8. 恋愛工作開始します
そしてとうとう舞踏会の日がやってきた。昼過ぎから私は、掃除に会場準備にと働きっぱなしだ。他の使用人たちとモップでホールを掃除して、テーブルを拭き、清潔な白いクロスをかける。そしてグラスやら皿やらを運んで並べた。
他の使用人からは、ルーカス専属の使用人であることに対する同情の言葉をたくさんもらった。使用人たちは私を見て気の毒そうな顔をして、口々に言うのだ。
「セリオ、大丈夫? 」
「まだ十七歳なのに、ルーカス様のおもりをしなきゃいけないだなんて」
「溜め込みすぎないようにね」
使用人の間でもルーカスの悪評は高いのか。だが、意外と私は平気だ。確かにルーカスに暴言を吐かれることは度々あるが、根っからの悪人ではないと思うこともある。例えば、私の淹れたブレンドティーを貶しながらも喜んでくれたり、部屋が片付いたら嬉しそうにしていたり。今回の舞踏会の準備だって、貶しながらも頑張っていることを認めてはくれた。だからといって、ルーカスに惚れることはないのだが。
「ルーカス様も、舞踏会ではやくいい女性を見つけて欲しいです」
ぼやく私に、人々は言う。
「ルーカス様も相手を見つけたら、おとなしくなられるかもね」
「相手が見つかればだけど」
そう言って、私たちは笑う。
父親が爵位を剥奪されてから、私たち一家は孤独な日々を過ごしていた。街に行けば噂され、後ろ指をさされてしまう。だから必要時以外は、森の外れの家で人目につかないように生活をしていた。だからこうやって、人々に関わるのは久しぶりだ。そして皆は私がセシリアだとは知らないから、変な目で見ることもなく話してくれる。それが何だか嬉しかった。ルーカスのおもりは大変だが、こうやって人と関わるのは楽しい。意外とこの仕事が好きかもしれないと思ってしまうのだった。
そして……いつの間にか陽も傾き、舞踏会の時間が迫ってきた。私は招待客をホールに案内したり、食事や飲み物を運んだりと大忙しだ。令嬢たちは公爵家に呼ばれたからだろうか、とても華やかで美しいドレスに身を包んでいる。私なんかよりもずっとずっと綺麗だ。そんな令嬢たちを、内心羨ましくも思ってしまうのだった。だが私は平民だ。私は私の仕事をやり遂げなきゃ。
「ようこそいらっしゃいました」
私は深々と頭を下げて令嬢たちを迎え、
「どうぞ、あちらへ」
ルーカスのいるほうへ案内する。令嬢たちはルーカスを見て一斉に目をハートにするものの、当のルーカスは興味がないらしい。来賓の男性と話し、令嬢に近寄ろうともしないのだ。
……あれじゃあ、駄目だ。もっと頑張らねば!
気付くと、ホールにはいい香りが立ち込めている。どうやら料理が次々に出来上がっているらしい。私は、女性の好きそうなタルトやパスタを、わざとルーカスの近くに配置する。そして、令嬢たちに声をかける。
「料理が出来上がりました。よろしければ、お取りいたしましょうか? 」
そしてタルトやパスタを次々に取り分けた。
「ルーカス様のお近くの席が空いています」
なんて、ルーカスの周りに次々に令嬢を送りながら。
それでもルーカスは無視をし続けている。本当に興味がないのだろうか。それとも、やけになって興味がないふりをしているのだろうか。そしてあまりにもルーカスが女性に関わろうとしないため、私は暴挙に出た。
「ルーカス様、ご歓談中失礼します。
……ご令嬢たちも、ルーカス様と話されたいのではないでしょうか? 」
ルーカスは、怒りのこもった瞳で私を見る。嫌だ嫌だと言っているのに、私が令嬢たちをけしかけるからだろう。だが、今日の舞踏会に私の運命もかかっているのだ。何としても、いい令嬢を見つけてもらわないと……!!
「おい、クソチビ」
ルーカスは。いつものようにイライラしながら私に告げる。
「どういうつもりだ? 」
どういうつもりも何も、ルーカスにいい令嬢を当てがうだけだ。どの令嬢もおしとやかで綺麗なのに!
「で、ですからあの……ルーカス様も、新しい恋をしたほうがいいかと思いまして……」
ここで負けては行けないと思い、私は必死で答える。
「この世には、女性は星の数ほどいますから……」
「それでも俺はセシリアを愛しているんだ」
一瞬、ホールが静まり返った。ルーカスが大きな声を出すから、令嬢たちも何事かとルーカスを見ている。令嬢たちの前でセシリアに惚れているだなんて言ってしまったら……非常にまずい。令嬢たちは諦めてしまうだろうし、セシリアが槍玉に上がってしまうかもしれない。
「そ、そんなこと言わずに!ルーカス様!! 」
私は必死だ。必死でぐいぐいルーカスを令嬢たちのほうに押し続けている。それなのに、ルーカスは石になったように動かないのだ。
「……なあ、クソチビ。いい加減にしろよ」
ルーカスはあからさまにイラついた声で言う。
「お前、そんなに俺が結婚して欲しいのなら、とっととセシリアを連れてこい!! 」
もう!なんでそうなるの!? そして、こんなところにセシリアが来るはずなんて、ないのだから。
それから私は、ルーカスにくどくどと説教を喰らった。令嬢達の前で。令嬢達はこんな性悪のルーカスに、正直引いているのだろう。いつの間にか一人また一人と令嬢は消え、代わりに令嬢たちに囲まれたジョエル様がいた。人のいいジョエル様は令嬢たちに紳士的に接して、大人気のようだ。ジョエル様を見ていると、なんだかルーカスを恥ずかしくも思う。
ルーカスはアルコールも入っているのだろう、その説教は厄介なオヤジみたいになっている。
「なあ、クソチビ。
お前使用人のはずなのに、時々どこかの令嬢みたいな所作をするよな」
ルーカスはワイングラスを片手に持ちながら私に言う。そしてその言葉にドキッとする。今の私はセリオだ。出来る限り男らしくしているし、庶民らしくしている。だが、十五年間で身についた貴族の振る舞いは、なかなか抜けないようだ。……本当にもう平民なのに。
「わっ、私は貴族様に憧れていまして……それで、貴族様のマネをしておりまして……」
苦しすぎる言い訳をする。だが、貴族様を持ち上げたため、ルーカスは上機嫌だ。
「お前みたいなクソチビが、貴族になれるはずがない」
「ですよね……」
苦笑いする私を前に、ルーカスはぐいっとワインを飲む。そして続ける。
「でも、貴族がいいってもんじゃないぞ。どこかのクソチビに、興味のない女をけしかけられるし。自由気ままに過ごすと、後ろ指さされるし」
ルーカスは後ろ指を指されていることに気付いているのだ。そしてもしかすると、悩んでいるのかもしれない。
「俺はお前が羨ましい。
不器用なくせに我が強くておせっかいで。皆に好かれて、いつも楽しそうで……」
正直、ルーカスがそんなことを思っているとは思わなかった。ルーカスは孤高の帝王で、人の評価なんて気にしないと思っていたのだ。
「俺がお前だったら、セシリアは惚れるのだろうな」
ルーカスの切なげな眼差しを見て、胸がずきんと痛んだ。ルーカスが私を褒めてくれるのも、酔っているからだろう。だが、そんな風に思われていて、素直に嬉しかった。
「私も、ルーカス様は少しはいいかただと思っています。
仕事も出来るし、一途だし……」
素直に褒めたつもりだった。だが、ルーカスは
「喧嘩売ってんのか」
荒ぶる。
……そう。ルーカスと関わるようになって、彼の色んな面を見た。自己中なところや、暴力的なところ。だが、時に繊細で、時に優しい。もっと色んなルーカスを見たいと思って、首を横に振った。変な気を起こしてはいけない。私とルーカスは、ただの主と使用人の関係だ。
「ルーカス様。私はそろそろ持ち場に戻ります」
これ以上ルーカスといてはいけないと思い、立ち上がって慌てて去る。なぜだか分からないが、胸がドキドキとうるさかった。
きっと、ルーカスが珍しく褒めてくれたからだ。褒められた後は必ず、貶しが来るのだから。
ルーカスから離れて一息ついた私。胸は相変わらずドキドキとうるさい。こんな私を呼んだのは、久しぶりに会うお兄様だった。
「セリオ、やってるな」
お兄様は笑いながら言う。そんなお兄様、公爵家騎士の服を着て、とてもかっこいい。私が妹ではなかったら、惚れるかもしれない。
「調子はどう?
その様子だと、ルーカス様と上手くやってるみたいだな」
「は? 上手くやっていないって!! 」
私は思わず大声を出す。そして周りの視線を感じて、慌てて口を塞いだ。いけないいけない、私は今使用人だし、騎士とこんなにも親しげに話してもいいのだろうか。
お兄様は声を落として言う。
「それでも、精神的に病んでる顔はしていない」
「十分に病んでるよ。でも、彼に何としてもいい女性を見つけてもらわなきゃ」
だから私は、病んでいる暇なんてない。
「それなのにルーカスは、全然女性に見向きもしないし、令嬢たちも逃げてしまう」
ため息混じりに告げていた。
お兄様はしばらく考えるように下を向いていた。そして、急に思い立ったように言う。
「それなら、力技でいくか!」
「えっ!? 」
「俺たちで、女性たちをルーカス様のほうに押し付ければいい!」
「さっすが!! 」
そうと決まったら私たちは早かった。私は皿を運ぶふりをして、令嬢をぎゅうぎゅうルーカスのほうに押していく。
「向こうに行ったほうがいいですよ!」
なんて言って。
か弱い令嬢たちはきゃあーっと悲鳴を上げながら、どんどんルーカスのほうに押されていく。
お兄様もお兄様で、
「ご令嬢。あちらが空いていますよ。共に行きませんか? 」
そう優しく令嬢に声をかける。お兄様は顔も良く、騎士服を着ているため極上の男に見えてしまう。だから令嬢たちはふらふらとついていってしまうのだが……あれ、完全にお兄様目当てでついていっているよね!? ルーカス目当てではないよね!? と、不安になるのだった。
そしていつの間にか、ルーカスのいる辺りは、令嬢たちでごった返していた。きゃあきゃあ声が聞こえるが、その中心にいるのは、なんとお兄様なのだ。
……駄目じゃん!!
私が大きくため息をついた時だった。
「お前、何のつもりだ」
地の底から湧き起こるような、恐ろしい声が聞こえた。思わずビクッと飛び上がってしまった私の前には、いかにも不機嫌そうなルーカスがいる。
ルーカス、いつの間に!?
「も、申し訳ございません。ルーカス様に令嬢たちをと思いまして……」
そう言って、えへと笑う。こんな私を、イラつきにイラついたルーカスは怒鳴り飛ばしたのだ。
「余計なことをしやがって!テメェ、足洗って出直せ!! 」
「は、はい!! 」
私は返事をして、大慌てでシャワールームに飛び込む。そして、大きなため息をついていた。




