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癒しの雫  作者: 蒼井みつき
第1章 アルル・ベリファードと魔法学校

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第29話 もしもの時

 土曜日、今日アルルは、おばあちゃんの手伝いをしようと思っていた。


 朝食後、二人で籠を持って畑に行った。アルルの肩にはピーちゃんがいる。


「おばあちゃんは、収穫しといて。私は周りのヴォルバグやっつけるから」


「あらまあ、頼もしくなったこと」


 ドリフィーは、優しく微笑んだ。


「じゃあ、頼んだよ」


 畑にはジャガイモ、ほうれん草、玉ねぎ、にんじんなどが植えられていて、たくさん作物がなっている。


 ドリフィーは、鼻歌を歌いながら収穫している。収穫した野菜を丁寧に籠に入れていた。


 アルルが遠くへ目をやると、にんじんに群がるヴォルバグが数匹いた。


 アルルが手をかざすと、一匹が跳ねた。もう一匹は硬直している。

 (無詠唱にだいぶ慣れてきたわ)


 また手をかざす。


 近づいてきた一匹は、凍って動けない。


「ピピ!」


 ピーちゃんが注意した。


「わかってる」


 (前みたいに一匹に集中ってことでしょ! おばあちゃんがいると喋んないんだから)

 

 一番近いヴォルバグに攻撃魔法を連続でかける。


 アルルが手をひらひらと三回舞うように動かした。


 ヴォルバグはひっくり返って倒れた。


 (あれ? 弱くなった?)


 後ろのヴォルバグ二匹が、動けるようになって羽ばたいて近づこうとしていた。アルルはまた手をかざす。


 跳ねているヴォルバグに、連続で攻撃魔法をかけると、ひっくり返って倒れた。


 (前より魔法が効いてる?)


 アルルが手を動かすと、ヴォルバグは炎に包まれた。


 (無詠唱完璧!)


 ヴォルバグは、燃えたままアルルに突っ込んできた。


「あ」


 アルルの体が、後ろに一瞬で移動したが、足をほうれん草に取られて、後ろに転んでしまった。


「雷よ!」「炎よ、焼き尽くせ!」


 慌てて立ち上がったドリフィーが攻撃すると、ヴォルバグは黒焦げになって下に落ちた。


「……ありがとう」


 アルルは、笑って誤魔化した。


「つめが甘いわ」 


 そう言ってドリフィーも笑った。


「……でも、もう無詠唱魔法、使いこなしてるじゃないの」


「へへ……」


 アルルは照れ笑いした。


「今度、私にも教えてね」


「うん! もちろん!」


 アルルは嬉しそうだった。


「よし、これくらい採れればいいかな」


 ドリフィーは、よっこいしょと言いながら立ち上がって腰を叩いていた。


「ちょっと待って、おばあちゃん」


 アルルはドリフィーが背負っている籠に手を当てた。


「おほほ! 軽くなったわ」


 アルルは微笑んだ。


 家に帰るとササリーフのペーストを煮詰める作業に取り掛かった。アルルも手伝う。ピーちゃんは、近くの棚の上から二人の作業を見つめていた。


 大鍋に平日採取してペーストにしておいたササリーフを瓶から取り出す。かなりの量だ。


 濾して殺菌した池の水で伸ばしてまた煮詰める。かなり根気のいる作業だ。


 火加減を見ながら、アルルは『古代の魔法大全』の重たい本を片手で支えている。


 ドリフィーが気になったのか聞いてきた。

 

「アルル、よくそんな分厚くて大きな本、片手で持てるわね」


 アルルは当然のような顔をして答える。


「軽くする魔法かけたからだよ」


「へえ」 


「実際の重さは変わらないけど、重力が変わるとか書いてあったかな……。重くする魔法もあるよ」


 ドリフィーは感心して目を丸くする。


「そのうち古代魔法博士になりそうだねえ」


「全部覚えたいもの!」


 アルルは家にいる時は、いつもこの本を読んでいる。試せる魔法は全て試していた。体験すると覚えやすいらしい。


 窓をたくさんあけているが、火を使っているせいか、部屋の中が暑くなってきた。アルルがパラパラと本のページを捲る。


「あった……『温度を下げよ!』」


 アルルが唱えると、急に上から冷気が降りてきた。


「あー、涼しい」


 アルルがドリフィーに向かって手をかざすと、冷たいそよ風が吹いた。


「いいねえ。いろんな魔法が出来ると便利だねえ」


「でしょ」

 

「ピピ」


 ピーちゃんも賛同しているようだった。


「ピーちゃんて、おばあちゃんの前だと喋らないよね?」


「そうだね。まだ見たことないよ」


 アルルが、棚の上のピーちゃんに近づいた。ピーちゃんに語りかけた。


「なんでピーちゃん喋らないの?」


「……」


 ピーちゃんは、すました顔をしている。


「喋ると餌もらえなくなると思ってるのかねえ」


 ドリフィーが首を傾げた。


「もうバレてるよ。ピーちゃん」

 

 ピーちゃんは知らん顔をした。


 アルルは苦笑した。


 ドリフィーが大鍋をお玉でかき混ぜた。甘い香りがする。煮詰まったところで布で濾し、アルルが空の瓶へ順番に注いでいった。


「たくさんできたね」


 額の汗を拭いながらアルルが言った。


「アルルのおかげよ」


 ドリフィーは、大鍋を洗いながら大きい声で言った。


 (おばあちゃんのためだもん)


 アルルは、手を洗うと、ピーちゃんを手に乗せた。それから肩に乗せ、大鍋を拭いているドリフィーに話しかけた。


「今日と明日は、ジャックさん出かけていないみたい。夜はゆっくりするよ」 


「あらそうなの? ……なら、お夕飯は豪勢にしようかね」 


「やったあ!」


 ◇


 豪華な夕飯がテーブルに並んでいた。もちろん、アルルも料理を手伝った。


 テーブルには燻製肉のステーキ、マッシュポテト、ほうれん草と玉ねぎのソテー、にんじんスープ、黒パンが並んでいた。


「お腹すいた! 早く食べたい!」


 アルルはお腹を押さえた。


「今日は頑張ったからねえ」


 ドリフィーは笑いながら椅子に座った。


 今日はピーちゃんの分もある。小皿には、細かくちぎった黒パンと、柔らかく煮たにんじん、それから少し潰した果物が乗っていた。


「ピーちゃんは、人間と同じ食べ物だと体に悪いからね」


 ドリフィーは、肉をナイフで切りながらピーちゃんに話しかけた。


「ピピ」


 一声鳴くと、ピーちゃんはすごい勢いで食べ始めた。アルルがじっと見ている。


「食べるのはや」


 ピーちゃんが首を長くしたり縮めたりしている。


「喉に詰まったんじゃない?」


「水置いとこうか」


 ドリフィーがそう言って皿に水を入れて持ってきた。


 ピーちゃんは小皿の縁に止まると、くちばしで水をすくった。首を上げて飲み込み、また水をすくう。二、三度繰り返したあと、満足そうに羽を震わせた。そのあと、水皿に飛び込んで羽をばしゃばしゃしていた。


「あはは。水浴びしてる」


「かわいいねえ」


 ピーちゃんのその姿は普通の鳥にしか見えなかった。

 二人は夕飯を食べながら、水浴びするピーちゃんを眺めていた。

 

「そうだ、アルル。無詠唱ってどうやるの?」


 アルルはジャックに習ったこと、自分のやり方を身振り手振りでドリフィーに教えた。


「……なるほど。今度畑で試してみるわ」


 ドリフィーはそう言って微笑んだ。


「おばあちゃんだってすぐ出来るよ」


 アルルも微笑んだ。それから、視線を下に落とした。


「……魔王国の人ってまた来る?」


 アルルは、黒パンをちぎりながらドリフィーに聞いた。聞くのが怖くて、魔王国の話は口にしていなかった。


 (見つからなかったけど、また来るかもしれない。指輪がここにあるから……)


 アルルは指輪をさすった。ピンクの宝石が埋まっている細身の指輪だ。

  

 ドリフィーは、ナイフとフォークを下に置くと、口を拭いた。


「残念だけど……可能性は高いわ」


「やっぱり……」 


「万が一だけど……言っておくわ」


 ドリフィーは、座り直して続ける。アルルは口の中の黒パンを飲み込んだ。


「どうしようもなくなったら、私を置いて逃げなさい」


「え? やだ……おばあちゃん。一緒にいる!」


「私一人ならなんとかなるわ。それにお前には未来がある」


「なんで? 古代人の末裔だから?」


「それもある」


「ノアさんのみんなもいるじゃん」


「ベルフィーのとこは、商人だし、剣士もいない、魔法を使えるものもいないの」


 アルルは俯いた。


「おばあちゃんとずっと一緒にいたい……」


 アルルの目から涙が溢れた。


「アルルは、いつかは独り立ちしないといけないのよ」


 いつもならドリフィーが抱きしめてくれていたが、今日は違っていた。


「もしもの時、頼れる人はいる」


「ジャックさん?」


「そう。そのジャックなんだけどね……シュミジャール大陸に知り合いがいるらしいの」

 

「シュミ……遠いよ!」 

 

 アルルは立ち上がった。


「でも、魔王国に追われるようになって、学校にまで来るようなら考えないといけないよ」


「……もし、魔王国の人に捕まったらどうなるの?」


「何されるかわかんないわ……拷問もされるかもしれない。その指輪は取られて、魔王国が今度はシュミジャールを侵略するかもしれない」


 アルルは頬に涙の跡をつけながら、体を震わせていた。

 

 ◇


 同じ頃、ルーヴェンの炉火亭酒場。

 

「メッセージが来たぞ」


 ダンテが低い声で、近くに来たリゼに伝えた。


「昼間、守り木に火を点けろ」


 リゼの顔色が変わる。怒ったように顔を赤くした。

 

「……冗談じゃないわ。あそこ私の家のすぐ近くよ」


「報酬は出る」


「そういう問題じゃないわ、うちまで燃えちゃうじゃないの。……それより、情報料はまだなの?」


 ダンテが懐からジャラジャラ音がする手のひらに乗るくらいの重い袋を出した。

 

「ほらよ」

 

 リゼは中身を確認した。すぐに服の中へ隠した。


「……これだけ?」


 (かなり少ないわね。足元見られたかしら)


「残りは?」


「それだけだ。文句言うな」


「最初の話と違うじゃない!」


 ダンテは酒を一口飲んだ。


「俺に言うな。決めるのは向こうだ」


「納得できないわ」


「だろうな」


 ダンテは肩をすくめる。


「お前の名前も向こうは知ってる」


「……」


「忘れるなよ」 


 リゼは何も言えなくなった。


「……お前らの命は握られてるんだ」


 リゼの顔から血の気が引いた。

 

「ちょっと……や、やめてよ……」


 リゼはダンテの裾を掴んだ。


「俺は言われたことを伝えただけだ……関係ない」


「そんな……」


 リゼは掴んだ手を離した。


 (まさか……? いや、もっといい情報を手に入れれば……)


 リゼは胸の中で色々思案していた。

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