第67混ぜ 嫌々で覚えた事でも、芸は身を助ける
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「おいホムラ……」
「言いたい事は分かります。が、これは仕方のない事なのです。ミルフが……そう! ミルフが強くなる為にはっ」
俺達は幌馬車を借りて、街から旅立った。
その日の晩、つまり今になるがミルフが「風呂に入りたい」とこの世界では贅沢な部類に入る事を突然言い出したのだ。
馬車の運転をミルフにさせ、夜を過ごす為の薪を取ってきて貰ったりと、汗を掻いたり疲れるように仕向けたけど。
その上、安全に汗を流せる準備はある事を事前に伝えていた事もあり、タイミングは突然ではあるが必然チックな行動だ。
たしかに必然的に近いのだが、今日言い出すとは思わなかった。冒険者だし、計算的にはもう一日二日くらいら遅れると思っていただけに、そこは嬉しい誤算である。
「私の着替えをどこにやったのだッッ!?」
「洗濯中です」
「……にしても!! 何故、私がこんな服を……」
「こんな服? それはキャサリンさんに対してもヤバいのでは?」
「――ハッ。いや、違う。うむ。今のは、私にはこのような服は似合わないという意味だ!」
ミルフは激怒している。理由は単純に、すぐに洗濯すると伝えた服を隠してメイド服を替わりとして用意したからだ。
下着姿で出てくる訳にもいかず、ディールが次に風呂に入る流れになっているから出ない訳にもいかず……ミルフはメイド服を着て出るしかなかった。
怒るというよりは、照れているだけなのかもしれない。どうしたらいいか分からずに、今は俺に当たるしか思い付かないのだろう。
「いえ、よくお似合いですよ?」
「……お前に言われても嘘だと分かるぞ」
キャサリンさんには遠く及ばないとはいえ、似合っているのは事実だと思う。
引き締まった身体にピッタリなメイド服。顔付きがもう少し穏やかなら貴族のメイドとしても申し分なく働けそうな気もする。
(さて、煽るか!)
ただメイド服を着させただけじゃない。これもちゃんと修行のひとつだ。
ミルフさんの周囲の視線を気にしてしまう性格。それはおそらく、慣れていないだけだ。大勢から注目される経験などそう無いとは思うが、戦いに集中出来なくなる程なのは逆にレアだと思う。
多くの人を集め、見られる特訓をするのは難しい。だから量を減らし、質を上げる作戦に俺は行き着いた。
「慣れてないメイド服。男達からのゲスな視線。羞恥心との戦い……ミルフには街へ帰るまで、ずっとメイド服で居て貰います」
「なッ――!?」
「ねぇ今、どんな気持ち? 可愛い物好きな自分が、可愛い物の側になるってどんな気持ちぃ?」
「こ、こんな格好で人前に出れるかぁ!! こ、ここ……こんなスカートは戦いにくいだろ! ……あと、ホムラに対して殺意だけはハッキリとあるのは覚えておけ」
スカートを摘まんでヒラヒラさせたり、なぜか前髪を気にしていたり。口で言うよりは嫌がっていないのかもしれない。
殺意は本当にありそうで怖いのだが、ミルフがどう抵抗しようとメイド服を着て歩かせる予定である。
キャサリンさん曰く「メイド服とは修行に持ってこいの服装です」との事だ。
スカートを地面に着けずに走ったり、どう跳べはスカートを覗かれずに済むのか……いろいろと体幹が鍛えられるのは本当らしい。
「ひゅーひゅー……あっ、あとミルフが飯当番でもあるから」
「ホムラが作った方が美味いだろう? どうしてわざわざ私が……」
「それは……『メイド服着ているのに大味冒険者メシしか作れないミルフ』という恥ずかしさを演出する為です」
「お前……まさかとは思うが、何かにつけて雑用を全て私にさせるつもりでは無いだろうな?」
ミルフが正解に辿り着いたが、あえて正解とは言わない。そこは笑って誤魔化しておいた。
雑用させる事に意味があるのかと問われれば――無い。としか答えられない。
冒険者として、最低限の生きていくチカラが養われているミルフだ。他のメンバーと違い、止める程では無い料理の腕を上げたところで、そこまでの意味は無い。
じゃあ何故、ミルフに雑用をやらせるのかと問われれば……単純に俺の空き時間を作る為である。
馬車での移動中は揺れが激しく錬金術は出来ない。今日だってディールが飛んだり、走ったり、生き物を魔眼で痺れさせたりしたのを見ていただけだ。
つまり、俺が何かを作れる時間は馬車を降りてから翌朝の出発の時間までしか無いという事。
夜通しと考えれば長いかもしれないが、アイデアを纏めたり、より深く考えたりする時間も含めると足りないくらいである。
「今回はあくまで俺とディールは補助であり、ミルフの本番での心の弱さを取っ払うのが目的です。ミルフが主軸ですから」
「その割りには、お前にやらされている感じが凄いのだが?」
「……じゃあ、俺はいろいろ考えてくるのでディールの相手とご飯の準備をお願いしますね?」
「おい! 逃げるなホムラ!!」
本格的に言い争いが発展する前に退散して、俺は二つある内の右の簡易テントへと避難した。
簡易テントとは言っても、空間を広げてワンルーム程の広さに拡張してある。中は特に拘っているという事も無く、ベッドと机とランタンという質素な感じになっている。
テントが二つしか無いのは、二人が寝てる間に一人は外で見張りをする為だ。魔物や盗賊を警戒しないといけない旅では、三人なら一人が、四人なら二人が見張りをするのがお約束らしい。
馬車を扱うミルフには休んで貰う必要がある為、基本的には俺とディールが見張りの役目をする事にはなるだろうが……飽きっぽいディールには難しい役目だろうし、結局は俺がやる事になるだろう。
「さて、眠気覚ましの準備と暇潰しの道具と……ミニ錬金釜のチェックでもしておくかな」
ミルフさんの大味晩御飯が出来るまでの間、俺は長い夜を楽しく過ごす準備を進めていた。
◇◇
意外というか、忘れていた事だが……ディールは吸血鬼だから夜の方が強い。むしろ不眠でも大丈夫なくらいらしく、昼間よりも元気がある。
今も大味ご飯を食べ終え、すぐに空へと遊びに向かった。
残された俺とミルフはまだ食事中で、たまに空から聞こえてくる楽しげな声の方向を見上げたりしながら二人で話していた。
「明日も一日移動になりそうですね」
「いや、目的地を私は知らないんだが」
「とりあえず村ですよ」
「だからどこのだっ!?」
別に隠す程の理由がある訳ではないが、何となくまだ秘密にしておく。
とりあえず目指す場所は鉱山地帯にある村だが、目的は鉱山の方だ。商業ギルドで調べたら、武器や防具として使える素材が採掘できるという事で、それを得るという目的もミルフの修行の一部に組み込んでいる。
半分以上は個人的な趣味なのだが、採掘場に居る男達なら下劣な視線を存分にミルフに向けてくれるだろうし一石二鳥と考えている。
明日も朝から日が落ちる前まではほぼ移動の時間で、明後日の昼前には村に到着するだろう。
「ホムラよ、今日は空が気持ち良いぞ!」
「お帰りなさい。翼を持つ者の特権ですね」
「うむ! すごいだろ? すごいだろ! どーしてもと言うなら、連れていってやらんこともないぞ?」
降りてきたディールの提案は素敵なものだが、やはり自分で自由に飛べるからこそ気持ち良さを十全に味わえるのだろう。
そう伝えると、ディールは少し悲しげな表情を浮かべた。
「そうか……残念よなぁ。だが、仕方あるまいて……」
「おいホムラ! ディールさんを悲しませるとは何事だっ!?」
「えぇ……じゃあ、ミルフが空に行きますか?」
「ぬっ……それは、だな……。おい! 兎に角ディールさんを悲しませるのは許さんぞ!」
ホントに、ミルフの可愛いもの好きはどうしようもない。恐ろしい程の熱量を短時間で発揮してくる。
悲しませるなと言いつつ、それなのに自分が飛ぶのは嫌だと言う。かなり無茶なオーダーではあるが……方法が無い訳ではない。
手段の多さがウリである錬金術師として、どうにかしてみせようじゃないか。
「『吸着ウェット短剣』を使いますか」
腰に携えている短剣。この短剣は、自然の力を魔力を流すと操れる様になる。魔力の大きさによって範囲が変わり、イメージする通りに形作っていく。
「その短剣がどうした?」
「ミルフ、ディールも少し危ないのでジッとしておいてくださいね?」
座っている状態で、短剣を組んだ足の間から地面に突き刺す。そして、自分の魔力流していく。
「うわっ!?」
「な、なんなのだ!?」
ゴゴゴ……と地響きが鳴り、不安そうな顔になるミルフとディールに向け不敵に笑ってみせる。
自分の保有する魔力の約半分程度が持っていかれたが、準備は整った。
「行きますよ――昇れッ!!」
俺達の座っている範囲を頂点に、地面が隆起してどんどん上へ上へと昇っていく。
人の背丈を超え、建物を超え……空の領域へと入っていく。
空との距離を少し縮めたとて、伸ばした手が届く事は無い。それでも、地面からでも綺麗な夜空がより美しく感じた。
ここは異世界。されど、元居た世界と繋がっている宇宙の何処か、なのかもしれない。そんな事をついつい考えてしまう。
「お、おおお、おいホムラ……た、高いぞ」
「おーっ! 凄いぞー! 飛んでないのに高いぞー! 流石はホムラだなぁ!」
二人の反応は正反対で、見ていて面白いものだった。
地面に張り付く様にして下ばかりを気にするミルフと、上下左右の全てを楽しんでいるディール。この違いはとても大きいと思う。
恐怖を越えて、視界を広げると変わるものは確実にある。
「ミルフ、手を」
「あ、あぁ……」
少し近付いて、手を貸して半ば強引に立たせる。
「ほら、下じゃない! 上と! 右と左! 怖さは俺が補ってやるから……とりあえず目を見開いてしっかり見てください」
「あっ……――――これは」
体の震えが止まり、緊張感が溶けていく。手に入っていた無駄な力も弱まっている。
「……きれい。空が、空がそこに……」
「伸ばしても届かないぞ」
「ハッ……いや、分かっているぞ! お、お前だってやっていただろ!?」
「ぷぷぷ、成人したいい大人が星に手を伸ばしてますねー、うぷぷ」
「こ、殺す!! こいつ、絶対に殺す!!」
ぐわんぐわん首元を掴まれて揺らされる。今日のミルフは面白いから良しとしよう。
「ホムラ、妾はここから飛び降りてみようと思うんだけど!」
「おぉ、それはまた良いチャレンジ精神ですね! ちゃんと飛ぶ準備だけはしてくださいね?」
「うむ! 行くぞ! ――わぁァぁあァぁぁッ!!」
地面を蹴り、崖となったこの場から飛び降りていったディールの叫び声が遠くなっていく。
なんだか、とても楽しそうだ。師匠ならどうするだろうか……いや、考えるまでもないな。
――俺は、ミルフの手を掴んだまま全力で走り出した。
「いくぞーーーッッ!!」
「ちょ、えっ、えっ!? 嘘、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分の理性が追い付かない時、ミルフさんも女の子っぽい声を出すのだと少し笑った。
「頼んだぞー、ディールーーー!」
「んあ? ホムラよ、お主も落ち――」
――は?
一瞬の間に、翼を広げたディールとすれ違った。すれ違い、俺達は下へと落ちていく。
「あ、死ぬかも――」
「いやぁぁぁ!! 死ぬ死ぬ死ぬぅーーー、ホムラァァァァ」
腰にある魔力ポーションを取って飲み干し、減っていた魔力を回復させる。
魔法は得意科目では無い。どうにも魔力には恵まれているらしく、保有量は多めで回復は早いのだが……燃費が悪い。
エレノアか火の玉を出すのに五の魔力で足りるのが、俺はその二倍から三倍は必要になる。
「自由を愛する精霊よ、我の願いを聞き届け給へ――風魔法第三級『塵風』!!」
伸ばした手の先、もう地面が近付いていた。ギリギリのタイミングで間に合った風魔法、重力に逆らって浮き上がる様な感覚の後……すぐに俺達は背中から地面に落ちていった。
「い、痛いな……」
「……っ。うっ、うっ……ぐすん……怖かったよぉ」
ミルフさんが隣で泣いていた。それは置いておくとして、中々にスリリングな体験だったと俺は思い返していた。
命の危機があると時間が長く感じるというのは本当みたいで、十秒も無かった落下時間でよく死を回避出来たと、自分自身に感心してしまう。
瞬間で回復する魔力ポーションが無ければ、嫌々覚えていた魔法が無ければ、もしかすると死んでいたかもしれない。
「ふむ……ミルフ、ごめん。巻き込んでしまうところだった」
「死ぬかと……本当に死ぬかと思ったぞ……」
まだ涙ぐんでおり、言葉も途切れ途切れだ。
予定では途中でディールにキャッチして貰う予定だったのだが、それはあくまで俺の頭の中だけでの話だった。
実際はこうして、落ちて死にかけただけ。かなり軽率だった。
「怖かったらここに居てくれ。一度上に戻って、すぐにここの地面を元に戻すから」
「……私も行く」
「えっ?」
「私も行く。今は一人の方が怖い……でも、目を閉じてるから連れて行け」
それからディールを呼び、目を閉じているディールを抱えながら上空へと戻り、また地上へと戻ってきた。
「今日はもう寝た方が良いぞ。眠れないなら薬も出すけど?」
「お願いする。少し落ち着いたけど……このままだと眠れる気がしないからな」
睡眠薬を受け取ったミルフはテントへと戻っていった。
自信を付けさせる目的が、逆に弱らせてしまったかもしれない……。
予定と違う結果について……多少なりの罪悪感とその事ばかりを考えてしまい、今夜は自分の作業をする気になれなかった。
ディールは夜通し飛んだり魔法をぶっ放したりして遊んでいたが、俺は焚き火とコーヒーだけで朝を待った。
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