5話 騒動
地下、牢屋の並ぶ区画に現れた冴えない容姿の神。
「おまえにはいろいろと言いたいことがあったんだよ……この世界の転移したときの場所とか力の説明もしなかったこととかなあ?」
「んー……一言目から諦めてたけど、感動の再会とはいかないみたいだね」
敵意満々のナオトに、やれやれと言った様子の神。
「にしても思ったより早く現れたな。まだこの世界に来て半日しか経っていないが」
「君にとってはそうなのかもしれないけど、神の世界とここじゃ時間の流れ方が違うからね。残業に次ぐ残業を切り抜けてようやく休暇が取れたんだよ」
「へえ……」
神の世界にもブラック企業はあるみたいだな。
「……って、それより僕よりも気にすべき存在があると思うよ」
神が指さしたのは牢屋の中。
そういえば俺は牢屋の外にいるんだっけか。……神力を使ったとかこぼしてたし、それのせいなのかもしれないが。
大人しく従って牢屋の中を見ると、牢屋の中の人間はみんなこっちを窺っていた。
「あ、あいつどうして牢屋の外に……」
「もしかしてあいつ魔法を使えるのか!? それに反魔法も切れているのか……!?」
「いや、そもそも鉄格子には傷一つ無いのに外に出ているぞ!? そんなこと出来る魔法なんて聞いたことが無い!?」
どうやらナオトが牢屋の外にいることに驚いているらしい。
「それよりも驚くべき存在がいると思うんだけどな……」
神を見上げるナオト。あれか、この世界は幽霊とか普通なのか? それともこいつの威厳が無いから驚かれないのか?
「失礼だね。そのどちらでもないよ。僕は次元が違う存在だから、彼らには見えていないだけ」
「次元が違う? ……おまえみたいな小物が?」
「言うと思ったよ。そういう意味じゃなくて、簡単に言うと二次元と三次元の隔たりみたいに、絶対的に存在として違うってこと。君だけは神の世界に来たことがあるから知覚出来るんだけどね」
「ややこしいな……とりあえずあいつらには見えなくて、俺だけには見えるってことでOKか?」
「そういうこと」
つまり守護霊みたいな存在だと。……ならあいつらには今俺が独り言を言っているように見えるのか?
幸い驚きに包まれている牢屋の中の人たちにその様子は気付かれていなかったようだ。
しかし、それよりも面倒な事態に突入しようとしていた。
「おい! 俺も外に出してくれよ!」
牢屋の中、一人がそう口走る。
その思考に陥るのは時間の問題だっただろう。ナオトが出られるなら、同じように他の人も出ることが可能と思うのは当然だ。
「……いや、俺の方を出した方がいいぞ! 力には自信がある!」
「私の方がいいわ! 女手も必要でしょう!」
「俺なんて、怪我してるんだ! 早くここを出て治療を受けないと!」
そしてそれはすぐに周りに伝播して、自分を出してもらおうと売りこみが始まる。
「おいっ、俺を出さないと叫んで見張りを呼……へぶっ!?」
「黙れ! そんなことをしたら俺たちも出られなくなるだろう! ……ほら、俺はこんなふうに役立ちますから出してくだ……ぐっ!」
「不意打ちが決まったくらいで調子に乗るなよ! ……同じ連れていくなら、腕っぷしがいい方がいいですよねえ?」
こちらをちらちら窺う男。殴り合いも始まったようだ。
「ねえ、もしここから出してくれたなら何でもしてあ・げ・る」
「ズルいわ! 私だってあんなことやこんなことまでしてあげられるわよ」
女性はナオトに対して精一杯の誘惑を。
「外に出れば、貯金があるんだ。全財産やるからここから出してくれ!!」
「一生あんたのために働いてやってもいい! 奴隷だけはごめんだ!」
その他にも自分が考えられる最大限の報酬で売り込む牢屋の中の人間たち。
「醜いな……」
ヒートアップしていくその様子をナオトは冷めた調子で見ていた。
まあやつらの気持ちも分からなくはない。この先、奴隷として主のどんな命令にでも従わないといけない生活を考えたら、俺に媚びへつらう方がマシである。
しかし……誰も彼も自分の事しか考えていない。助け合って生きていくだとか、どの口が言えたのか。
「…………! ……!」
俺に媚びへつらわない人間は、牢屋の中でリムルだけだった。何かこちらに伝えようとしている。鉄格子に押し寄せた人たちの声のせいで聞こえないが、自分を売り込もうとする浅ましさは感じられない。
はあ……こんなやつら置いといて、リムルだけでも連れて脱出を……。
「いや、無理か……」
リムルはミーナに命令をかけられている。絶対にこの牢屋から出てはいけないと。
この力で無理やり外に出したらどうなるかは気になるが、おそらくいい結果は見込めないだろう。
とりあえずこの騒ぎを沈めないと。さっき誰かが言っていたように、見張りが勘付く可能性がある。
ナオトは神を見上げた。
「なあ」
この神力とやら、中に入る方向にも使えるのか?
「うん、使えるよ。……って、知らずに使ったんだね。中に移動したいって思えば発動するから」
神が心を読んで返答する。便利なやつだ。
「よし……」
牢屋の中に移動するイメージを思い浮かべる。するとすぐに景色が変わる。
「成功したな」
無事に牢屋の中に戻ったナオト。
「あれ、いなくなったぞ!」
「逃げたのか!?」
「……いや、牢屋の中に戻ってるぞ?」
牢屋の中に戻ったことに気付かれたようだ。
「お、おい今の芸当どうやってしたんだ!?」
「それより俺だけでも外に……!」
「いや、私を……!」
すぐにナオトの元に詰め寄ろうとする人たちに向けて、ナオトは一言。
「黙れ」
ピシャリと言い放つ。込められた拒絶の意が人々の足を止める。
「さっきも言ってただろうが、こんな馬鹿騒ぎをしてたら見張りに見つかる」
「で、ですが……」
「言い訳は無用だ。それに牢屋の外に出たからって、逃げ切れる訳じゃないだろう? ミーナが言った警備内容を忘れたのか?」
「それは……」
ナオトの言っていることが理解できたのか、暗い顔になる人々。
「全く現金な奴らだ」
それをよそにナオトは宣言した。
「心配するな、今すぐには無理だが……俺に協力するなら、全員ここから出してやる」
「「「…………っ!?」」」
全員、と大きく出た宣言に息を呑む。
「だから……」
そのときタッタッタッとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「協力するつもりがあるやつはいつも通りに戻れ。見張りがやってくるぞ」
ナオトの周りに全員が集まっているこの様子では、結託して何かを起こそうとしている印象を与えてしまう。
それを理解したのかしていないのか、ナオトの言葉通り牢屋の方々に四散していった。
「…………」
そしてすぐに見張りの人員が牢屋の前までやってきた。鉄格子の外から、牢屋の隅々まで見て口を開く。
「……異常はないようだが……おまえら何やら騒いでた声が聞こえたぞ。どうかしたのか?」
「虫が出たんだよ。あんまり耐性が無くて驚いてしまってな。気になるようなら、もっといい待遇にしてくれよ」
ナオトはいけしゃあしゃあと嘘を述べる。
「それは無理な相談だな。ははっ……」
見張りは馬鹿にしたように笑うと、牢屋の前を去っていく。
「ふう……」
馬鹿はお前だよ。……まあいい、誤魔化しも上手くいったし気にしないでやろう。
「そ、それで……」
「ん?」
一人の男が揉み手をしながら近づいてくる。
「協力とはどのようなことをすればよろしいのでしょうか?」
「……ああ、今言ったようにいつも通りしてくれればいい」
「それだけでいいんですか?」
「そうだな……言うまでも無いだろうが、俺の力についても他言は無用だ」
「は、はい! それくらいでしたらいくらでも!」
他の人間も聞き耳を立てていたようで、了解したように頷いている。
全くこんなやつらを助けないといけないなんて……けどああでも言わん限り騒ぎも収まらなかっただろうしなあ……。
「あの、ナオトさん……」
男が元の場所に戻るのと入れ替わりでリムルが近づいて来た。
「すまん、リムル。ちょっと待っててもらえるか?」
「えっ……は、はい。いいですよ」
色々聞きたいこと、言いたいこともあっただろうに、リムルはすぐに首を縦に振る。人のいいやつである。
「…………」
そうだな、リムルの為にもさっさと終わらせるか。……おいっ。
「ん……どうやら僕に用があるみたいだね?」
今までの出来事を空中から傍観していた神がナオトに注意を向ける。
その通りだ。全部話すまで許すつもりは無いからな。
「神に許しを乞うんじゃなくて、神に許しを乞わさせるのか。怖いね」
くだらないこと言ってんじゃねえ。
「君はこういうの好きだと思ってたけど……まあいいや、じゃ説明を始めようか」
宙に浮いていた神はナオトと同じ高さまで降りてきた。