12:交渉の行方
「一刀両断かね!?」
サントラムさんがたじろく。眉がぴくぴくと動いていた。
すいません。でもこれが偽りのない本音なんです……。
「ダ~ハッハッハ。さっそくフラレてしまったのう? サントラムよ」
「どうしてそんなに他人事なのですか老師!」
「諦めも肝心だということじゃて」
「諦めがよすぎるんですよこの場合!?」
ツッコミのあまり、ゼーハーゼーハーと息を切らしているサントラムさん。
堅物なのかと思ったら、意外と愉快な人でした。
かれが息を整えている横で、ザンダー老師が穏やかな表情で質問する。
「良ければ、どうしてなのかと尋ねてもよいかね?」
「ええ。理由は簡単です。いま、それどころじゃないから、ですね」
「それどころじゃない、ときたか」
ふむ、と興味深げな視線を俺に投げかける。
その裏側をまるごと見通そうというかのような、知恵のある目だった。
ファラナが肩をすくめる。
「だってねぇ。わたしたちこれから、この都市に巣食う悪党を倒しにいくんだもの。冒険する余裕なんてないわよ」
「おいファラナ。余計なこと言うとこわいから、静かにしといて」
「いいじゃないのこれぐらい……ケチ」
しらばっくれるように顔をそむけるファラナ。口が軽いんだから本当に……。
「悪党ときたか。それは剛毅な話だのう、お嬢さん」
ハッハッハと口角をあげる老師は、サントラムさんとさりげなく視線を交差させると、続けて言った。
「この街の悪党といったら、それはさまざまな連中がいる。わしとサントラムも幾らかは詳しくてな」
「……冒険者というのは、一歩間違えばタダのならず者だからね」
慎重に口を開くサントラムさん。
それは俺にも理解できた。成功してる人ならいいけど、住所不定のなんでも屋とか基本的にアレな存在だよな。
「表の黒装束、ありゃお前さんに関係があるんじゃないかの?」
「ぎくっ」
ぴしっと固まるファラナ。やはりと笑みを深めるザンダー老師。
その瞬間、やってしまったと理解できたのか、俺に潤んだ目を向けてきた。
お前それバレバレだからな。
俺は苦々しそうにファラナを見返すと、仕方ないので返答する。
「だとしたら、どうします?」
「裏にどんな事情があろうが、わしは詮索せんよ。お前さんらの様子を見てれば、それほど業の深いこともできんと分かる」
「な、舐めないでよ! わたしたちが本気になればねぇ!?」
「あー、はいはい。落ち着きましょうねー」
怒るところは絶対にそこじゃないと思う。
「で、だ。先ほども言った通り、わしらにはそれなりのツテがある。のう、サントラム?」
「ええ。これでもベテランパーティでね。実績も信用もある」
老師が言葉を投げ、それを継いでサントラムさんが首肯する。
なるほど。話が見えてきた気がする。
「もしこの話を引き受けてくれるなら、わしらの力をお前さん方に貸してやってもよい」
「無論、支度金も出すし、厚遇も約束する。条件は君に有利に設定しよう」
ふむ。わるくない話だ。
率直に言って、盗賊ギルドのアジトを見つけようにも、俺たちには人脈がない。
口を開かせるのに有効な金銭も、それほど持ってない。
つまりナイナイ尽くしなわけで。
代わりにかれらがギルドの情報を集めてきてくれるなら、これは相当に助かる。
場合によってはもっと直接的な助けも期待できるかもしれない。
しかし問題がひとつある。
「すごくいい話だとは思います。だけど、ひっくり返りそうな点がひとつあるんです」
「なにかな?」
「相手が盗賊ギルドってことです」
沈黙が訪れた。一見、表情に変化がないように見える。
だが俺の強化された視覚は、サントラムさんの表情がわずかに歪むのを見て取った。
んー、これ無理っぽい?
そのままだれも話さないので、もういっそ俺が口を開こうと思った瞬間、ザンダー老師が言った。
「そりゃあ、また」
「また?」
「好都合だのう」
「え」
おもわず目を見開く。このご老人はなにを言ってるんだ。
俺の傍らで手持ち無沙汰にしていたファラナが、興味がありそうに尋ねた。
「へえ。もしかして因縁があるの」
「いや、そういうものではない。王都の裏社会は、もとはフコーネと呼ばれる組織によって支配されていた。知っているか?」
「知らない。レイジもそうよね?」
「ああ」
俺と意見が合ったのがうれしいのか、彼女はニコニコしつつ俺に擦り寄ってくる。
あれ、こんなに懐かれるようなことしたっけ。
「フコーネは良くも悪くも昔気質な組織でな。それに反対する若い連中が、余所者どもを集めてクーデターを起こした」
「ってことは、それがいまの盗賊ギルド?」
「そういうことじゃ。追い出されたフコーネの構成員は、それぞれに組織を作り、ギルドの連中に一矢報いてやろうとはしておるが……まぁ、今のままなら難しいのう」
「ここで私たちの話に入る。もと構成員たちは、我々のパーティと友好関係にある。そして近日、この組織は共同してギルドに攻撃を仕掛ける予定だ」
つまり、とサントラムさんが続ける。
「君たちへの手助けは、かれらへの間接的な貸しにもなるわけだ」
「たしかにそんな理屈にはなるかもしれないけど、貸しとしては少し弱くないですか?」
「我々の第一目標は君であって、ギルドではない。ついでというぐらいの話だからな」
なるほど。俺たちがギルドを引っ掻き回すならよし。さほどでなくても俺を引き入れるのが本命だから問題はないのか。
「さて、あとはお前さんがこの提案を引き受けるか、否かじゃ」
どうするね、とザンダー老師が俺に尋ねてくる。
うん。また仔細はあとで詰めるにしても、盗賊ギルドをぶち倒すという意味では、これは悪くない選択肢だ。
最後にファラナのほうへ視線をやった。彼女はきょとんとしたあと、微笑んでうなずく。
それなら俺の答えは決まっている。
「交渉成立ってことで」
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