13:盗賊ギルド(前)
河で隔たれた王都の東側。
その北部地区にはさまざまな人間が寄り集まる貧民街があるらしい。
俺たちはさっそく『夜明けの旅人』から情報をもらって、このあたりにやってきたのだが。
「ジロジロ見られて気味がわるいな」
「スラムなんてそんなものよ~」
リンゴに似た果物をパクついて、呑気そうにふるまうファラナ。
しかし俺はこういうのに慣れていないので、少しキツい。
変な臭いはするし、日当たりは悪いし、通りは汚いし、いまにも崩れそうな年代物の古い建物が軒を連ねてもいる。
ちょっと近くは歩きたくないな。
「なに、けっこう慣れてんの?」
「まあねえ。いろいろ旅もしてくれば世慣れるってものよ」
「……あんなに単純なくせになぁ」
「なんか言った?」
「いえ。なんにも」
ギロッと視線が動いたので、俺は素知らぬふりをして口笛でも……あ、口笛吹けないんだった。
「えーと、たしか『ガルロワ』という男と会うんでしょ」
「ああ。河に面した小屋の近くで、椅子に腰掛けてるらしい」
「ふうん……じゃあアレじゃない?」
「ん」
ふと周囲を見渡してみると、通りの右側には建物がなくなり、そこからは急斜面の土手ができている。
土手の下では太い河が悠々と街中を流れ、向こう岸には貧民街とは違った様相の街並みが見える。
そして土手の近くには数軒の小屋があり、その小屋のひとつで、粗末な椅子に座っている男がいた。
「ボロだけどツバの広い帽子、茶色のチョッキ……あの人だな」
「じゃあ行きましょ。こんなところでぼーっとしてたら、身ぐるみ剥がされるわよ」
「うむ。それは困る」
というわけで俺たちは土手を降りていく。
小屋の近くまでいくと、ツバ広帽子の男が顔を向けてきた。
顔に切り傷があり、目は鋭かったが、口元には柔らかい印象がある。
「どなたかな」
「あなたがガルロワさん、でいいのかな。『旅人』の紹介で来ました」
「……ああ、例の」
ツバ広帽子の男――ガルロワはちいさくうなずくと、微笑を見せてきた。
俺の横で、先ほどから眉をひそめているファラナが言う。
「……なにか変な臭いしない?」
「そりゃ魚だよ。ここらへんじゃ貴重な収入源でもあり、大事な食べ物さ」
「んー、そういう臭いじゃないような」
きみが果物食い過ぎたせいじゃなかろうか、というのは腹に収めておこう。
「連絡は入ってますよね。例の場所を教えてほしいんですが」
「ああ、金ももらってるよ。しかしあんたらも命知らずだね。あの連中に逆らおうなんて」
「ちょっと話をしに行くだけなんで」
俺がそう苦笑すると、ガルロワは口元を吊り上げた。
「『影の車輪亭』ってところに奴らはよくたむろってる。行くならそこだな」
「位置は?」
「土手沿いの通りをずっといけば、看板が見えてくるはずだ。そこからはあんたら次第だが」
ガルロワはそう言うと、帽子を深く下げて、また河のほうを眺める。
これ以上話す気はないということだろう。
俺はうーんと唸っているファラナの背中を叩いて、一緒に土手を登った。
「なにか嗅いだことのある臭いだったのよね。なんだろう」
「それよりも歩くことに集中したほうがいい。もうギルドの勢力圏なんだろ?」
「はいはい。あなたは真面目でいいわねぇ」
別にぜんぜん真面目じゃないんだけどな。すげえ適当だし。
ガルロワの言うとおり、土手沿いの路をずっと進んでいくと、やがて通りの端に例の看板が見えてきた。
――影の車輪亭。
店の佇まい自体はそこまで悪くはないが、全体からなんとも剣呑な雰囲気がするようだ。
ファラナはなにも感じていないので、俺の気のせいか、あるいはこのエルフが鈍いのか……。
俺とファラナは入り口へと続く階段を昇り、西部劇によく出てくるような形の半扉を開けて、なかへ入った。
右側にカウンターがあり、その奥には上へ昇る階段、左側全体はテーブルや椅子が並べられている。
さて、俺たちは内部に集まっていた客から、突き刺すような視線を受けた……とでも表現したかったのだが。
「ふむ」
客は数人しかおらず、その数人も俺たちにまったく興味を見せなかった。
酒場の店主らしい特徴のない平凡な顔立ちの男は、俺たちにちらりと視線をやると、またそっぽを向いた。
「ぶあいそ―」
「お前、ここが敵のアジトだって分かってるか?」
「分かってるわよ。ただの冗談。あんたよりよっぽど力んでるからね、わたし」
「緊張を解きたいなら、もうちょっと前にやろうぜ……」
小声でヒソヒソと会話しあう俺たちに業を煮やしたのか、遂に店主が顎でくいっとカウンター席を示してくる。
いまは従ったほうがいいだろう。俺はカウンター席に腰を下ろしながら、腰に差した剣を膝上に置いた。
「あー、ここが影の車輪亭でいいんですよね?」
「看板を読め」
「いや、うん。そりゃそうだけど」
ちょっと会話してから、というのも無理そうだなこれは。
となりのファラナも落ち着いているようで、興奮を必死で抑えているのが分かるし。
「単刀直入に言うと、あんたらのボスであるレイズって人に会いたい」
「知らん」
「知らんってことはないだろ。ここは盗賊ギルドの隠れ家ってのは有名な話だ」
平凡な顔立ちの店主が、ぬうっと俺の顔を見つめてくる。
「だれに言われてここへ?」
「お使いじゃないよ。俺たちはレイズに用件があるんだ」
振り返って酒棚を掃除する店主に、端的に答える。
そのとき、ファラナが俺の脇腹を指で突いてきた。
「なんだよ」
「……わたし、気付いちゃった。あの臭い」
「臭い? 土手小屋の話か。あとで話を聞くから」
「いいえ。いま聞いて」
ファラナの表情には真剣味があった。
思わずそれに呑まれて、彼女のほうに向き直ってしまう。
「あの臭いは死臭よ――」
なんだって、と俺が口を開く前に、俺はカウンターで剣を抜く音を聞いた。
咄嗟に膝上から目にも留まらぬ速さでショートソードを走らせると、カウンター越しにそれを受け止める。
あの店主がこちらへと剣を振り下ろしていたのだ。
かれは憎悪の表情でこちらを見ながら、同時に大声で叫んだ。
「やっちまえ!!」
その声が響き渡らぬうちに、先ず階段のほうからどたどたと音が聞こえて、つぎに背後の入り口から階段を昇る音が聞こえてくる。
さらには俺の真横で、テーブル席から走ってきた男ふたりがファラナに掴みかかってきた。
俺は店主の一撃を受け流すと、その勢いで額に素早い斬撃を見舞う。
顔を押さえながら悲鳴をあげる店主には目もくれず、俺はファラナを組み伏せようとする男の背に、ショートソードを突き刺した。
「ファラナ!」
「このっ! 離してってば!」
その瞬間、俺の背筋に悪寒が走る。咄嗟に横へ跳ぶと、酒棚に数本の矢が突き刺さる。
背後へ振り向いた。そこには6人ほどの武装したならず者がいて、そのうちのふたりが短弓を構えていた。
クソッ、こいつら待ち伏せしてやがった。
俺は手のひらを向けてイメージする。男たちが吹き飛ばされる想像。
「ぐあ!?」
即座に6人の男がなんらかの力で壁へと吹き飛ばされた。
俺はファラナを助けようと、すぐにもうひとりの男へ向けて剣を振り抜こうとする。
「おいゴキィ!! こっち向けやぁ!!」
「ッ!」
すさまじい殺意。ドス黒いばかりのそれは、重い衝撃とともにやってきた。
こちらに斧を叩きつけてきたのは、俺の知る男――カズマだった。
「カズマ……!」
「へへっ、どうだよ!! 追い詰められた気分はよお!!」
「お前、どこまで腐ってんだ!」
俺は相手の攻撃を剣で受けながら、魔術でこいつの斧が砕け散るところをイメージする。
そのときだった。背後から鋭い声が聞こえた。
「抵抗をやめろ。じゃねえと、お前の連れが死ぬぜ」
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