第102話 親子の対面
『グオオオッ!』
ペコラたちの乗るホウキの接近に気づいた黒竜は、撃ち落とそうとツメを振りました。
ブオッ!
振られたツメから放たれた真空の刃が、ひゅんと風を切って襲いかかります!
「あらよっと!」
ペコラは、あざやかなホウキさばきでひらりとかわしました。
「みごとな腕前ですねえ!」
クリスティーヌは、くりっとした瞳をきらめかせて感激しました。エミルたちと同じ読書好きな彼女のことですから、魔女へのあこがれが強いようです。
「ミューズのこともほめてあげてちょ。このコのアシストがなかったら、いまので全員振り落とされてるからさ」
ペコラが言うと、ホウキのいちばん先っぽにちょこんと乗っかっているトラネコワンダーのミューズが、誇らしげに『ニャー』と鳴きました。
ミューズはただのマスコットではありません。魔法のチカラでまわりの風を読み、ホウキの操縦を助けることで、見えないところでペコラを支えてくれているのです。
「さあさ! 今度は魔女っ娘ペコラちゃんの、ワンダフルな魔法をごらんあれ!」
ペコラは天に向かって、くるっと杖を振りました。
すると……黒竜の上空から、無数のピンク色の羊毛がふわふわと降り注いできたのです。
モコ! モコモコモコモコ!
『グルオッ!?』
黒竜は、なんだこれはと言いたげな声をあげました。その漆黒の巨体のあちこちに、降り注ぐ羊毛がつぎつぎとまとわりついていきます。
やがて、羊毛の重さに耐えきれなくなり、黒竜はぐらりとかたむいて、地面へ落ちていきます!
モッフーン!
「……えっ!?」
すると……なんということでしょう。
落ちる直前、ピンクの羊毛が地面に集まっていき、巨大なクッションの形になって、黒竜の体をやさしく受け止めたではないですか!
「どーよ! 名づけて、《ドラゴンをダメにするクッション》だあ!」
ペコラはホウキの上で、どーんと胸を張りました。
同じホウキに乗っているエミルとクリスティーヌ、シロンとシュガーは、おくちをあんぐりと開けて、ぽかーんとしています。
ネーミングセンスがどうかとか、最近読んだ魔法つかいの物語で見たことある気がするとか、そんなことがどうでもよくなるくらい、奇妙キテレツでまかふしぎな光景がひろがっていました。
『……でも、とってもきもちよさそー!』
同じドラゴンのシロンは、結局そんな感想に落ちついたようです。
もちろん、遠目からその光景を見ていたマスターウィザードたちも、あっけにとられていました。
「……なにあれ」
エレクトラの背の上のラナが、ぽつりとつぶやきます。シオリも、開いた口がふさがらないようです。
……なにはともあれ、効果はてきめんでした。黒竜は気持ちよさそうに、ゴロゴロと転がっています。すっかり怒りを忘れてしまっている様子です。ブレスを存分に放って、うっぷんを晴らしたことも、効いているのでしょう。
「いまだ! エミルちゃん! おくるみをはがせ!」
「は、はい!」
ペコラの呼びかけで我に返ったエミルは、黒竜の子からおくるみをひっぺがしました。
『ガウ?』
黒竜の子はぱちりと目を覚まし、寝ぼけまなこであたりをきょろきょろと見まわします。
その視線が、ピンクの羊毛クッションの上でゴロゴロしている親竜の姿を、とうとう見つけました。
『ガー!』
ぴゅーっ!
「あっ!」
黒竜の子は親を見るなり、矢のようにすっとんでいきます。エミルとシロンとシュガーは、おどろきの声をあげました。
『グル……?』
すっかりくつろぎきっていた黒竜の、とろんとした半目の金色の瞳に、わが子の姿がうつります。
そして、のっそりと体を起こすと……念願の親子の対面を果たしたのです。
『ガー! ガー!』
黒竜の子は、涙目になりながら親竜にほおずりしました。親竜もまた、やさしさにあふれた顔で、わが子を受け入れています。
災厄とおそれられる姿からは想像もつかない、おだやかな表情に、一同は息をのみました。
「よかったね……」
エミルは、心の中にわきあがってきた気持ちを、そのまま口にしました。
悪意ある人間の手によって引き裂かれた親子の再会……その姿に、熱いものを感じない人なんて、いるわけがありません。
「……ひとまず、一件落着、かな」
ランスはさわやかなほほえみをたたえながら、しめくくりの言葉をのべますが……
「まだ決まったわけではない。黒竜の子の説得が、うまくいくまではな」
ウォルターがメガネをくいっと持ちあげて、きびしい言葉を返しました。たしかにそのとおりなのですが……その声はほんのちょっとだけ、おだやかになっているように聞こえました。
黒竜の子は、親竜にうったえるように声をあげつづけます。親竜は、それをだまって聞いていました。一同は、緊張した顔つきで見守っています。
そんな時間が、1分ほどつづいたのち……
ズズッ……
黒竜は、ゆっくりと首をもたげました。
ウォルターとガロウは、とっさにむかえ撃つ身がまえをとりますが……
「待った!」
ペコラが左手をひろげて、二人を止めました。どうやら黒竜がこちらになにか伝えようとしていると、察したようです。
そして、エミルの肩の上にいるシロンに言います。
「シロンちゃん、あの親竜の通訳をおねがいできるかな?」
『わ、わかった! まかせて!』
ぽかんとしていたシロンも我に返って、親竜の言葉を通訳しはじめました。
『……事情は、この子から聞いた。隷属から解放してくれたこと、感謝する』
それは、こちらへの敵意のない、すなおなお礼の言葉でした。エミルたちは、ほっとためいきをもらします。
『だが、この子をさらった、あの人間をゆるすことはできぬ。罰を与えてやらねばならない』
「あの人間……?」
エミルは、こてんと首をかしげました。
「その言い方だと……まるで、王都にその犯人がひそんでいるみたいだね」
真剣な表情のペコラのひとことに、一同へ緊張が走ります。
「黒竜の子をさらった犯人が……王都にいる!?」
エミルは思わず声をあげました。つづいて、シュガーも疑問を口にします。
『どういうことですか!? あの子に隷属の首輪をはめたのは、ノワール・モンブランのはずじゃ……!』
『そのノワールなにがしのことは知らぬ。だが、わが子をさらった者の気配は、まちがいなく王都から感じられる』
エミルたちも、王都の守りの固さは知っています。あやしい人間なんて、そうそう出入りできるものではありません。
だとすると……
「黒竜の子をさらったのは……王都にひそむスパイと、同じ人物……?」
エミルは、そう推理しました。
もともとスパイとして身分をかくしている人間なら、なにくわぬ顔で王都を出入りできるからです。
『……ときに、そこな人間の娘よ』
「ムスメ……って、わたし?」
エミルは、きょとんと自分を指さしました。あの最強生物と名高い黒竜からのご指名です。いやがおうにも、緊張してしまいます。
『わが子が、そなたらとともに行きたいと言っている。よければ、いましばらくあずかってもらってもよいだろうか?』
「え……えええええ〜〜〜っ!」
この絶叫も、何度目でしょう。けれど今回は、これまでとは格がちがいます。
なんといっても、子どもとはいえ黒竜をパートナーにできるのです。ワンダー好きのエミルにとっては、ねがってもない、胸が熱くなるお話ですが……
『まったー! いぎあり! シロンははんたい! ドラゴンは、シロンひとりでじゅーぶんでしょ!』
シロンは通訳を中断して、エミルにぷんぷんと抗議しました。なにしろホワイトドラゴンとブラックドラゴンは、天敵同士で水と油。いっしょにパートナーになるなんて、シロンにはとうてい考えられないことでした。
エミルも思い直します。ウィザードにとっては、ワンダーとの絆はもちろん、ワンダー同士の絆も大切です。パートナー同士がいがみあっていると、指輪の加護や魔法の効き目が弱まったりと、よくないことが起きてしまいます。こうしたいさかいをさけるため、多くのウィザードは、同じ系統や同じ属性のワンダーで手持ちをそろえがちなのでした。
黒竜の子は歓迎したい気持ちもありますが、シロンがここまでいやがっていては……いや、最初はいがみあっていても、いつかはなかよくなれるかもしれませんし……
……ううん、もっといい方法がある。エミルはそう結論づけて、答えをしめしました。
「……わかりました。責任をもって、お子さんをおあずかりします」
すると、やっぱりシロンはおかんむりです。
『ちょっと、エミル! シロン、あのコといっしょになるの、やだからね!』
エミルがにこっとほほえむと、シロンはぴたっとおとなしくなりました。エミルがこういう顔をするときは、決まっていいことを考えているときだからです。
「だいじょうぶ。いいこと思いついたから。まずはいったん、わたしの指輪であずかるからね」
そう言って、エミルはローブのポケットから、からっぽのコネクタリングを取り出しました。
「おいで」
黒竜の子は、まねかれるままに、パタパタとエミルのもとへ飛んでいきます。
指輪と黒竜の子のちいさな手がふれて、パートナー契約が成立し……黒竜の子は光の粒子となって、指輪の中へすうっとすいこまれていきました。
『……では、我はねぐらへ戻る。かの者への罰は、そなたらにゆだねる。それが、そなたらののぞみなのだろう? 次にまみえるときは、敵同士でないことを祈るぞ』
「ええ……また会いましょう」
エミルがやわらかくほほえむと、黒竜はばさっと翼を大きくひろげ、どこかへと飛び去っていきました。
エミルは、実際に会って言葉をかわした黒竜に、伝承で聞いたようなおそろしさは感じませんでした。
面と向かっての対話……エミルはその大切さをあらためて実感し、それが世界じゅうのワンダーをしあわせにするという夢にもつながるのだと、たしかな手ごたえをつかみました……
ザザ……ガシィッ!
「きゃあっ!?」
そのとき――地面から高くせりあがってきた砂が、低く浮かんでいたホウキの上のエミルの体を、ぐるぐるとしばりあげました!
同時に、エレクトラの背の上にいたラナとシオリも、同じように砂にしばられています。これは、もちろん……
「……約束は果たされた。ロウラン・ミルフィオーレ殺害犯シオリ・ミルフィオーレ、並びにその逃走幇助犯としてエミル・スターリング、ラナ・サニーサイド、貴様らの身柄を拘束する」
そう、ウォルターのしわざです。黒竜の件が片づいたら、指名手配されているエミルたちをつかまえる……そう約束していたのでした。
「おい! メガネ! エミルをはなせ!」
エイルはすぐさま声をあげますが……
「よすんだ。約束は約束さ。その子たちは、君にまかせるよ、ウォルター」
シオリたちとともにエレクトラの背に乗るランスは、いさぎよく受け入れました。もちろん、彼女たちの拘束に納得したわけではありません。それ以上に、一度交わした約束を重んじているからです。
ガロウも、自分のギルドの団員がつかまったことに腹を立てていますが、歯をぎりりとくいしばって耐えています。ペコラも、まあしかたないか、といった顔です。
一難去って、また一難。黒竜との戦いにもっとも貢献したはずのエミルは、ほめたたえられることもなく、暗い牢屋の中に閉じこめられることになったのでした……
お読みいただき、ありがとうございました。
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