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9話 カミセ

書き溜め尽きたので気まぐれ更新になります。

 ナオトの神力、短距離跳躍ショートワープは10mまでなら瞬間移動が可能だ。

 それを使えば牢屋を抜け出すことも容易である。

 しかし、鉄格子の外に出ただけでは始まらないのも事実。

 地下の廊下を誰にも見つからず抜け、ミーナ曰く鍵がかかっているらしい地下と地上の扉をクリアするには手間がかかる。

 だから……ナオトは一回目で地上に出る選択肢を取った。


「ここは……物置か?」

 瞬間移動した先を見回すナオト。薄暗い部屋には掃除道具、壊れた家具など雑多に物が詰め込まれている。

 ナオトはガトルハット公爵の館の一階、閉じ込められていた牢屋のちょうど真上の位置にいた。

 短距離跳躍ショートワープの範囲は10m。これは横方向だけでなく、縦方向にもである。

 それに気づいたときナオトは使えると思った。前に10m進むのと、上に10m進むのでは恩恵がかなり変わってくる。

 唯一の心配は転移先をミスって『壁の中にいる』状態になることだったが、これまでの二日間で神力を使ってみて物体を壁の中に送り込もうとしても失敗することは確認していた。物体に物体を貫通させるような跳躍ワープは出来ないということなのだろう。

 そして目論見通り、地下部分はスキップすることが出来た。

「まずは一階部分から探索するか……いや、それとも……」

 考えこむナオトは、バタン!という音で顔を上げる。


「……ん? 何か落ちたか…………あ」

「はあ、来る日も来る日も掃除。嫌になるな…………え?」


 扉を開けて入ってきた者と目が合う。

 地味ったい顔つきで疲れているのかどんよりとした雰囲気が出ている男。年は30くらいだと思われる。

 そこまで確認して、ナオトはニヤリと笑った。


「手間が省けた。カモがネギをしょってくるとはな」

「迷い込んだのかい、君。……って、あれ? 今日はまだ来客は無いはずなのに。……もしかして侵入者!?」


 外の警備隊に知らせに行こうとあわてて踵を返す男。自分で何とかしようとせずに、その役目を持った者に任せようとする判断は正しい。それに男は部屋に入ってきたばかり。男の方が扉に近く、部屋の奥にいるナオトは取り押さえることは出来ない。

 しかし、お互いへの認識はナオトの方が早かった。そのおかげで男より一手早く取れた行動は。


「侵入――へぶっ!?」


 ドアを閉めることだった。

 この部屋に来てから既に一分は経っている。冷却時間クールタイムを終えた神力を発動させて、ドアを開けた状態から閉めた状態に移動させた。

 男は予期しない事態に思いっきりドアにぶつかり、情けない声を上げ尻餅をつく。

 一連の事態を悠々と見ながら近づいたナオトは、男の肩に手をかけ耳打ちした。

「なあ、話があるんだ。おまえ……主人を裏切る気はねえか?」

「……は、話? う、裏切る?」

 男はいきなりの出来事について行けず、目を白黒させていた。




「それでナオトさんは誤って奴隷にされかけてると」

「そういうことだ」

 物置の中には足がぐらついている机とイスがあった。そこに二人は腰かけている。

 ナオトはあの後、さすがに話が唐突すぎたかということで自分の状況を男に語っていた。その有無を言わせない態度に押された男……カミセという名前らしい……は、大人しく話を聞いている。

「そこまでは分かりましたけど……私が裏切るというのはどこに繋がるのでしょうか?」

「ここからが本題だ。俺はリムルを奴隷から解放しようと考えている。そのために動くつもりなんだが……館の内部事情を知っている協力者がいたほうがスムーズに事が運ぶと思ってな。おまえに話を持ち掛けてるわけだ」

「……具体的にはどうするつもりなんですか? ミーナ様が一度出した命令を撤回するようには思えませんし、ここから脱出するのも難しいと思います。それに私が裏切りに協力するメリットがないように思えますが?」

 カミセの口から出てきたのは否定ばっかりだが、それはちゃんと話を理解しているという証拠だ。興味を持っているようで、ナオトは満足する。


「その全部を一発で解決する方法がある……と言ったら、どうだ?」

「……信じられませんね」

 カミセは疑いの眼差しを向けてくる。

「細かく見るから問題は難しくなるんだ。もっとマクロな視点を持てば物事は簡単になる」

「……?」

 なおも首をひねるカミセにナオトは答えを告げた。

「俺の狙いは一つ。ガトルハット侯爵の所有証を奪う……それだけだ」

「っ……!? それは……!?」

「所有証。所有に関する契約の証明になる魔法具マジックアイテムだったよな」

 リムルからはそう聞いた。現代で言えば銀行通帳や土地の所有証明書などを総まとめにしたものという認識でいいのだろう。


「そうですけど……所有証を奪うって、その意味を理解してるんですか!?」

「ああ。ガトルハット侯爵が持っている財産……金も、この館も、そして奴隷さえも全て奪うってことだな。罪のない人間を奴隷にするような悪人だ。少なくとも俺は罪悪感が沸かないな」

「……正気じゃありませんよ」

「だけど、これでさっき言ってた問題は全て解決するだろ。ミーナが命令を撤回しなくても、俺が奴隷の主になるわけだから命令を撤回できる。俺の館になるわけだから脱出する必要もない。そしてこの話に乗れば、奪った財産からおまえにいくらか礼として報酬を出す。……ほら、全部の問題が解決だ」

 ミーナは奴隷に対して命令出来る立場だが、実際に所有しているのはその親、  侯爵だ。だから俺が奴隷を所有することになれば、ミーナの命令できる立場を奪うことが出来る。


「それは解決するかもしれませんけど……まず、その所有証を奪うっていうのが無理です! どれだけ警備が厳重だと思ってるんですか!?」

「まあ、だろうな。全財産を管理する所有証だ。大事に金庫にでも入れてるだろうよ。そこで俺の力の出番だ」

「力……?」

「見てろ」

 カミセに分かりやすく示すためにナオトは短距離跳躍ショートワープを使って床に落ちてたボールを手に納めて見せた。

「今のは……」

「俺の力だ。どうだ、これで金庫の中から所有証だけを取れば行けると思わないか?」

 箱などの中から、外に物体を転移できることはすでに確認している。そもそも最初ポケットの中からスマートフォンを取り出せたことで出来ることは確信していたが。

 短距離跳躍ショートワープが有用だと思った理由はこの使い方が主だった。これなら移動可能距離が短いことも関係ない。


「今のは……魔法じゃないですね。そのような現象聞いたことありません」

「ん、よく分かったな。詳しくは言えないけどそうだ」

「それなら金庫の対魔法セキュリティシステムの無視も可能……いや、ですが……………」

 カミセは悩んでいる。


 それもそのはず。今のカミセの状況は出会ったばかりの俺に『一緒に強盗やろうぜ』と誘われているようなものだ。そんなの誰だって乗るわけがない。それでも今悩んでいるということは俺の提案に乗っても良さそうだと、上手く行きそうだと思い始めている証拠だ。

 よし……後は駄目押しに。

「おまえに協力して欲しいことは、所有証がありそうな場所を教えてくれること……それだけでいいんだ。上手く行けば謝礼を渡すし、俺がこの館の主になった後もここで変わらず働きたいなら待遇も良くする。……場所をちょっと教えるだけで、今の環境が変わるんだ。いい話だと思わないか?」

 ナオトが取ったのは交渉する際のテクニックの一つだ。最初に無理な条件を吹っかけて、断られたところで簡単な条件を示す。これにより前者と後者の比較が行われ、敷居が下がるのだ。

 主人を裏切るという条件を見せてから、場所を教えるだけでいいと緩める。それに上手く行った際の好待遇を明確にする。

「それは……」

 カミセの様子から、心が傾いたのを察するナオト。


 これは……行けそうだな。

 もともと上手くいく可能性は高いと思っていた。ナオトが見た感じ、カミセは疲れている様子だった。つまりこの館でこき使われているということ。それにこの部屋に入ってきたときも愚痴をこぼしていたことも、館の主に対する不満がたまっていることを裏付けている。

 不満が溜まっているなら、その状況を変えたいと思うのは道理。……本当にたなぼたな行き合わせだったな。


 そのとき顔を上げたカミセは予想に反する言葉を話し出した。

「ナオトさんの話、実に興味深かったです。ナオトさんは見抜いているでしょうが、私も主人には不満を持っていて……裏切るって話、乗ってみてもいいかもしれないってくらいには思いました。ですが…………」

「……どうしてだ?」

 理解できない。これだけの好条件を……。

 ナオトの中の確信がぐらつく。カミセの言葉は話を断るための前置きだからだ。

「確かにナオトさんの力があれば成功する可能性は高いのかも知れません。ですが必ず成功するとも限りません。失敗して捕まった場合……ナオトさんから私が協力したということがばれたら、この職を追われることになるでしょう」

「……」

 捕まったとしてもおまえの名前を口にしたりはしない……という無駄な反論はしない。捕まれば隷属の首輪を付けられて、本当のことを言えという命令で嘘を付くことは出来なくなる。それがこの世界の常識だから。


「失敗して全てを失うことを考えると、少々辛くても現在の境遇の方がマシという判断に至りました」

「…………」

「私は臆病なんです。勇気がないからこの職場を辛いと思っても、辞めるという選択肢が取れない。言ってなかったですが、この館の清掃員は私一人なんです。館の広さに対しておかしいと思いますよ。そんなの分かっています。……それでもやめさせられたらどうしよう。他に働く場所が見つかるだろうか、と考えると私は環境の改善を言い出せないんです」

 カミセの言葉にブラック企業で使い潰されるバイト、という現代で見たニュースを思い出すナオト。

 強者の方に非があるのに自分を押し殺して働く弱者。ナオトはここに至ってカミセという男がおかれている境遇を理解した。


「そうか。おまえは首輪が付いていないけど、奴隷なんだな」

「奴隷……ですか。言われてみればそうなのかもしれませんね」

 思わぬ言葉のようだったが納得した様子のカミセは「そういえば」と話を変えた。

「ところでナオトさんはこの世界の常識に疎いようでしたが、ならば魔法という存在もご存じないんでしょうか?」

「……? いや、牢屋に反魔法アンチスペルなんて術式がかけられているのは知ってるけど、魔法自体はよく分からん」

 魔法。確かに興味がそそられるワードだが、それ以上に気になることがある。カミセの……雰囲気が変わった……?

「そうですか。魔法とは己が身に宿した魔力を使って様々な現象を起こすことで、修練の末に身につくものです」

「ほう……」

「この館の護衛隊長、ラウイさんは高速移動の魔法を使えるみたいですし……実は私も一つ得意にしている魔法がありまして」

「なるほど……って、え?」

 高速移動。俺がやられた魔法はそれだったのか、と納得していたナオトは反応が遅れてしまった。


隠蔽ハイド


 カミセの姿が見えなくなる。それにさっきまで向かい合って話していたはずなのに、気配すら感じられなくなった。

「……っ!?」

 まずい……こんな力を持っているなんて……!!

 向かいのイスが勝手に倒れてガタンと音がした。おそらくカミセが立ち上がったんだろう。


「効果は姿、気配を周囲に悟らせないことですが……どうです、私がどこにいるか分かりますか?」

 カミセの声が聞こえる。なのにどちらの方向から聞こえたのかが判別できない。

「……参ったな。全く分からねえ」

「でしょう? それでは……」

「ああ、違う違う。俺が分からねえって言ってるのはそんな力持ってるのに、くそったれな職場にしがみついているおまえのことだ。どうせ掃除をしているときに客がやってきても隠れてやりすごす、程度の使い方しかしてないんだろう?」

「……」

 どのような表情をしているのかナオトからは見えない。それでも不服そうな雰囲気は感じられた。


「まあいい。ここまで計画を話したんだ。おまえを帰すわけには行かねえな」

「……捕まえられるなら捕まえてみてください」


 姿、気配を悟らせないカミセを捕まえる。

 雲を掴む以上の難題に、ナオトは挑むのであった。

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