10話 この異世界で
ガトルハット侯爵の館一階フロア。
その隅にある物置部屋での出来事。
さて、どうするか。
ナオトは協力を持ちかけ拒否されたこの館の使用人、カミセを逃すわけには行かなかった。カミセから計画がバレてはリムルを救うことが出来なくなるから。
しかし、厄介なことにカミセは魔法『隠蔽』の使い手だった。姿、気配を掴ませないその力を持つカミセをこの部屋から逃がさないことは、それこそ煙を掴もうとしているように思えてしまう。
「私の姿が見えてないんでしょう。それでよく捕まえるなんて言えましたね」
部屋の中に響くカミセの声。どこから発せられたのかはっきりしない。
だが。
「おまえこそさっきから下らない話してないで逃げ出さないのはどうしてだ?」
「…………」
「まあ、分かってるけどな。例え見えなくても実体まで無くなったわけではない……ってことだろ?」
「……やれやればれてましたか」
カミセはナオトの鋭さに舌を巻く。
姿を消す相手に対して、少しでも痕跡を残していないか周囲を見回す。確かに考えられる手だが、この場合は悪手だ。
この場合注意すべきは一点。ナオトはこの部屋のドアだけを見つめている。
いくら気配を消していようが、この閉じられた部屋から出るためにはドアを開けるなりの手段を取る必要がある。そしてドアが動いた瞬間、見えて無かろうとカミセはそこにいるということだ。そのタイミングでドアの前一帯の空間を、短距離跳躍で手元に引き寄せればいい。
もし、ドアが動く姿や気配さえ隠蔽が消せたらお手上げだったが、ナオトはそれはないと踏んでいた。なぜなら隠蔽を使った瞬間、カミセがそれまで座っていたイスが倒れて音を出したことを認識できたからだ。隠蔽がカミセの行動した結果にまで影響を及ぼすなら、そんなことあり得るはずがない。
それで上手く行くはず……だったが、問題はカミセもそれに気づいていることだ。
短距離跳躍は先ほど説明するときに見せてしまった。扉から離れているナオトが自分を捕まえる手段を持っているからこそ、不用意に逃げ出したりしなかった。
さっきから俺に話しかけてくるのもタイミングを窺う意味があるんだろう。どうにかして俺の不意を付けないか、油断を誘えないかと。そしておそらくもう一つの狙いが……。
「…………」
まあいい、待っててもジリ貧だ。
このまま硬直状態が続けば、カミセが仕事をしてないことに気づいて誰かが見回りに来たり、近くを通りかかった者に気づかれる可能性などがある。対して俺は敵地で好転する兆しがあるはずない。
それに俺はリムルが売られるまでタイムリミットを待つ身だ。こんなところで立ち止まっている時間が惜しい。
「本当おまえは立派な力を持ってるのに、どうしてこの環境に甘んじているんだ?」
ナオトは言葉で揺さぶりをかけていく。
「……私はナオトさんのように強い訳じゃないんですよ」
「強い? この短距離跳躍が? 便利だとか使えるとは思うが、強いとは思ってないぞ」
「そうじゃないですよ。ナオトさんの心が強いと言ったんです」
「……」
「力があるからって、自分の環境を」カチャ「変えていこうなんて思える人間はそういないものですから」
「なるほどな……そういうもんなのか」
ナオトは納得したようにうなずく。
その瞬間立て続けに状況は動いた。
「それでは」
と、カミセが別れを告げる言葉を発し。
バンッ、と部屋の扉……ではなく窓が開けられ。
「なら――」
ナオトは短距離跳躍を発動して開けられた窓付近の空間を自分の手元に引き寄せた。
一連の出来事が終わって。
「……っ!?」
カミセは目を見開いていた。未だに自分にかかっている隠蔽は解除されていない。それなのに自分の腕が掴まれていることに。
「自分から動く勇気がないなら、俺が動かしてやる。力ある人間がこんなところで潰れる理不尽を見過すわけには行かないからな」
ナオトはカミセの逃走の阻止に成功した。
「……窓から逃げること、バレていたのですね」
カミセは隠蔽を解除すると、ナオトの提案に答えずに、先ほどの駆け引きについて聞いてきた。
「正確にはそうするように誘導した、だな。俺が扉ばかりを警戒していれば、別の場所から逃げようと考える。だがその場合一つ問題が生じる」
「鍵ですね。……開ける音バレていましたか」
「姿が見えずとも鍵を開ける音に気づかれては位置がバレるのは扉と一緒だ。だから話し声に紛れさせて開けたんだろうが、注意してれば気づけないものでもない。あとはうつむいて隙でも作ればそのタイミングで逃げ出す。が、場所は分かっているので問題ないってことだ」
「お見事です」
カミセは素直に誉める。
「それで……返事についてはどうなんだ?」
ナオトは再度尋ねる。
これでも拒否するなら……と、ナオトはその場合も考えていたが。
「分かりました、協力しましょう」
その心配は杞憂だったようだ。
「どういう心変わりだ? さっきまで悩んでいた癖に」
カミセの即決ぶりに疑問を持つナオト。
「……隠蔽の状態のまま、腕を掴まれたなんて初めてだったんです。ナオトさんのその力なら……もしかしてこの環境を……世界をも変えられるかもしれないと思ったんです」
「世界……大きすぎだが……まあそれくらい目標は高い方がいいか」
「それでは……改めましてよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
ナオトはカミセという仲間を手に入れた。
――――――――――――
その後。
「ちっ……偽物か!」
公爵の書斎にあった金庫の中の所有証は偽物だった。
本物がどこにあるかを探さないといけなくなったナオト。
「それで私に協力しなさいと」
「悪は許せない……他の人間と違って、おまえはそう思って憲兵になったんだろう?」
館を訪れた憲兵を味方に付けるナオト。
「ど、奴隷……? 私はそんなものなど……!!」
「奴隷は公然の秘密だが、それでも違法は違法なんだろ。だからこうやって館の守りを堅くしている。……それでここに動かぬ証拠があるんだが?」
「……私をどうするつもりだ?」
「物分かりがいいな。館を捨てて消えろ」
公爵を脅し館から排除するナオト。
「ちっ……これは戦略的撤退だ。大体、所有証さえあればあの館が私の物であることに変わりはない。この……あれ、無い! 無いだと!!」
「本当の隠し場所から慌てて取り出すのを、私が隠蔽で隠れて見て、それをナオトさんの短距離跳躍で盗む。……なるほどですね」
「これでこの館は……奴隷は俺の物だ」
無事所有証を盗む。
「それで親父さんはおまえを置いていったわけだが……無一文で世間知らずのお嬢様か。今後どうするつもりか?」
「……くっ。あなたが奪ったんでしょうが!」
「何、俺も鬼じゃない。形だけでいい。俺に隷属を誓えば、置いてやってもいいぞ」
「(しょうがない……形だけ。こんなやつに従うなんて、絶対にするわけがない)分かったわ、あなたの命に従う……って、これ!」
「言ったな。直前に隷属の首輪を短距離跳躍で付けてやった。これでおまえには魔法が掛かった。俺の命に絶対に背くことは出来ない」
「……っ!!」
ミーナを奴隷に落とすナオト。
「……ナオトさん」
「リムル」
「もう……無茶をして」
「すまねえな」
「でも……ありがとうございます」
「俺、決めたんだ。おまえのようなバカ正直なやつが、損をしない世界を作る」
「世界を……ですか?」
「ああ。所有証を奪ったことで、俺は貴族ってことになったみたいだからな。為すだけの力はあるだろ」
「ナオトさんはいつも強引ですね。……分かりました。そういうことならお願いしますね」
リムルの顔に笑顔が戻った。
これが続く世界を作る……それが。
「俺の目的……でもあり、おまえがさせたかったことなんだろう?」
「さあ? 何のことやら?」
相変わらず神の胡散臭さは変わらない。
それでも俺はこの辿り着いた異世界でやることを見つけたんだ。
<完>
お読みいただきありがとうございました。
色々自分の不足を知りました、出直してきます。




