21 国葬①
目覚めはどこか懐かしい匂いで始まった。プテロたちの鳴き声と翼の音。今日も荷運びの飛行が待っている。
テスは目を開けた。正面にプテロの大きな目があった。
「……ビーチャ…」
相棒の名前を口にし、完全に意識がはっきりすると、彼女は寝台に起き上がった。
「いつの間に?」
プテロは嬉しそうに嘴を鳴らし、翼と後足を器用に使って室内を飛び跳ねた。床に降りて、テスは相棒の頭を抱えた。
「昨日は活躍してくれたから、ご褒美かな」
そして翼竜の身体に火傷や傷がないか点検し、無事と分かると空腹が襲ってきた。
「食事を持ってきてもらおうね」
呼び鈴で部屋付きの侍女を呼ぶと、皇太子宮で見かけた女性が現れた。テス付きの少女は顔を見せていない。
「モナは?」
「それが、昨夜から姿を見せておりません。私が代わりにお世話をするようにと」
困惑気味な解答に、火事で騒がしい宮殿内を思ってテスは頷いた。
「昨日の朝からろくに話せてなかったけど、他に用事が出来たのかな…」
侍女は翼竜を視界に入れないようにして朝食を運ばせた。テスはプテロが好む魚を与えてやり、満腹になるまでねぎらった。
「食べたら運動しないと。今は後始末で人が多いから…」
窓を開け風を入れると、焦げた臭いが漂ってきた。火事のひどさを思い溜め息をついた彼女は、その中に異様なものを嗅ぎつけた。
「この臭い、木や石じゃない……」
山火事で同じ空気を嗅いだ。逃げ遅れた動物の焼け焦げた死骸から発するものだ。テスは服を掴んだ。
火災現場の皇太子宮では既に多くの人々が焼け焦げた瓦礫を取り除き、復旧に汗を流している。その一角に異様な沈黙が支配する空間があった。テスは人々をかき分けて前に出た。一人の竜騎兵が彼女に気づき、慌てて止めようとした。
「竜祀院殿、ここは見ない方が」
「誰なの?」
少女の視線の先に、黒い物体があった。まるで投棄された人形のような焼け焦げたそれは焼死体だった。性別も年齢も判断できない遺体を検分していた衛兵が、ある物を手に取った。
「身体の下にこれが。かろうじて焼け残った所持品のようだが……」
彼の手には細い金鎖があった。小さな青い石が通された装飾品は、テスには見覚えがある物だった。モナがいつも着けていた腕輪だ。
「……まさか、そんな」
愕然とする彼女の耳に、悲痛な絶叫が届いた。
「モナ!!」
一人の侍女が制止を振り切り遺体に取り縋った。やはりという思いでテスは目を閉じた。
泣き叫びながら死者の名を呼ぶ侍女はどこかで見た服装だった。思い出そうとしていると、彼女がこちらを見た。その目がテスを捉えるなり、張り裂けるように見開かれた。明らかな憎悪の眼差しだった。やがて、同じ服の侍女達が、彼女を抱えるように連れて行った。焼死したモナは布を掛けられ、衛兵たちが皇太子宮の焼け跡から運び出した。
「竜祀院殿、こんな所に」
テスに声をかけたのは、ディグニスの身内の若い竜騎兵だった。
「ファノ、あの人はどこの侍女?」
泣き崩れながら現場を去る若い女性を見て、スタファノスは声を潜めた。
「水上離宮の、ソフィア様付きの侍女で、死んだ侍女の姉だとか」
「…モナの、お姉さん……」
テスは真っ先に妹アナのことを考えた。彼女がこんな惨い死に方をしたらと考えるだけで冷たい汗が流れた。
――あんな目で睨まれるのも仕方ないのかな……。
竜祀院の近くにいたため、こんな目に遇ったと思い込んだのかも知れない。深い溜め息をつく少女に、若い竜騎兵は気の毒そうに言った。
「親しかったのですか?」
「ここで世話をしてくれたから。色々話せるようになったとこだったのに、結局あの子のことほとんど知らない」
彼は同情するように遺体搬出を見送り、用件を伝えた。
「将軍がお会いしたいと。昨夜陛下を救っていただいた礼を」
「陛下はどこに?」
「南宮へお移ししました」
テスがいる部屋に近い宮だ。警護を考えてのことだろうかと思い、彼女はファノと共に移動した。
南宮には空気が帯電でもしているような緊張感があった。煌宮を警備する衛兵と新帝の親衛隊とも言える竜騎兵に加え、銃兵隊までが黒い装備を光らせていた。スタファノスの端正な顔が険しくなった。
「これは……」
威嚇的な銃兵隊の中を、彼らはまっすぐに歩き扉に向かった。
「竜祀院殿をお連れしました」
返答の代わりに扉が開いた。テスには皇太子宮も充分大きな建物に思えたのだが、本宮に続く格式の南宮は格段に上だった。彫刻が施された重厚な扉はテスの背丈の倍以上あり、中は呆れるほど広かった。南宮付きの侍女と女官、それに水上離宮の侍女たちが居並ぶ。
端で泣きはらした目を伏せているのがモナの姉だとすぐに分かった。こちらを見ようともしない姿は気まずさを覚えさせた。この奥はアーケイディウスの私室に続いているようだが、待機している顔ぶれを見れば見舞いに来た者がいることは明白だった。
やがて、奥の部屋に通じる扉が開き、訪問者が姿を現した。赤毛の貴婦人とたくましい銃兵隊長。ソフィアとタダイオスだった。スタファノスは礼儀正しく敬礼し、テスもお辞儀をした。新帝の叔母はそれに目もくれず、忠実なディグニス将軍に笑いかけた。
「将軍、陛下はあの顔色では国葬にご出席なさるのは無理なのでは? 尊い御身が倒れでもしたら帝国の一大事。欠席されても誰も咎めなどしませんわ」
優しげな言葉は事の深刻さを巧妙に隠していた。銃兵連隊長もそれに同意した。
「幸い、帝室のお血筋はここにおられる。幼い陛下の代行をご立派に勤められるだろう」
「侍医と相談することですので」
慎重に答える老将軍をタダイオスは嘲笑った。
「無理はなさらぬ事だ。何分、物騒なことが続いていることであるし」
愛人の脅しとも取れる言葉に、赤毛の貴婦人は快活に笑った。
「賢いお方ですもの、きっとお分かりになるわ」
そして退出しようとした彼女は、テスの前で足を止めた。控える侍女たちを振り向き、一番後方の者に声をかけた。
「ああ、リナ。妹のことは残念だったわね。どうして竜祀院様付きの者が皇太子宮などにいたのかしら」
ちらりと意味ありげにテスに視線をやり、ソフィアはタダイオスの腕に手を掛けて出て行った。後に続く侍女たちはみな神妙な様子だった。見送るテスの前で扉が閉められる。




