7話 世界
ナオトはリムルに対して苛立ちを覚えていた。
「おまえな、ミーナの本音を話せって命令にここから出たいって話したよな。つまりおまえが何て言おうと本心は今の嘘じゃなくて、あの言葉だ」
「それは……」
「だったらどうしてもっと素直にならない。俺が助けるって言っているのにどうしてそれを拒む」
「…………」
リムルはうつむいている。
「まあ、予想は付くがな。どうせ自分のワガママで俺を困らせたくないとかそんなところだろ」
「……そうですよ。だって私の願いはワガママじゃないですか。ワガママだから……私が我慢すれば収まる問題です」
ぽつぽつと話す。
「だからそれだ。どうしておまえだけ我慢しないといけない」
「え……?」
「おまえは俺のワガママにも答えてくれた。察するところ、スラム街にいたときもそんな感じだったんだろ。自分を押し殺して他人のため、他人のためで動く」
「…………」
「そういうのは優しいっていうんじゃない。お人よしか、そうでなければただの馬鹿だ」
親切にしてくれたリムルに対しても、ナオトの弁舌は鋭い。
「だとしたら……どうすれば良かったんですか」
「頼ればいいじゃねえか」
「頼る……?」
「せっかく自分を助けてくれる人がいるんだ。だったらそれに甘えればいい」
「……言っていることは分かります。けど……私はナオトさんに甘えていいんですか?」
リムルは今にも泣きだしそうな表情だ。
どうしてリムルはこんなに不器用な生き方しか出来ないのか……。
「その娘が育ってきた環境っていうのが問題なんだろうね」
神が口を挟んでくる。
「…………」
何か知っているのか?
「あ、えっと……これでも神だから君に与えた力以外にも色々持ってるってことで……どうやらこういうことみたいだよ」
慌てながら、端的にまとめて語る神。
スラム街に置いてかれたリムル。
彼女がそこの住人に育てられた理由はかわいそうだったから、ではなくて利用が出来そうだったからだった。
実際リムルは育てられたという負い目から、人の顔色を窺いながら生きていくようになった。またどんな仕事、雑用を押し付けられようと笑顔で承る。
彼女には頼ってくる者助けを求めてくる者はいても、頼れる者助けてくれる者はいなかった。
普通ならいつでも味方になってくれる家族って存在がいるものだけど、捨て子故に彼女にはそれもいない。
結果、リムルは人に頼るということを知らないままここまで育った。
「…………」
「君が元いた世界みたいに発展した世界じゃないからね。人権とか手が回っていない状況だから、どうにも力が全てがまかり通る世界で。本当ごめんね」
どうしておまえが謝る。……まあ言ってることは正しいんだろうが。
誰もが自分の事しか考えていない。ミーナたちもこのスラム街の住人も本質は変わらない。両者の違いは権力があったか無かったか。それだけだ。
「リムル」
事情を理解してナオトはリムルと向き合う。
「……何ですか、ナオトさん」
「俺に甘えていいのかって話だったな」
「はい」
「……いいに決まってるだろ、そんなの」
断言するナオト。
「どうして……そう言い切れるんですか」
「簡単な話だ。俺は記憶喪失で困っていたところをリムルに助けられた。それで貸しってやつができてな」
「貸し……ですか」
「そうだ。まあ、貸しってのは助けてもらったお礼に助け返すっていう約束みたいなもんで……だから俺はリムルをここから脱出させるために全力を尽くさないといけないんだ」
「いや、それどういう理屈ですか?」
素で聞き返すリムル。
「いいから。これはおまえが何と言おうと決定事項だ。おまえの事情なんて関係なしに俺はリムルを助ける」
「…………」
「そういう訳だから勝手に助けられておけ」
「ナオトさんはいつも強引ですね。……分かりました。そういうことならお願いしますね」
リムルの顔に笑顔が戻る。
どうして俺がリムルを助けたいと思ったのか。
それは理不尽なこの世界の象徴だから、だ。
自分しか考えない人間ばかりのこの世界で、一番弊害を受けているリムル。
俺は理不尽が許せない。だから助けようって思ったんだろうな……。
まあいい、これで一件落着……じゃねえか。ここからが全ての始まりだな。
「やれやれ強引だねえ。君にあんな青臭いところがあるとは思ってなかったよ」
うっせぇ、黙れ。
「罵倒の切れ味が悪いね。どうやら図星だったかな?」
……ちっ。人間相手に勝ち誇って嬉しいのか、神のくせに。
「そうだね。嬉しいよ」
優越感に浸る神。器が小さい奴だ。
「…………」
そうだ、後回しにしていた質問をしていいか。
「後回しに? そういえばそんな感じのこと言ってたね。どうぞ、この神様が何でも答えてしんぜよう」
気を良くした神は、そんな安請け負いを口走る。
なら、遠慮なく。……おまえは数多ある世界から適当に俺をこの世界に飛ばしたように言ってたけど、本当はこの世界に狙って飛ばしただろ。
「どうしてそう思うんだい?」
まず偶然飛ばしたにしたらこの世界に付いておまえは知りすぎている。幽霊がいないことだったり、反魔法の術式についてだったりな。
「僕は神だよ、全ての世界の知識を持っているさ」
……はい、はい。嘘つけ。おまえがそんなに頭良いわけないだろ。
「あら、ばれたか。なら君を飛ばした後に調べたとは思わないのかい?」
今まで忙しくてようやく休暇が取れたんじゃないのか?
「なるほど……あんまりヒントを上げるものじゃないね」
神は両手を上げて、ナオトの言い分を認める。
それでここからが本題だ。おまえはこの世界に俺を飛ばして何をさせようとしている?
「……僕はただ上司に言われて、君を飛ばしただけさ。そこに他意は無いよ」
とぼけるな、こんな神力を与えたのも本当は何かをさせるためだろ。
「……やだなー、それは君が気に入ったからって言ったじゃないか?」
シラを切るか。まあいい、せっかく異世界なんてところに来たんだ。俺は思うように生きて行くさ。……それがおまえの思惑に沿った行動だったとしてもな。
「思惑なんて……とんでもないよ」
「…………」
どうにも面の皮が厚い。いつもの軽薄な調子はカモフラージュだったのか?
「っと、そろそろ休暇も終わるみたいだ。ごめんだけど、僕は戻るよ」
忙しい奴だな。まあ、分が悪いと見て逃げ出すための方便なのかもしれないが。
「どっちだと思っても構わないよ。……じゃあ、最後に」
神の身体が光りだす。神の世界に戻るための準備だろうか。
「頑張ってね。応援してるよ。……それじゃ次の休暇にまた」
その言葉を最後に神の姿が消える。
「……言われなくても、頑張るさ」
リムルを助けるために何だってすると決めたんだから。
「ナオトさん、そろそろ眠くなりませんか」
リムルが寝ぼけ眼をこすっている。
「ああ、そうだな……」
牢屋は窓が存在しないため時間の流れが分かりづらい。だが、外はもう夜の時間になっているだろう。本当に濃い一日だったな……。
「これいりますか。……ちょっとボロいですが、床にそのまま寝るよりかはマシかと」
「おっ、ありがとな」
リムルが差し出した布きれを受け取る。
ナオトはその上に寝転がる。
とりあえず今は寝て英気を養おう。動き出すのは……三日後だ。
「……何か締まらないな」