第1話 おうちでもおいしいごはんが食べたい!
ここは、そこそこ平和で、ほどほどの刺激に満ちた自然豊かな国、アストライト王国。
その王都・アストリアの南部、住宅街の一角にある、こじんまりとした木造の一軒家にて……
「エミルー、きょうの晩ごはんなあにー?」
やまぶき色の長い髪と瞳の少女・エイルは、食卓の上にだらしなく寝そべりながらたずねました。
「きょうはねー、ミートソーススパゲッティだよ」
キッチンで料理をしていたオレンジの短い髪と青い瞳の少女・エミルが、鍋をかきまぜながらこたえます。
エイルとエミルは姉妹です。顔はうりふたつと言っていいほど似ていて、頭のてっぺんからは、チャームポイントのおそろいの浮き毛がぴょこんと生えています。
けれど、姉のエイルが自由奔放なのに対して、妹のエミルはしっかり者。性格は正反対と言っていいほどちがっていました。
なので、家事はもっぱらエミルの担当です。
「えー、またー? 三日前もそれだったじゃん!」
エイルは、わかりやすくぶーたれました。
エイルは、ふだんは物おぼえがよくないくせに、食べものに関することだけは、ふしぎなほどよくおぼえているのです。
「だって……作るの楽なんだもん。うちには、ものすごいくいしんぼうがふたりもいるんだから」
エミルも、パスタをゆでたり、ミートソースを煮込んだりしながら、負けじと文句を返します。
"ものすごいくいしんぼう"のひとり、エイルは、いつも山盛りの量をぺろりと平らげます。そのため、一食にかかるもろもろのコストが、とても高くついてしまうのです。
『シロン、エミルのスパゲッティ、すきだよ!』
「うん、ありがとうね、シロン」
シロンは、エミルのパートナーのワンダー。ちっちゃなころからずっといっしょの、白いドラゴンの子どもです。
そして、エミルの言う"ものすごいくいしんぼう"のもうひとりでもあります。いまも食卓の上にちょこんと座って、晩ごはんをいまかいまかと待っていました。
「でもなー、エミルがごはん作ってくれるのはうれしいけど、正直、外で食べたほうがおいしいんだよね。エミルだって、そっちのほうが楽でしょ?」
エイルは、フォークをくるくる回しながら言いました。
「たしかに、それは否定しないけど……それだと栄養もかたよるし、お店の料理は味付けが濃いから、食べすぎもよくないの。それに、なにより……お姉ちゃんがめちゃくちゃ食べるから、すごくおカネがかかるの! せっかくいままでにもらった報酬金も、食費にほとんど消えちゃいそうないきおいなんだから!」
姉妹は、王都でも有名なウィザードで、冒険家でもあります。その腕前を買われて、いろいろなお仕事を依頼されることも多く、その報酬金や、冒険中に拾ったアイテム、集めた情報を売ったお金で生計を立てているのです。
「エミルだって、めちゃくちゃ食べるじゃーん」
「うっ……それでも、お姉ちゃんほどじゃありません!」
ふだんはなかよしな姉妹がめずらしく言い合いをしていると、シャランという音とともに、白い光の粒子がふわりと舞いました。
『ま、まあまあ、ふたりとも。エイルさん、デザートのプリンも、たくさん作ってますから……』
苦笑いを浮かべて場をおさめようとしたのは、頭のリボンからくるくるの髪の毛、服から靴まで全身まっしろの、これまたちっちゃな妖精・シュガー。お菓子作りが得意な、エミルのパートナーのワンダーのひとりです。
「おっ、やったね。シュガーのプリン、超おいしいからなあ」
エイルは目をキラキラさせて、よだれをたらしました。どうやら、機嫌が直ったようです。
エミルは、ふうとためいきをつくと、調理に戻りました。
「……でも、お姉ちゃんの言う通りなんだよね。いくらお店で食べるより安あがりとはいっても、わたしは料理が”できる”程度で、そんなに上手じゃないし、早くも作れないし。ああ、ユーリがいてくれたらなあ」
エミルは、左手の薬指にはめた指輪をながめながら、物思いにふけります。
この指輪は、いまは離ればなれになっている恋人の男の子・ユーリからもらった、誓いの指輪。エミルのいちばんの宝物のひとつです。
『ユーリ、すっごくりょうりじょうずだったもんねえ』
「私も食べさせてもらったけど、たしかにあれは絶品だったよお」
シロンとエイルも、ユーリの料理に思いをはせました。
ユーリは、家庭の事情から料理をはじめとする家事全般が得意で、いっしょに旅をしていたときには、エミルもおおいに助けられたものです。彼なら、安い食材でも、おいしい料理をたくさん作ってしまうことでしょう。
エイルは、この家の稼ぎ頭です。彼女にめいっぱいがんばってもらうには、毎日の満足な食事が欠かせません。なにより、エミルは心の底からお姉ちゃんが大好きなので、いつだって、できるだけおいしいものを、おなかいっぱい食べてもらいたいのです。
おカネと労力と時間と味。これらすべてをいい感じに成り立たせるには……
「……さっきも言ったとおり、このままじゃ、うちの健康も家計もよろしくないことになりそうだし……これは、ちゃんと考えなきゃいけないかもね」
「『なにを?』」
エイルとシロンが、声をそろえて首をかしげます。
エミルは、くるりと振り返ると、おたまを高くかかげて、力いっぱい宣言しました。
「家事が得意なワンダーを、パートナーにむかえるの!」
☆ ☆ ☆
――次の日。
王都の中央区にある、"大樹の図書館"。高くそびえる大樹をくりぬいて作られた、王国一の蔵書量を誇る、歴史ある大図書館です。
朝ごはんをすませたエミルは、パートナーのシロンとシュガーをつれて、その図書館をおとずれていました。
ひんやりとした館内には、古い紙とインクのにおいがただよい、天井まで届く本棚が、木のうろの壁にそってずらりとならんでいます。
エイルは本を読むのが得意ではないので、別行動です。いまごろ、王都じゅうをテキトーに散歩していることでしょう。ゆうべのエミルの話を聞いて、もしかしたら、おカネかせぎをしてくれているかもしれません。
「やあやあ、妹ちゃんじゃないか。なかなか来てくれないから、さみしかったよ」
図書館に入ったエミルのもとへ、ひとりの少女……のような体形の女性が、ひょいひょいとやってきました。
色とりどりの花飾りをつけた緑色の髪は、生け垣のようなみつあみにまとめられ、瞳はあざやかなマゼンタ色。深緑色のぶかぶかなローブに身を包み、頭には大きな博士帽。さらにその上には、青い鳥のワンダーたちが巣を作っています。
そんな感じなので、12歳のエミルよりも小柄なのに、やたらと目立つ人でした。
彼女の名前はロウラン。この図書館の館長さんです。
「ロウランさん。ええと、この何日か、いろいろたてこんでて……」
エミルは、もうしわけなさそうに頭をかきました。
ロウランとは、以前の冒険で知り合った仲です。別れ際に「いつでも遊びにおいで」とは言われていたものの、エミルはてっきり社交辞令だと思って、あまり本気にしていなかったのでした。
「まあいいや。それで、なにか本をお探しかい? よかったら、私が案内してあげよう」
「ありがとうございます。実は……」
エミルは、家事が得意なワンダーについて調べたいのだと伝えました。
「あっはっはっはっは! さすがは妹ちゃんだ。まずワンダーを頼ろうと考えるところが、実にらしい!」
ロウランは、おなかを抱えて大笑いしました。
エミルは、むっとしました。いくらなんでも、笑いすぎだと思ったのです。
「たしかに、ウチの蔵書には、そういったワンダーがのっている図鑑もある。生息地の情報だってね。だけど、そんなのを探すより、ずっと手っ取り早くて、いい方法があるぞ」
「いい方法?」
エミルが首をかしげると、ロウランは、とくいげな顔で人差し指を立てました。
「ワンダーじゃなくて、人を雇えばいいのさ」
「人を……ですか?」
エミルと、両わきをパタパタ飛んでいるシロンとシュガーは、そろってぽかんとしました。
「……こりゃおどろきだ。ホントに、そういう発想はまったくなかったみたいだねえ」
ロウランは肩をすくめて、ためいきをつきました。
「前からちょっと思ってたけど、妹ちゃんってさ、人間にあんまり興味ない感じだよね」
エミルはいまでこそ、はなやかな王都に住んでいますが、少し前までは、王国のはしっこにある田舎村で暮らしていました。
幼いころから、頭のよさも運動能力も、ウィザードとしての力も、村の中では飛びぬけていたエミル。そのせいでまわりからすっかり浮いてしまい、友だちといえばワンダーだけ、という毎日を送ってきたのです。
だから、ロウランの言うとおり、人間よりワンダーを中心にものごとを考えてしまいがちなことは、エミル自身も自覚していました。
「そう……ですね。もしかしたら、そうなのかもしれません」
「たしかに、そういった家事のスキルを持つワンダーを探すのもいい。けど、結局のところ、人間の世話は、同じ人間にまかせるのがいちばんなんだ。これ、年長者としてのアドバイスね。それに、ワンダーが大好きなキミが、こき使おうっていうなら、なおさら人間にしたほうがいいと思わないかい?」
なんとも身もフタもない話です。けれど、エミルはたしかにそのとおりだと納得しました。
ウィザードとして、パートナーのワンダーに"おねがい"することはあっても、その"おねがい"が前提にあるなんて、あまり気分のいいものではないと、目からウロコが落ちた気分です。
「……とにかくだ、家事手伝いを探してるっていうなら、うってつけの場所があるぞ。せっかくだから、私が連れて行ってあげよう」
「え? いいんですか? おいそがしいんじゃ……」
「私は"百科量覧の知星"の二つ名を持つ知恵者だよ。ヒマなんて、カンタンに作れちゃうのさ!」
ロウランは、またびしっと人差し指を立てて、キラーンとキメポーズを取りました。
「そ……そうなんですか……」
エミルとパートナーたちは、わけもわからず、あっけにとられるばかりです。
「そうと決まれば、善は急げだ。さあ、ついておいで!」
自分より小柄なロウランに手を引かれ、エミルは図書館の外へと連れ出されます。そのうしろを、シロンとシュガーがあわてて追いかけていきました。
そして、しばらくすると……
「館長ー! もうすぐ定例会議の時間ッスよー! どこに行ったんスかー?」
ロウランを探す副館長の青年、デックスの声が、図書館じゅうに響き渡りました。
図書館では、お静かに。
☆ ☆ ☆
エミルがロウランに連れられてやってきたのは、一軒の大きなお屋敷の前でした。
白い壁に、青い屋根。手入れのゆきとどいた庭には、季節の花がきれいにならんで咲いています。
『おカネもちのいえだ!』
シロンは、お屋敷を見上げながら、興奮ぎみに言いました。
「ロウランさん、このお屋敷は?」
「ただのお屋敷じゃない。れっきとした、ギルドの拠点さ」
ギルドとは、特定の分野に秀でたウィザードたちの組合のことです。ロウランが館長をつとめる"大樹の図書館"も、そのギルドのひとつなのです。
『こんなにステキな拠点をかまえるなんて、どんなギルドなんですか?』
シュガーが、わくわくしたようすでたずねました。まるで絵本に出てくるようなお屋敷を間近で見て、すっかりテンションがあがっているみたいです。
「その名を、"ハピネスワークス"。メイドや執事、使用人派遣を受け持つギルドさ!」
ロウランのキメ顔での紹介に、エミルたちは、またしてもあっけにとられました。
そんなギルドまであるなんて、王都はやっぱり進んでるなあ。エミルは、そんな驚きを胸に、大きな門を見上げるのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
しばらくは毎日12時、21時の一日二回更新となります。
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