◆ ◆ ◆9.
◆ ◆ ◆???
ばちばちと爆ぜながら揺れている炎。
傍らで呪のようなものを呟く声は、この世のものとは思えない、おぞましさを持っている。
にい、とつり上げた口端からは唇を破り、鋭い牙が顔を見せている。
唇からにじむ血が地に滴り、奇妙な渦を描いていた―…。
◆ ◆ ◆9.
霧月に促され、雫葉は再び話し始めた。普段の雫葉は極端に口数が少なく、こんなに一人で話し続けることは珍しい。
「藪から一本の火柱が立ち昇っていて…――」
ごうごうと炎が狂ったように揺れていた。勾玉が放つ真紅の光線は、その火柱に続くようである。
ふわり、と地に降り立った雫葉は、辺りに漂う妖気の邪悪さに思わず眉を寄せた。
と、目を見張る。数歩先に立ち昇っている火柱の中で、黒地に銀と紅の模様を持つ揚羽蝶が舞うようにもだえ、羽撃いている。
雫葉は水神四精、すなわち水の性を持つ精霊である。ならば、その力でこの禍々しい炎を消せるのでは、ないだろうか。
雫葉は小さく口の中で呪を唱える。炎に向け、伸ばした馬手の指に細く青い蛇が絡まり、ちろちろと舌を動かしている。
「…行け」雫葉の指先から放たれた蛇は、宙を翔け、みるみるうちに太く姿を変えると、立ち昇り揺れる火柱に巻きついた。
蛇の体と炎の双方から、しゅうしゅうと蒸気が上がる。
蛇は鋭い歯の並ぶあぎとを開き、水を激しい勢いで吐き出した。
今までよりも増して、蒸気が上がる。火柱の威力が大分弱まってきている。
蒸気が完全に掻き消えた時、そこには黒く焼け焦げた草花の灰に埋もれた、揚羽蝶が弱々しく翼を震わせていた。
そのうち左側の翼は、ぼろぼろに破れ、使える状態ではなかった。
雫葉の左耳に揺れる勾玉は、おぼろげにぼんやりと発光するだけになっていた。
雫葉は、未だに少し熱を帯びている黒い灰を掻き分け、蝶をそっと手のひらにのせた。
元の大きさに戻り、雫葉の足元にいた蛇は、ちろりと舌を出すと蝶に顔を近付ける。
雫葉は空いている方の手の指に蛇を絡め取り、小刻みに震えている蝶から遠ざけた。
「…周りの様子を見て来い」
しゅるりと身体をくねらせると、蛇は青い鱗を光らせながら、鬱蒼とした木々の狭間に姿を消した―…。