぞれ溜め息をついた。まだ怒り冷めやらないテスに、からかうように竜が言った。
『厄介ごとを背負い込むお嬢だぜ』
――誰のせいだと思ってんのよ。明日は協力させるからね。
荒々しい足取りで、テスは南宮を去った。




