第27話 無詠唱
ジャックが手を伸ばすと、手のひらから火柱が直線を描き、壁近くの大きな箱まで届いた。そして、ゴーッという音と共に大きな箱が燃えた。
一瞬の出来事だった。
パチパチと燃える音が響き、部屋が赤く染まる。煙がもうもうと上がっている。
アルルは目を丸くするだけで、固まって動けなかった。
「要は、召喚獣と同じ、手から火が発生して箱がどう燃えるかを思い描く。それだけじゃなくて、魔力の流れも思い描く」
またジャックが手を伸ばすと、手のひらから今度は水柱が直線を描き、箱に到達してジューっと大きな音を立てて水が蒸発する。それから火が徐々に消えていった。
「す、すごい!」
アルルは思わず拍手していた。
「こんなこともできるぞ」
ジャックは、テーブルの上のピーちゃんに向かって手をかざすと、ピーちゃんの真上だけ雪が降ってきた。
ピーちゃんの体に雪が積もり、ピーちゃんがくしゃみした。
「風邪ひいちゃうだろ!」
ジャックは笑って椅子に座ると、お弁当の包みを開け始めた。
アルルが早速箱に向かって手をかざしている。何も起こらない。
「先生、魔力の流れがよくわかりません!」
ジャックは、黒パンをちぎりながら、ニンジンとほうれん草と燻製肉の炒め物を食べている。
「やっぱりうまい」
「先生!」
アルルが手をかざしているが、火が起こらない。
「詠唱すると魔法が発生するのに、詠唱しないと発生しない違いはなんだ?」
ジャックが食べながら喋るので、ピーちゃんに食べ物がかかった。
「きたねーな。食ってないで教えてやれよ」
そう言ってピーちゃんが、テーブルからアルルの肩に飛んでいく。
「アルルは、魔力がどんなものかはわかってるんだろ?」
ピーちゃんがアルルに聞いた。
「うん……。ササリーフエキス飲んだことあるし」
(マリーさんにも魔力について教わったんだけど、実際にどうしたらいいのかがわからない……)
アルルは、ジャックに教わった古代魔法を思い出す。
『魔力の光を示せ――魔光視』
さっきジャックが燃やした箱の残骸の周りにゆらゆら光が見えた。そこと反対側の壁の大きな箱から眩い光が漏れている。
アルルは好奇心に抗えなかった。
『封よ解け!』
アルルが詠唱すると、箱の蓋が開いて空中に浮き、地面に落ちた。眩い光が箱から放射する。
「あ……」
ジャックが気づいた。ジャックがちょうど食べ終わった頃だった。
アルルは箱に向かって歩いて行った。目も眩むほど明るく輝いている。
箱の中を見ると、鉱物らしいものがたくさん詰まっていた。
「こらこら。勝手に開けるなよ」
アルルのすぐ背後にジャックが来ていた。
「ジャックさんこれ何?」
「これは、魔石の原石だよ」
「すっごく高いやつ?」
「……まあ。俺は自分で採掘に行く」
「そんなことできるんだ……」
アルルは魔石をまじまじと見つめた。見るのは初めてだった。魔光視の効果は切れていて、今はゆらゆら青白く光っている。
「アルルのササリーフエキスの方が安全だから。普通の人じゃ魔石の原石から魔力を取り出すのは難しい」
「ジャックさん。さっきの答え、教えてください」
アルルはジャックの腕を掴んで、真剣な眼差しでジャックの目を見つめる。
「……わかったよ。あっちに戻って座ろう」
「やっと教える気になったか」
アルルの肩からピーちゃんが突っ込む。
「うるさいピー」
また二人は焚き火のところの椅子に座った。
「詠唱って言葉の力を借りてるんだよ。例えば、癒やせ、と言う言葉で既に意味があるだろ? 知らず知らずのうちに、その言葉と一緒に魔力を乗っけてるんだよ」
ジャックは身振り手振りをつけて話している。
「もう少し細かく言うと、ただ文を朗読するだけだと魔力は乗らない。当たり前だが。癒そうとする思いで魔力が込められ、言葉によって魔法の方向や強さ、対象を決めてるんだよ」
アルルは何度も頷いて熱心に聞いている。
「さて、それが無詠唱だとどうなるか。無詠唱でも通常は手を使う」
アルルは懸命に顎に手を当てて考えている。
「方向や強さは手で表現するとして、魔力を込めるにはどうしたらいいのか……」
「さっき、答え言ったぞ」
ジャックはニヤニヤしながら、お弁当の包みをアルルに渡した。
「ほんと意地悪だな。食うだけ食っときながら」
「うるさいボケ」
ピーちゃんは抗議するように羽をパタパタさせた。
ピーちゃんがこっそりヒントを出した。
「さっき、こいつは『詠唱って言葉の力を借りてるんだよ。例えば、癒やせ、と言う言葉で既に意味があるだろ? 知らず知らずのうちに、その言葉と一緒に魔力を乗っけてるんだよ』と言ってたぞ」
アルルは、ハッとした。
(たぶん、癒す言葉を使わずに癒そうと思えばいいんだ)
アルルは手をかざし、癒す行為について思い描いた。
すると、回復魔法のキラキラする輝きが降ってきた。
「で、出来た!!」
アルルは椅子から立ち上がり、バンザイをして飛び跳ねた。
「おめでとう」
ジャックは、ニコニコしていた。
「ピピ!」
ピーちゃんは、アルルの周りをぐるぐる回って飛んでいた。
「今日はもう帰りなさい」
ジャックが時間を気にしていた。
アルルの頭の上に何度もキラキラが舞っている。
ピーちゃんがアルルの肩に乗った。
「おやすみなさい」
アルルはそう言いながらも頭の上がキラキラしていた。
(嬉しい! ……古代魔法も無詠唱できるのかなあ?)
アルルは帰り道でも色々試していた。かけ慣れた魔法以外は、無詠唱で簡単には発動しなかった。
◇
家に帰ると、挨拶もそこそこに、お茶を飲んでゆっくりしているドリフィーに向かって、
「おばあちゃん、無詠唱魔法できるようになったよ!」
と勢いよく報告した。
「おお! そりゃよかったねえ。おめでとう」
「ピピ!」
「ピーちゃんも応援してくれてたのかい? ありがとうね」
「ピピピ」
ピーちゃんは羽をばたつかせた。
「採取行ってくる!」
「気をつけてね」
「はーい」
ササリーフ摘みをしながら、無詠唱について色々と考えていた。
(攻撃魔法を無詠唱するとどうなるんだろう)
「こんばんは、アルル」
(この声は、アレンだ)
振り向くとアレンが立っていた。
「こんばんは」
アルルは手を休めず、挨拶した。
アレンは無言でしゃがんで手伝ってくれた。
二人はずっと無言だった。お互いに気まずくて何も喋れなかった。ピーちゃんもおとなしく肩にとまっていた。
あっという間に籠いっぱいになった。
アルルはボソッと呟いた。
「……ありがとう」
「ごめん、勝手に手伝った」
アレンがそう言うと、アルルは何も言わず籠を持って家に向かった。
◇
帰ると、籠からササリーフを取り出し、保管用の木箱に移した。翌日、ドリフィーがこれをペースト状にしてくれる。週末には煮詰めてエキスにし、市場へ売りに行くのだ。
ドリフィーは、寝室に行ったようでいなかった。アルルはお風呂に入り、寝室に行った。
ピーちゃんがあくびをしている。しかし、アルルはこれからやろうとしていたことがあった。
「おばあちゃんには内緒で畑に行くの。ピーちゃんはお留守番する?」
「一緒に行くよ。眠いけど」
アルルは杖を持って、畑に向かう。肩にピーちゃんを乗せて。
『光よ』
真っ暗な中、杖の光だけポツンと灯っている。
「何をするんだい?」
ピーちゃんが眠そうな顔で聞いてきた。
「無詠唱と、新しい古代魔法の練習よ」
「いいね!」
ピーちゃんは目を瞬いた。
アルルは、ヴォルバグを探した。なかなか見つからない。
(昼間は動いてるからわかりやすいけど、夜はわからないな)
「ヴォルバグって火に弱かったっけ?」
「ああ、確かそうだ」
「ありがと。ピーちゃん」
「ピピ!」
『火よ駆けろ!』
アルルが詠唱すると、大きな火の玉が畑の上を舞いながら一周した。
途中、大きな甲虫が数匹、はねを出して飛び跳ねた。
(何匹もいた!)
「ピピ!」
アルルに気づいたヴォルバグが、飛んできた。
左右から一匹ずつ、中央から一匹ものすごい勢いで飛んできた。
「跳ねよ!」「氷よ、足止めせよ」『硬直せよ』
それぞれに足止め魔法をして、一呼吸した。
「落ち着け。攻撃は一匹に集中だ」
ピーちゃんが羽を震わせて言う。
「わかってる」
アルルは左のヴォルバグに集中した。
「燃えよ」「雷よ」「凍れ」
まだ、一匹も倒れない。
「炎よ、焼き尽くせ!」
炎の範囲魔法。以前ドリフィーが詠唱していたものだ。左のヴォルバグが地面に落ちた。腹を天に向けて倒れた。
「いけるぞ」
二匹は目の前に来ていた。
アルルは、一瞬のうちに後ろに十メートル下がっていた。
「!」
(今の……無詠唱?)
自分でも驚いていた。即時後退魔法を無詠唱でやっていた。
「跳ねよ!」「氷よ、足止めせよ」
今度は、中央のヴォルバグに集中した。
「燃えよ」「雷よ」「凍れ」
連続魔法でヴォルバグを倒した。残るは一匹。
アルルの前に透明な防護壁がかかる。詠唱はしていない。
(まただ!)
「やった!」
「コツを掴んだようだな」
ピーちゃんがアルルの肩に乗った。
ヴォルバグが硬直した。体が燃え、雷に打たれ、氷で包まれた。
アルルは無言だった。ヴォルバグが倒れた。
アルルは、ピーちゃんを見た。ピーちゃんも見ていた。
「よくやったアルル」
「ありがとう」
「もう遅い。帰って寝るぞ」
ピーちゃんはそう言って欠伸をした。
畑の端の木の影から一人の影が動いて居なくなった。
◇
その頃、ルーヴェンの炉火亭酒場では、客もかなり減っていた。
カウンターで飲んでいるダンテにリゼが声をかけた。
「あの件どうなったの?」
「今動いてるみたいだ」
リゼはイライラしている。
「報酬は? まだなの?」
「焦るな。まだ何も成果はないんだ」
「証拠が見つかった段階でもらえるはずよね?」
「……主導権は向こうにあるんだ。一応聞いてみるが……」
リゼは、ダンテの手に手を重ねた。
「私たちに危険はないでしょうね?」
「話は通ってるから、ないはずだ。もう少し待て」
ダンテはニヤッと笑った。
「悪いようにはしない」




