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ヴァレンティア記  作者: ハル
ラルム
8/11

8

 刑の執行後、ラルムは境星ロンベルト卿に伴われて宰相の元を訪ねた。正確には、宰相エレノアが次期代理摂政たるルークとの顔合わせを取りはからったためである。


 ラルムは何故自分もここに呼ばれたのか判然とはしなかったが、王都セレスティアの死刑執行人、"セレスの御手"と王が対面するのはそういうものか、と漠然と納得していた。


 宰相とロンベルト、ルークは挨拶がてら会話を交わし、ラルムは壁際に退いてそれに耳を傾けていた。


 ラルムはこのロンベルトという男が少し苦手だった。

 白髪を後ろに撫でつけて、性質は真面目で潔癖的。貴族らしく厳格さを重んじて、素朴に見える人間に対しては、いつも嫌悪と侮蔑を隠そうともしない。


 また、彼のような線の細い体躯と細長い顔面は、東北エーテリアのハイランドエルフの血が入っているとよく言われる。まだエルフが外部との接触を断つ以前の時代、血はよく混じり、その特徴は珍しいものではなかったとラルムは何処かで聞いていた。


 知的で不健康で、バランスを欠いた鋭利な印象。たしかにそれはこの男の特徴と一致したが、何よりも、厳格な表情の下で何を考えているのかいまいち掴めないのが、苦手と感じる原因だった。


  「黒の戦争の直後の方がまだましだったかもしれませぬ。子が親を殺し、兄が妹の血肉を喰らうような事はありませんでした。先月は百六十一件。徐々にではありますが、確実に増加しております」


 ロンベルトがルーク王子を真っ直ぐ見据えながらそう述べた。


 その数字を耳にしたルークに、驚きの色が見てとれた。先月、王都へと寄せられた死刑執行の請願書から裁可が下った数。つまり、王権が殺した民の数である。当然、そのうちの少なからずをラルムが執行していた。


 「治安は悪化の一途か…」ルークが低く呟いた。「過去の様々な記録を鑑みても、処刑人数、犯罪件数ともに、危険領域の一歩手前といえるのでは?」


 「仰る通り」ロンベルトは背筋を伸ばし、手を後ろに組んだまま小さく頷いた。「ヴェルディアとの南方戦争前や姉妹動乱の前夜などは二百件を越えていたそうです。ゼシル王のような暴君の時代を除いて、異常な数値といえます」


 ラルムも確かに、ナイトフォールを振るう機会が格段に多くなっていることは実感している。自分が処刑人の任に就いてから、一週間休むことなく剣を振るったことなどはなかった。


 「原因や対策は?」


 「昨今の界溢の活発化にエルドラドの治安悪化など、要因は様々です。いずれにせよ、引き締めの為にも厳罰化は必須かと」


 軽く威圧するように、そう言いながらロンベルトはルークを見つめた。


 しかし彼はそうした圧にかかずらう様子もなく、資料に目を通しながら「民の罪は、そこへ追いやった国家の落ち度でもある。そこは慎重に議論すべきではないだろうか」と、事もなげに言った。


 ロンベルトは自身の意見が軽んじられているようで瞬間腹が立ったが、その若者らしい実に公明正大な意見のためにすぐにそれは慰められた。


 「下手な恩情は秩序を崩しかねません。甘やかすだけが国家ではないのです」


 ━━ラルムの脳裏に、先程転がった首が浮かんだ。

 

 自分が殺した少女。あの命も秩序のために捧げられたのだろうか?


 「厳しく育てられるだけでも、子どもは捻くれる。私を見ろ」ルークは笑顔をみせながらそう言った。「あくまで私は力と情、そのバランスが肝要であり、それが傾いてはいまいかと危惧している」


 ロンベルトは瞬間、眉間に皺を寄せた。

 若者特有の思考と狭量な偏屈さに不快感が増すのを感じた。現実を知らない。が、理屈だけで正論を口にする。この手の学生を過去に何人もロンベルトは見てきていた。


 しかし、今議論する気はないので、「理想としては全く同感ですな。まったく、聞き分けのよい子ならば、話は早いのですがね」とだけ言うに止めた。


 ラルムはこの王子への興味が少し湧いてくるのを感じた。

 今の話を聞くだけでも、少なくとも、暴君ではない。誰であれ、自分たちはその影としてそれを支えるだけではあるが、自分の魂をどこまで闇に染めるかを握る人物が、道理を持ち合わせているかどうかはラルム達にとってはなはだ重要な事柄だった。汚れを引き受ける自分たちにとってそれは、矜持の源であり希望でさえもある。狂気のために剣を振るえば、剣自体も狂気に堕ちてしまう。

 

 「挨拶はこのくらいにして、続いて暗黒騎士ラルムよ、話があります」


 それまで沈黙していたエレノアが口を開いた。

 不意に名を呼ばれたが、慌てる素振りを極力消して前へと進みでて跪いた。


 「先程は見事な剣技でした。これからも、王都のためにその技を振るうのですよ」エレノアが淡々とそう述べた。


 ラルムは無言のままただ一礼だけをする。宰相からこのような言葉を賜ることは栄誉なことではあるが、世俗を離れた暗黒騎士は、主君たる王と宰相と言葉を交わすわけにはいかないのだった。

 影はしゃべらない。

 ただ主君の意に沿って動くだけである。

 

 「さて、ここからが本題です。ラルムよ、本日を持って、セレスティアの処刑人の任を解きます」


 ラルムは息を呑んだ。


 「代わって、人身売買の罪により行方を暗ませている、イズマイル卿追討の任を命じます。王の影にして闇の秩序の番人たる暗黒騎士として、確実に彼の者を誅伐なさい」 


 ラルムは跪いたまま、ただ胸に手を当てることで返答した。



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