8話 準備
ナオトが牢屋に入れられてから三日目。リムルが売られる日まで後五日
ナオトは昨日、丸一日牢屋から出ずに大人しく過ごした。
もちろんただ休んでいたわけではない。リムルからこの世界についてさらに詳しいことを聞いていた。
どうやらこの世界の文化レベルは近代ぐらいはあるようだ。大掛かりな機械は存在しないものの、それに代わる魔法が発達している。飛行船、列車、船などの交通手段や、通信魔法を介した電話のようなものもあるが、パソコンやスマートフォンなどに変わる高度な情報端末のようなものは無いようだった。
ただ政治制度は以前リムルから説明されたときは、王制だということしか聞かされていなかったが、どうやら実態は複雑らしい。
「現在の女王は15歳なんです。私より一つ下ですね」
「リムルは16なのか?」
「あ……えっと私は自分の誕生日も分からないので、正確には分かりませんがおそらくそうです」
「ふーん、俺も16だぜ」
さらっと顔を見せた重い過去には取り合わず、ナオトも自分の年齢を伝える。元の世界では高校一年であった。
「同い年なんですね。……それで話は戻しますけど、当然女王は政治を執り行うには若いですから、その親である貴族が代わりに行っています……建前上は」
「女王は傀儡で、実権はその貴族が握っているってことか」
どうやら政治のレベルは中世、日本で言うと平安時代のころのようだ。摂関政治っていうんだっけか。
「それで……なんだ反魔法ってやつについても聞きたいんだが」
「私も伝聞程度の情報しか持っていませんけど、それでいいなら」
「まずもっての疑問なんだが、リムルたちの首輪にかけられている……その、隷属の魔法だったか? それは無効にならないのか? ……いや、まあ結論は無効にならないで分かってるんだが」
「……そうですね。反魔法は魔法を発動出来ないだけであって、既にかけられている魔法の阻害はしませんから」
「首輪のは既にかけられている魔法ってことになるのか。それで命令するだけなら、魔法扱いじゃないと」
「そういうことみたいです」
なるほど。これならリムルが反魔法の牢屋の中に居ながら、ミーナの命令に従わないといけない理屈が通じる。
「その、ナオトさんの……すまあとふぉん、でしたか? それが没収されなかったのも、魔法具じゃなかったからだと思います」
「そうなのか?」
「はい。念を入れてナオトさんに魔力を探る、探知の魔法をかけていたみたいですけど、隠し持っていたすまあとふぉんには反応していませんでした」
「なるほどな。……それでも持ち物チェックくらいはしそうだが」
「この世界は魔法を中心に回っています。魔力が宿る物を持っていなければ、それで確認は十分ですから。魔法以外の手段でこの牢屋を抜け出るなんて……それこそナオトさんの神力くらいしかありえません。本当、神力といい、すまあとふぉんといい、ナオトさん一体何者なんですか」
「俺にも分からなくてな」
ここぞとばかりに記憶喪失設定を盾に取るナオト。
「……まあ、そういうことにしておきます」
リムルにはそろそろバレていそうだが、追及はしてこない。
と、この世界の知識を蓄えると同時に、ナオトにはもう一つの目的があった。それは。
「おう、息巻いていた割には大人しいじゃねえか。本当に脱出するのか?」
「……隊長自ら見張りか? 人望ねえな」
「交代制なんだよ。退屈な役目だが今日はおまえのくすぶっている姿を見れたから、まだマシだな」
俺を荷物扱いした憎きラウイが、牢の外から煽ってくる。
今すぐにでも神力を使って殴りに行きたいところだが、そんなことをしたら今考えている企みがパーになる。何とか我慢するナオト。
「……ちゃんと人数はいるな」
「脱走できないんだから当然だろ」
「いやいや、死んでいる可能性があるじゃねえか」
ラウイの調子から冗談は感じられない。本当にそういう風に思っているんだろう。
「ほら、飯だ。ありがたく食えよ」
ラウイはそう言って鉄格子の隅、人が通ることは到底できないような小さな扉から夕食を入れる。食事といっても人数分だけのパンしか無いが、こんなものでも無いよりかはマシだ。
「へいへい、ありがたく貰っておきますよ」
「水は部屋の隅にあるから、足りないようなら腹の足しにしたらどうだ」
「……どうしたんだ、そんな俺の身体を心配して」
「おまえに死なれちゃ困るんだよ、首輪が届いた際にはこき使ってやる予定だからな」
ラウイはナオトを目の敵にしている。初日におちょくったことに腹を立ててるんだろう。
「それじゃあな。俺はここ以外にも見ないといけないからな」
ラウイが牢屋の前から去っていく。
それを見送って、完全に離れたことを確認してからナオトは手持ちのスマートフォンを見る。
「昨日と同じ時間……あいつら案外几帳面なんだな」
ナオトが昨日、今日動かない一番の理由はこれであった。
見張りが来る時間が一定なのかを計るため。
これから神力を使ってこの牢屋から抜け出し動くつもりのナオト。ミーナの命令を解除させるためにすることは山積みだ。
しかし抜け出したことがバレては自分の行方捜索が始まり、警備のレベルが上がってしまうだろう。そうすると動きづらくなる。だからナオトは抜け出しては見張りが来ている間は牢屋に戻ってを繰り返して、少しずつ手を進めていくつもりだった。
なので、見張りが来る時間が一定なのかの見極めは死活問題だったのだが……。
「どうやらそれも問題ないみたいだな」
基本的に見張りは配食係も兼ねているようで、一日に朝夜の二回訪れる。初日の見張りは配食しなかったが、それは俺たちの牢屋が騒動でうるさかったから臨時で見に来たということのようだった。
そこまでは二日目を通して分かっていたが、どうやら今日も通してその時間まで一定なのが分かった。朝は午前七時、夜は午後七時。きっちりと十二時間ごとだ。
こういう見張りの時間を一定にすると、その間は何をしてもばれないということで不都合が出そうだが、この牢屋は窓も無い地下で時計も無いため時間の確認が出来ない。だからこれまでは通用してたのだろう。
しかし、こちらにはスマートフォンがあるため、時間の確認はばっちりだった。
「これで準備は整ったな……」
本当はあと一日くらい様子を見て、見張りの時間を確認したかったが……タイムリミットも遠くない。これが限界だろう。
「明日の午前七時……朝の見張りが行った後に行動開始だ」
そして翌日。ナオトが牢屋に入れられてから四日目。リムルが売られる日まで後四日。
「飯だ」
朝、無口な見張りが置いて行った飯を腹に詰め込む。去ってから、十分に時間を置いてナオトは口を開いた。
「いいか。これから俺は動く。その間絶対に騒ぐんじゃないぞ。見張りが来るからな」
牢屋に残る人々に十分に言い聞かせる。
「で、ですがもし来た場合はどうすればよろしいでしょうか」
一人の男が手を挙げて発言した。
「無いとは思うが……その時は知らんの一点張りで押し通せ」
「……は、はい」
その男の顔は『無茶だろ』と言わんばかりだったが、口に出してナオトの機嫌を煩わせることは無かった。
「……ナオトさん、行ってらっしゃい」
本当は心配しているのだろう。しかしリムルはそれを表に出さずに、俺に負担をかけさせないようにいつもの調子で見送る。
「ああ、行ってくる」
だから、ナオトもいつもの調子で答えて神力を発動。
牢屋から抜け出した。