よん
「うわ…わあ…うっわ」
「いいから、はやく」
「副長これ、疼く時すごいでしょ。どうやってやり過ごしているんですか。痛み止め意味あります?」
「気合い」
「…意外と泥臭いとこありますもんね…」
黒竜の討伐後、ロハンネは邸宅の自室にてベッドの住人と化していた。魔塔の自室ではないのは色々あったからだ。本当に色々。
傷の深さが深刻なあまり、一度の構築魔法では元通りにならず、こうして部下が通いながら様子をみてくれているのだ。
新しく構築された臓器はまだ体に馴染みきっていないうえ、無理に動けば桃のようにぐちゃりと潰れてしまう。一日だけで何度絶対安静と聞いたことか。
「こんなことが可能だなんて、構築魔法って便利だな」
「俺も自分で自分の才能にびっくりですよ。けど三日吐き続けて七日寝込んだんで。実用にはほど遠いです。無理無理」
「がんばれ」
「やめて?!実用前提で言うのやめて?!」
今後暫くは寝たきりの生活が続くと言われ、ロハンネは内心で肩をすくめた。さもありなん。
「じゃあまた明日来ますね」
「安定してるし安静にもしているんだから、一日くらい空けたってかまわないぞ」
「いやだってあんたの家族が」
そこまで言って、賊に脅された村人のような顔になった部下に、ロハンネは溜め息とも言えない声を漏らした。
「今も部屋の前で待ってますよ」
「…」
お大事に、と言い残して立ち上がった部下は、少し下がったところで帰還魔法を発動させ、魔塔へ帰っていった。
途端、タイミングを見計らったかのように扉が開かれる。
おえおえと嘔吐くほど泣き腫らした両親と、目の下に何徹したんだというくらいの隈を携えたネルゼラが入ってきた。せっかく健康体になりかけていたというのに、なんということだ。
ロハンネは決めた。今日からまた一緒に寝ようと。
散々頬を撫で、散々頭も撫で、散々愛の言葉を告げ尽くした両親は、ロハンネに「もういい」とあしらわれ、名残惜しげに部屋から出て行った。
残されたネルゼラは、仄暗い視線でロハンネをずっと見ている。どうやら、ちょっと、かなり、トラウマを植えつけてしまったようだ。
あまり何かを言うと、ますます落ち込ませてしまうような気がして、ロハンネは横たわったまま、包帯が巻かれていない右腕を持ち上げると、人差し指を上下に揺らして、ネルゼラのことを呼んだ。
「ネルゼラ」
ネルゼラの体がロハンネの方へ傾く。
「一緒に寝て、一緒にご飯を食べて、一緒に健康を目指そう」
「分かった」
なんとまあ、素直なことだ。
これから徐々に回復していくロハンネを間近で見ていれば、自ずと調子を取り戻すことだろう。
「君は私の命を助けてくれたんだ。ありがとうネルゼラ」
「いらねえよ礼なんざ」
「分かった、分かったから、そんなに泣かないでくれ」
「泣いてねえ!」
「お前は本当に可愛いな」
「はっ倒すぞ死に損ないが!」
ごそごそとロハンネの寝台に入り込んだネルゼラは、ロハンネの隣までやってくると、くるりと背中を向けてしまい、顔が見えなくなった。
しかし、背中はロハンネの腕にぴとりとくっついていて、まるで猫のようである。
「随分魔法の使い方がうまくなったじゃないか」
「別に」
「正直、天才だと思うぞ」
「別に」
「魔塔に押し入ったんだって? マニレデから色々聞いた」
「別に」
ぽつぽつととりとめの無い会話が続く。
笑うたびに振動が内臓に響き、痛みを伴う。思わずぐっと唸るように息を詰まらせると、ネルゼラが律儀にも振り返ってくる。
「汗かいてんじゃん。言えよ」
そう言ってサイドテーブルの上にあるタオルで、きこちなくとも額を拭いてくれた。
優しさが沁みたロハンネから、つい、「しんどい」と弱音が漏れる。
すると、ネルゼラが葛藤するかのように眉根を寄せた。
あちこちへ視線を彷徨わせてから、確固たる口調で告げる。
「けどあんた、痛みがとれたら絶対動き回るだろ」
ぐうの音も出ない。
「…とりあえず傍にいてやるから治せ」
耳朶をほんのり赤く染めながら、ネルゼラが早口で言う。
「治っても傍にいてくれ」
「魔塔に帰るくせに何言ってんだ」
「なら、君も行こう」
「は?」
ロハンネの口角が勝ち気につり上がる。
「魔塔で私の助手をしてくれ。これはスカウトだ」
「調子にのりやがって」
悪態つきながららも、満更でもなさそうな様子のネルゼラに、ロハンネはそっと目を細めた。
「兄弟で名を馳せるのも、悪くないと思わないか?」
「あっそ」
ネルゼラは同意するかのように、ロハンネの肩に額をこすりつけて笑った。
つられてロハンネも忍び笑いをもらす。
「ってて、怪我に響く」
「馬鹿じゃん」
「ネルゼラ」
ロハンネは未来のことを口にした。楽しみでしかたがないと、頬をゆるませながら。
「街に行こう」
「珈琲と紅茶、どちらがいい?」
「演劇も悪くないぞ」
「博物館だってある」
「植物園はどうだ?」
「夜街もいいな、楽団が来ている時は花火も見れる」
どこか非現実的にぼうっと聞いていたネルゼラは、感情のない声で呟いた。
「俺には無縁だと思ってた」
「今までは、だろう?」
ロハンネが得意気に片目を瞑る。
「にくたらしー顔」
「まずはそうだな。もう一度兄様と呼んでくれないか?」
「……」
「ん?!」
返事のかわりに、ネルゼラはロハンネの腕に噛みついた。
短いですかきりがいいので。
ありがとうございました。




