第76混ぜ 嫌いだけど、争わないぞ
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「お待たせしま……マユエル様!? どうしてこちらに!?」
「うにゅにゅにゅ」
「わっはっはー」
シミラーマンさんの反応がおかしいのか、マユエルは笑っている。それに釣られてか、意味は何も分かってないだろうが、ディールも笑いだした。
「すみません、都合良いかと思って連れてきました」
「あ、いえ……それは構わないのですが……マユエル様はパレードの出席を断ってまで学園でお勉強をすると言っておられたので……」
王族なのによく出席を断れたな、と逆に国王陛下の柔軟性に驚きだ。それなのに連れて来てしまったのは……微妙な顔をされるかもしれない。
現に、シミラーマンさんが微妙そうな顔をしている。おおよそ、病欠か何かで出席しなかったのだろう……まぁ、俺からしたらどうでも良いと言ってしまえるけど。
「それで、呼ばれた理由は何でしょうか? シミラーマンだから呼ばれて来ましまけど……勇者関連ですか?」
「お察しが良くて助かります……詳しい話は移動しながらでも」
王城までの道すがら、馬車に乗り込んで事の詳細を聞いていく。
マユエルは勇者と聞いてそこまで興味が無いのか、ディールにちょっかいを掛けて遊び始めた。
「勇者が三名いらっしゃったのはご存知かと思います。そして、勇者様にはダンジョンの攻略へ行っていただく事になるのですが……」
「ふむふむ」
「言ってしまえば、この国に来て頂いた勇者の方に攻略して貰うのが一番なの目的です。ですが、頑なに騎士団を連れての攻略を拒んでいまして……」
「なるほど……」
「勇者様を死なせてもこの国の沽券に関わりますから、どうにかせねばと考えていまして。まぁ、それはこちらの問題なのでホムラ様に直接関わる事ではないですが」
要約すると、勇者の扱いにちょっと困っているという話だった。死なせてはならないが、危険なダンジョンの攻略をして貰いたい。
けれど、勇者側は騎士団を引き連れるのは嫌との事。おそらくだが、勇者達が離ればなれになる前にダンジョンのある街で待ち合わせでもしているのだろう。
それならば、騎士団の存在が邪魔になるに決まっている。……これは、俺にとって好都合な筋書きになっている。
勇者に取り入って、最低限のパーティーメンバーとして俺達を連れていって貰う。その際に、この国の代表と分かる目印としてマユエルを一員に加えれば……後は勇者がダンジョン街で別行動しようと俺達からすれば関係の無い事だ。つまり、両者に得のあるに流れになる。
(こちらには先の武闘大会で優秀な成績を修めたエレノアや貴族で同じく優秀な成績だったフランが居る……勝算はあるな)
ふっふっふ……と思わず笑みが溢れてしまう。
「にゅっにゅっにゅ」
「わっはっはー」
「……それで、シミラーマンさん。俺が呼ばれた理由は何でしょうか?」
「はい。ホムラ様にお願いしたいのはですね……勇者様の食事でございます。王城に勤めているシェフに作らせているのですが、お口に会わないのかあまりですね……」
王城に勤めるシェフならば腕前は一流のはずで、勇者に提供する料理ならば香辛料も調味料もケチらずに使われているはずだ。
その結果、おもてなしが行き過ぎて大味になってしまっているのかもしれないが……。
俺が勇者に料理を作るとなると、例えばハンバーグを頼まれたとしたら、知っているのにその完成品の状態や材料を聞いて、あたかも今知って作りました感というのを演出しなければならない。
(とても面倒だ。きっと毒味役の分として勇者の数より多く作らないといけない。考えた作戦の為とはいえ、面倒臭いものは面倒臭い)
いっそ、マユエルに作らせるのも面白いかもしれないが……俺が勇者に近付かなければ話をする機会が無いかもしれない。面倒と思っても口には出せない状態だ。
「俺は錬金術師ですよ? まぁ、お菓子の腕前とかで呼ばれたのは理解してますが」
「よろしくお願い致します。今日は国王夫妻と勇者様だけの晩餐会となりますので……」
「普通はもっと、貴族とか含めてのパーティーみたいにするものでは?」
「えぇ……まぁ、数日前まではそうしていたのですがね……。ここだけの話、貴族の皆々様は勇者を是非とも我が家へ……なんて企む者が多くてですね。国王陛下の意向で中止となりました。そういう事はダンジョンが終わってからだと」
はいはい、子孫繁栄子孫繁栄。どこかしらの貴族に勇者の血が入ったとすれば地位は分からないが名誉が一気に上がる事は間違いない。
年頃の娘や息子を使って籠絡するのはまだ健全は方で、躍起になって拉致に近い形で勇者を自分の屋敷へと連れて帰る貴族が現れないとは限らない。
おそらく高校生くらいの勇者達。さすがに知らない土地でホイホイ他人を信じるお馬鹿だとは思いたく無いな。せめて、信じて良い人間と駄目な人間を感じ取る危機管理能力くらいは備わっていて欲しい。
(……いや、それだと俺が信じて貰えないか。多少はバカなくらいが好都合かな。具体的にはフランくらい)
話している内に、王城へと辿り着く。いつ見ても豪華な造りで、国の威厳が表現されている。
シミラーマンさんが居れば城内も何食わぬ顔で歩けるものかと思っていたが、やはり突っ掛かってくる人は居るもので、俺達は足を止めていた。
「おいおい、なんだぁシミラーマンよ。いつから子守りの仕事を始めたんだ?」
「口を慎めサバン。マユエル様もいらっしゃるのだぞ?」
「これはこれはマユエル様。失礼致しました」
大男を前にして、マユエルはサッと俺の陰に隠れた。
筋骨隆々で二メートル近い体躯。顔や腕には様々な傷があって、この国最強の戦士と言われれば納得出来る威圧感も兼ね備えている。
マユエルに対して口先だけの敬意。軍関係ならば、第二王子一派なのかもしれない。
「たしか……お前がパレードの警備責任者だろう。ここで何をしている」
「ふんっ……あんなにつまらない仕事も他に無い。部下に任せてある。それで、そっちの知らない顔は何者だ?」
「私の客人だ」
「へぇ……若いの、名は?」
「サトウタロウだ」
滅多に会わないだろう面倒な相手には偽名で十分。シミラーマンさんを促して、さっさと進んで貰う。
脳筋はすぐに力ずくでの戦いで勝敗を出そうとすらから相手をするだけ疲れるハメになる。
このサバンと呼ばれた男も見るからに脳筋である。ならば、関わらないが吉だ。
「おいおい、それだけかよ? せっかくだし軍の訓練とか見て行かねーか? 市民が誰のお陰で守られてるかよーく分かるぜぇ?」
「はぁぁ……こういう人間が居るからそんな好きじゃないんですよね。何ですか、さっきから? 性格が嫌な奴で居ないと死ぬ病なんですか? それか元からそんな人間性なんですか? 邪魔ですし、自分の仕事してろ」
師匠程では無いけれど、俺も博愛主義とは対極の側に居る人間だ。
小さい頃から、師匠のアイテムを求め、欲にまみれた人間を近くで見てきた。師匠ほどそういう者達と直接的に接していた訳ではないけど、気が付けば俺も立派な他人を面倒と思う性格になっていた。
それでも、俺はそういう人間ばかりじゃないと知っている。優しい人も居ると知っているのは、エレノアやキャサリンさんのお陰だ。
だからこそ、優しく無い人間を相手にすると全部がどうでも良くなる。相手の立場とか背景とか……言いたい事を言ってしまえば興味すら無くなる。
相手にしても心地悪くて、生産性も無い。無駄に疲れるだけならスッキリして終わりにしておく。
「あぁっ? デカい口を叩くなよ小僧……」
「もういいですって……いや、本当に。そういうお約束的なのは今、要らないんですよ。立場のある人間が器の小ささを見せてどうするんですか……」
「ホムラ様。サバンはただの第三騎士隊の隊長です。パレードの行っている場所の担当が第三隊の持ち場なので責任者となっていますが……」
「え? あ、そうなんですか? てっきり騎士団のトップかと思って……」
だとしても、尚更サボってここに居る意味が分からないし、偉そうな意味も分からない。
隊長なら……うん。少しくらい血気盛んなのは理解できる。だからと言って邪魔な存在に変わりはないし、器の小ささも変わらないが。
「サバン。持ち場に戻ってください。同期の誼みで今ならまだ見なかった事にしてあげます」
「……チッ。相変わらずイラつくな……テメェはよ」
サバンが、あからさまに苛立ちを見せたまま遠ざかって行く。本当に何をしに来たのか分からない男だった。
仮に俺がお忍びで来ているどこかの偉い人ならば、この国の質に疑問を感じるレベルの人間だった。
個性もいろいろで、全員が礼儀正しいなんて難しい話なのは分かっているけど、せめて城内を歩ける地位を得る人間はそれ相応の人格者を用途すべきだと思う。
あくまで俺の考えであって、それをこの国に意見しようとは思わないけど。別に国の品格が落ちようと、どうだって良いしね。
「なぁなぁ、ホムラ。妾は軍の訓練みたかったぞー?」
今はサトウタロウなのだが、ディールがその変の空気を読めるはずもない。何か言われればサトウ・ホムラ・タロウで誤魔化せるから問題は無いけれど、サバンが地獄耳だったらと思うと少しだけ、ディールの発言にはヒヤッとさせられる。
「ダメ」
「ぬぇっ!? なんで! 妾、良い子にしとくのに?」
「相手から誘って来たとか理由を付けて勝手に参加して戦うつもりですよね?」
「うぐっ……妾の完璧な作戦がバレてるのじゃ……おいっ、お前も一緒にホムラを説得するのじゃ!」
「ダメなのよー?」
「マユエル、ディールが勝手に飛んで行かない様にしっかりと手を繋いでおいてくれ」
「うにゅなのよ!」
階段を上ったり、奥へ進んだりと城内をシミラーマンさんの後ろを歩いて進んでいく。
二階や三階から見える城下の景色は街並みが思ったより綺麗で、夜だと分からない昼の景色が楽しめた。
「こちらへどうぞ。ここは応接室となっております。ここでゆっくりしながら、勇者に関しての話し合いが出来ればと。ホムラ様の忌憚の無い意見を頂戴したく……どうぞ、よろしくお願い致します」
「そんなに期待されても困るんですけどね……」
シミラーマンさんがドアを開けてくれて、俺達は部屋に入った。
それほど広くは無いけれど、大きめな横長の机と椅子が机を挟むように幾つも用意されていた。
おそらくだが、他の部屋と比べると簡素な部屋だ。カーペットや調度品は良い品物なのだろうが、これくらい簡素な部屋の方が、まだ落ち着けるからその配慮はありがたかった。
王の執務室なんかは、壁に飾り物が多くある。普段、錬金釜とちょっとした道具だけあれば良いというシンプルな部屋に居るから、豪華絢爛の装飾に慣れてない俺からするとこれ以上の部屋だと落ち着けなくなりそうだ。
「今、飲み物を用意させますが……何か希望はございますか?」
「いえ、特に希望は無いですよ。ありがとうございます」
「無いのよー?」
「妾はな~……うむ、あれじゃ! くだも――」
「ディールにも同じので」
メイドさんを呼んだシミラーマンさんがアレコレと伝え、美味しい紅茶を用意してくれた。
ディールには果物の盛り合わせも用意して貰い、満足気なディールとは反対に俺は先手を打たれた気分だった。
シミラーマンさんも一筋縄ではいかない。今も、俺では見付けられない場所に気配を消した護衛の子が居るのだろうし。
争いにはならないが、だからこそ、ちょっとした接待が話し合いでの立場や発言力を強めてしまう。
今回は呼ばれた側の俺が発言力を持っている。けれど、既にディールが食べ物で釣られてしまい、ちょっとだけ弱まっている。
(賢い子をスカウトしようとしてたんだがなぁ……ディールは食べ物に弱いから駄目みたいですよ、ビスコ)
ウチのパーティーで一番のしっかり者であるビスコしか、今のところ相談役が居ない。
貴族社会についてはフランが居るけどアホだから駆け引きとか出来ないし、他は向いてない人ばかりだ。マユエルもまだ小さいし。
「はぁ……勇者より自分の事が大変だわ」
「うにゅー?」
「ホムラよ、これ美味しいのじゃ!」
ため息を三回くらい吐いて、それからシミラーマンさんとの勇者についての話し合いを始めていった。
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