十話「少年の苦悩」
「わ、わ、ごめん!」
私の背中から転げ落ちるようにおりた青髪の男の子が、立ちあがって砂をはらってから手を差し伸べてくる。立ちあがるのを手伝ってくれると言うことか。ありがたい、実にありがたいんだけど……今手握ったら血ついちゃうよね?
私は男の子の手は借りずに自分の力で立ちあがって、砂をはらう。皮膚が擦り切れて血が滲んでいる手のひらをどうしようかと見つめる。
「あ、怪我! ごめん、僕のせいだよね……。あ、ハンカチあるから、これあてて」
差し出されたハンカチには、紋章が刺繍された高そうな生地のハンカチだった。断ったけど、男の子がどうしても! とハンカチを押し付けてくるのでありがたく受け取ることにした。適当にハンカチを手に巻こうとすると、男の子が丁寧に巻きなおしてくれた。着ている服も上等っぽいし、お金持ちの坊ちゃんなんだろうなー。
呑気に考えていると、男の子が振り返って怯えた様子で口を開く。
「追いかけてきた。逃げよう!」
「えぇ?」
突然男の子に手首を握られたかと思うと、ひっぱられて走り出していた。何だか面倒なことに巻き込まれたなぁ……私関係ないのに。とぼんやり考えながら走った。
「はぁー、はぁー」
「君さぁ……体力なさすぎじゃない?」
追いかけてきたのは恐らくちっちさんの店の店員さんだろう。逃げちゃって申し訳ないことしたかなーと考えたけど、すぐにどうでもいいやと思考を放棄した。
何とか追っては振り切ることができたが、少し走っただけで男の子は息も絶え絶えである。この体力のなさ、やっぱりお金持ちの坊ちゃんなのか。日焼けもしてないし見るからにひ弱そうだしなぁ。畑仕事してほんのり日焼けして山の獣道を走り回って体力が有り余っている私とは大違いだ。と言うかその肌の白さ、少しでいいので分けてください……。
逃げ込んだ公園の遊具の中でしばらく二人して息をひそめていたが、どうやら店員さんは行ってしまったようなので遊具から出てブランコに乗る。
キィ、キィ、とブランコが小さく悲鳴を上げながら揺れる。公園にはあまり人がおらず、まばらだった。妖は暗いのを好むから、夜のほうが集まるのかな?
ブランコをこぎながら、男の子がポツリと呟く。
「僕……知ってたんだ、歪みに触れちゃいけないこと」
あれ、何か人生相談っぽいこと始めちゃったよ。しかも何か声色が暗いし、重い話なの? 何で相手が私……。色々突っ込みたかったけど、とりあえず神妙な顔をして頷いた。こう言う風に流されるのもホントはよくないんだろうなー。でも相手はお坊ちゃんっぽいいし。逆らって面倒なことになるのも……ねぇ。まぁ、今の男の子はお坊ちゃんであろうと妖の世界じゃ無力っちゃ無力だけど。
「でも、僕……。上二人の兄はできるのに第三王子はできない子だって言われるのがつらくて……」
……んん? 今すごい単語が聞こえたような気がする。第三王子って言ったよね。何、この子王族だったの。そりゃ持ってるハンカチも高そうな生地なわけだよねー。服も上等なわけだよねー。でも王族の割にはふんぞり返ってないよね。王族って皆「俺様偉い! 皆の者よひれ伏すがよい!」って感じのイメージだったよ。勝手なイメージだけど。横にいる男の子は王族の割に低姿勢だ、意外だなー。
でも王子様は妖の世界じゃ通用しませんよ? ……その女の子みたいに可愛い顔は通用するかもしれないけどさ。くそうくそう、羨ましいぞ。
「それで、剣の稽古サボって……歪みを探していたんだ。どこか、僕を知らない遠くの場所に行きたいと思って。そしたらここにきて……」
ほほーう。なるほどね。所謂自暴自棄ってやつ? ヤケになっちゃた感じ? でもねー、少年(同じ年ぐらいだけど)ヤケになるのはよくないよ。だって歪みの先に待っているのは妖の世界だけじゃないもの。風さんが言ってたからね、歪みの先に待っているのは空の上かもしれないし海の中かもしれないって。つまり危険なものなんだよね、歪みって。少年よ、歪みの先が妖の世界でまだよかったね。
「でもここ、何かおかしいんだ。頭に耳の生えた人とかしっぽの生えた人とかいるし、それに僕、見ちゃったんだ……背の高い男の人が外に出て恐ろしい狼男の姿に変身するところ」
そう言ってブルブルと震える少年……いや、男の子。ああ……耳としっぽが生えてたのは多分ちっちさんのことだな。狼男は……身長から察するにドイさんかな? まぁ今まで妖を見たことがない人が妖を見るようになったら怖いよねー。私は幼いころから妖と接してたから全然怖くないけど。男の子は見るからに気が弱そうだし、怖かったんだろうなー。
「ここはねぇ、妖の世界なんだよ」
ようやく口を開いた私を見て、驚いたように目を見張る男の子。あれ、そー言えばお互い自己紹介まだじゃないですか。あとで名前聞こうっと。あと、同じ年ぐらいだから思わず普通の口調で話してしまったけどよかったかな。
「妖の……世界? 元の世界には、戻れるの?」
どうやら機嫌は損ねなかった模様。よかった。それより、さっきまで自分を知らない遠くの場所に行きたいって言ってたのに……まぁいいや。
「さぁ? でも誤って妖の世界にきた人間は諦めてここで暮らしてるって聞くけど」
「そんな……」
男の子の顔が真っ青になる。
ちょっとイラついたから適当にでっちあげてみたけど、多分……本当に誤ってここにきてしまった人は何らかの方法で元の世界に帰っているんだろう。それか、私の言った通り諦めてここで暮らしているか。そのへんよくわからないな。また今度さちに聞こう。
「まぁまぁ元気出しなよ。さっき君が逃げてきたのって喫茶ちっちからでしょ? あそこの人達何とかして君を元の世界に戻すって言ってたからさ、きっと何とかなるよ」
男の子をどん底に突き落としたのは適当にでっちあげた私の発言なんだけど、誤魔化すように元気づける。男の子は、気まずそうな顔をする。一度逃げてきたから戻るのが気まずいんだろうなー。
私は勢いよくブランコから飛び降りると、シュタッと華麗に着地して男の子のほうを向いて笑顔を向ける。
「気まずいなら私も一緒に謝りに行ってあげる。大丈夫だよ、きっと元の世界に戻れる。戻ったら素直に謝りな。剣の稽古サボったことと、歪みに触れてしまったこと。君を大切に思ってくれる人なら許してくれるだろうから」
「……うん。ありがとう!」
「ところで、君の名前は?」
自己紹介まだだったよねーとヘラリと笑うと、男の子もはっとしたように口元を押えて笑った。
「僕はレオリア国の第三王子オルド」
「私は日本のリセ。よろしくね、オルド様」
「……様はいらない。呼び捨てで、いいよ」
「いいの? でも、君王子様でしょ?」
「ここでは王族なんて何の意味も権力も持たないよ」
ヘラリと笑ったので、それもそうかと納得。
「じゃぁ改めてよろしく、オルド」
笑ってそう言うと、オルドの頬が赤くなった。あれ、私何かおかしなこと言ったか? 首をかしげなららも、とりあえる二人で喫茶ちっちに戻ることにした。




