第15話 ネブリスの秘密
アルルは、夕ご飯の芋スープを一気に飲み干すと、ドリフィーに聞いた。
「おばあちゃん、召喚の練習していい? まだ慣れてないから」
「いいわよ。でも、あんまり遠くに行かないですぐ帰ってくるんだよ。……腹ごなししといで」
ドリフィーは優しく微笑む。
――夜、人目につかない場所で召喚する。その名も《舵チョウ》。
『……我が召喚獣を召喚させたまえ! 《舵チョウ》!』
地面に緑色の魔法陣が広がっていき、大きな白いダチョウが現れた。
召喚は、古代魔法だ。
この前ベルフィーの家に行った時、《虎ック》は、普段使っているが、表向きは『魔獣』を慣らして使っていると言っているらしかった。
言葉に出さなくても、乗ろうとすると《舵チョウ》は足を曲げて背を低くしてくれた。
「よいしょっと……」
首の根元にまたがると、《舵チョウ》は羽を広げた。少しずつ浮上していく。
「あははっ!」
くるくる舞いながら高く飛ぶ。隣の守り木の高さを軽く飛び越していく。まだ真っ暗になりきらない、薄暗い空が近づいてくる。
曇り空なのか星は見えないが、薄雲に隠れた月が光っている。
アルルは、湖や森の上を素早い速さで飛び回った。遠くには街の明かりが見える。
南の森の先――あの洞窟には誰がいるんだろう。
あのネブリスを三人で追いかけてたどり着いたあの洞窟。人が住んでいた。
あれからずっと、頭から離れなかった。
空から行けば、たやすく行けるだろう。
(おばあちゃんに言ったら、絶対ダメって言うよね……)
アルルは、悩んだ。
――こんなことで悩んでたら、世界なんて変えられない。
私だって簡単にやられない。
アルルは深呼吸をすると、迷いの森方向へ飛んだ。
月明かりに林冠がたくさんこんもりと見えている。
あの森の下にはたくさんの魔物がいるんだよな。
アルルは少し身震いする。すると、ほんの少し下降した気がした。
もう少しだ。もう少しで、迷いの森の向こうの開けた丘に着く。
遠くに海が見えてきた。白波が見える。左側には港町の明るい夜景が見えた。
目の前の開けた原野の上に着地した。丘といってもほんの少し傾斜がある程度だ。
まだ少し膝が震える。
またネブリスが出てくるといけないので、召喚したままで歩く。
西の洞窟の前についた。中は真っ暗だ。潮風が吹いてくる。
どうしよう。……いや、自分の魔法を信じよう!
『光よ』
杖の先に光が灯る。《舵チョウ》の首を握りしめながら、ゆっくりと中に踏み出した。
「ホロゥ……」
自分がびくつくと召喚獣が鳴く。
下に降りていくと、焚き火の灯りが差していた。壁にくっついて覗いた。
すると、一人の男が焚き火の隣で椅子に座って、何か飲んでいた。
――灯り、消し忘れてた。
慌てて『光よ、消えよ』と唱えて、また覗き込むと、目の前に男が立っていた。
(!! やば!)
「誰だ?」
「跳ねよ!」
アルルは、瞬時に唱えたつもりだったが、魔法は弾かれた。咄嗟に逃げようとした。
「待った! 落ち着け」
『硬直せよ』
男が唱えると、アルルの体は今の体勢のまま動かなくなった。
(変な魔法かけられた! あれ? 古代魔法だわ!)
「それ、召喚獣だろ? 君は……先日迷いの森に来ていた三人組の一人か」
(え? なんで知ってるの? 見てた?)
男がアルルの顔を覗く。男は、見た目四十歳前後で背が高い。
「……面影がミーナに似てるな。もしかして娘か?」
お母さんのこと知ってるの?
「危害は加えないから……。魔法を解くよ」
『戻れ』
「ハァハァ」
アルルは震えた。
「お母さんのこと、知ってるの?」
「なら、お前がアルルか」
「えっ?」
アルルは目を丸くした。
「俺は古代人だ。一度お前とは会っている」
「……どこで?」
「白い蛇に会っただろう? あれは俺だ」
男はそう言うと、瞳孔が細くなる。
顔の色が白くなって鱗が生えた。
服は消えて、手足が胴と一体化していく。
皮膚が鱗になり、焚き火の光を反射した。
あっという間に洞窟の高い天井に届くほどの大蛇に変身した。
(ほんとだ……!)
アルルは、口を開けたまま召喚獣の首を握る。
「ホロゥ……」
ネブリスは、アルルの顔に顔を近づけた。赤い舌がアルルの目の前をチョロチョロと動いた。
アルルは後ずさる。
その瞬間、白蛇は小さくなり、もとの男の姿に戻った。
「これも古代魔法。熟練すれば、無詠唱で魔法を使えるようになるんだ」
「ほ、ほんとに?!」
アルルの目が輝いた。
「ドリフィーは元気かい?」
(おばあちゃんも知ってるんだ!)
「うん、元気だよ!」
「俺の名は、《ジャック・エルカーン》よろしくな」
ジャックは右手を差し出した。
「私は、アルル・ベリファード。よろしく」
二人は握手した。
「一つ、お願いしたいのだけど……」
「なんだ?」
(なんとなく想像はつくが……)
「古代魔法、教えてください!!」
「いいけど、すぐに身につくかは知らんぞ? 努力が必要だ。……アルルなら、そのうち訪れるとは思っていたよ」
「はい、頑張ります!」
「俺は甘くないぞ?」
ジャックは腕を組んだ。
「はい、ついていきます!」
「なら、教えてやる」
「やったあ!!」
アルルは飛び上がった。
「ホロゥ!」
「今日は遅いから、もう帰れ。学校通ってるんだろ? 明日学校終わったらここに来い」
「はい! じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。気をつけて帰れよ」
アルルは手を振った後、洞窟の入り口から《舵チョウ》に乗って帰った。
家の前に着いて『我が召喚獣よ、元に戻れ!』と唱えると、召喚獣の姿がふっと消えていった。
「アルル……?」
振り向くとアレンが立っていた。
「今の……何?」
「あ……、えと。召喚獣ってやつよ」
「それ、古代魔法?」
「うん」
(見つかっちゃった)
「すごいな!」
アレンが近づいてきた。
「アレンは、いつもの見回り?」
「そうだよ。……アルルが古代魔法使えるなんて、びっくり」
「みんなには、内緒ね」
「うん、わかってる」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
アレンはアルルが家に入るまで、見守っていた。
「ただいまあ!」
「遅かったわねえ! 無事でよかった」
ドリフィーは、アルルを抱きしめた。
(心配させちゃった……)
「ごめんね、おばあちゃん。遅くなって」
アルルは、ドリフィーの体を離すと、目を見た。
「おばあちゃん、怒らないで聞いてくれる?」
「なあに? ことと場合によるけど?」
「うーん……じゃあ、いいや」
「もしかして、ジャックと会った?」
「!! ……おばあちゃんなんでもわかるのね」
「あら、図星かい。まあ、それくらいしか思い浮かばないよ」
ドリフィーは笑っていた。
「ジャックってどんな人?」
「まあ、お座り。蜜湯でも飲むかい?」
「飲む」
ドリフィーは、飲み物を準備しながら、話した。
「戦争に参加してたと思うんだけど、戻ってきたみたいだね。実は素性は知らないんだ」
「そうなの?」
ドリフィーは、アルルの前に蜜湯の入ったカップをコトッと置いた。
「何せ、魔王より長生きしてるからねえ」
「うぐっ……ゴホゴホッ」
アルルは咳き込んだ。
「それ、どう言うこと?!」
「彼は古代人で、永遠の命の魔法を使ったらしいわよ」
「ほんとに?」
(あの人、永遠の命なんだ……)
「あ、明日から古代魔法教えてもらいにいくことにしたから。おばあちゃんが反対しても行くよ」
「へえ。お前、気に入られたね。あんまり人と関わろうとする人じゃなかったからね」
ドリフィーは笑う。
「それ飲んだら、今日は採取いいから、早く寝なさい」
「はーい」
アルルは、カップを両手で持って、飲み干した。
「おやすみなさい!」
「おやすみ、アルル」
アルルは部屋にいってベッドに入るが、なかなか寝付けなかった。
(無詠唱とか。出来たらかっこいいな……)
古代魔法について色々考えていると、そのうちに眠りについていた。




