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ヴァレンティア記  作者: ハル
学院都市
11/11

11


城壁の東門に到着した時には、すでに日は沈みかけマギカポリスには街灯の明かりが灯り始めていた。

東門であるオーロラゲートのゲートハウスは四門の中では最も古く、城壁外周に沿って伸びる木々の背も高いため闇の訪れがより早く感じられる。そのため、特に多くの魔導灯ランプがあちこちに吊り下げられていて、マギカポリスの幻想的な雰囲気をいち早く醸すのだった。


周辺村の外周巡回を終えたシーリスは、馬をゲートハウスの厩舎へと預け巡回報告を終えると、そのまま今日は家に帰るつもりだったが、たまには外で食事をと思い直し、着替えて街へ入った。


薄紫色の魔導灯や橙色の灯が、マギカポリスの夜を演出するなか、ベレット通りを中央へ向かって歩いていく。帷がおり夜空には星が輝いてはいるはずだが、マギカポリスの夜の顔が人々の視線をそちらに譲るのは稀だろう。


街はまだまだ賑やかで、ほとんどの店が閉店のそぶりも見せないないまま開いており、授業を終えた多くの学生たちがその華やかなローブを翻しながら往来している。


街の灯の煌めきと人々の喧騒を反射させる丁寧に舗装された石畳の上を歩きながら、シーリスはいくつもあるお気に入りの店の中から、今日は安くて味も良い大衆食堂である『マーラーの家』で生ハムサラダにパイシチュー、それからラム肉のハーブソテーを食べようと決めると、その足取りを軽くした。


「そうだ!イカサマの文法教師を雇う上に神学者まで増員するなんてどうかしてる!学長は一体何を考えている?!」


通り沿いのカフェテラスからそう声が響いてきた。


見るとニ十人弱の生徒が一画に集まり何やら議論を交わしており、さらに通りすがりの幾人かが足をとめてその議論を傍聴している。


ここでは日常茶飯事の光景ではあるが、その議題に興味を引かれたシーリスは、足を止めると傍聴人の一人に加わった。


「どうせ来年度予算に教会からの寄進が多かったんだろ。あの学長は教会寄りだって前々から噂されてたしな。」


二十代後半と見える女性学徒が紙を一枚提示しながらそれに続ける。


「回答については近日中に回答書を出す、の一点張り。しかも期限も設けられていない。完全に馬鹿にしてるわ。」


一同がありえない、と一斉に嘆息をもらす。


「やはりこの際、カリキュラムの撤回だけでなく、教師の人事権についても要求すべきだろ。」


二十代半ばと思しき男性学徒が周囲の目を見廻しながら口を開いた。


「古都アカデミアでは今でも伝統を貫いて教師の雇用主は学生だ。権威主義的なあそこは好きじゃないが、我々もこの点ばかりは見習うべきじゃないだろうか?今回のように学院側の好き放題では学都の自治も学問の自由もないじゃないか。」


その場にいる多くの学生が首肯する。


「それに神学講義のさらなる増加に古典文法の強化って。全容が分からない魔導文法のごく一部、しかもそれさえも仮説ばかりで曖昧な“出来損ないの詩の朗読時間”に一体何の意味が?俺たちを眠らせたいとしか思えないよな?」


学生たちは笑いながら、思い思いに同意の旨を表明した。


魔導は力の源である異界(説によっては精霊ないし魔神)に、魔力を対価に声または文字図像で語りかけることでその力を引き出す技術だ。しかしその人間の言語より遥かに複雑な言語体系についてはいまだに謎に満ちており、徹底した帰納的なトライ&エラーによるしか無いのが現実である。故に魔導文法に対して殆どの学生が抱いている印象というのは、まさに机上の空論そのもの、である。


 「我々マギカポリスのモットーは革新と実践。昨今の界溢増加の中で、実践的な講義を削って祈りと朗読をしろなんて愚の骨頂。祈ってる間に魔物の餌になるのは御免だ。新学期初日にデモの敢行と、意見交換の場を設けるのはどうだろう?」


 拍手と賛成の声が幾重にも重なっていく。


 これは間違いなく警護にかりだされるな、と確信すると、シーリスはその場を後にした。


 シェール家はアステリア東部、マギカポリスに隣接する領土を持つ辺境伯の家である。


 自治領であるマギカポリスには、代々王命により学院都市の警護協力としてその騎士団である銀角騎士団を常駐させており、そうした理由からシェール家の娘であるシーリスは、自然と幼少よりこの都市に親しみ、自身もこの学院を卒業した。


 そんなシーリスにとって、マギカポリスは故郷も同然で、学院のことも他人事とは思なかった。


 「こ、こんばんは、シーリス様。」


 先ほどの学生たちの話を思い出しながら『マーラーの家』に向かっていると、今度は一人の学生に声をかけられた。


 見るとまだ幼さの残る二十歳手前の頃と思しき学生が緊張した面持ちでそこに立っている。


 無意識に、騎士の体裁を整える。


 「あぁ、この間の。」


 その子は、先日学院近くの路地裏で、三人の生徒に囲まれ、嫌がらせを受けていたところを助けた学生だった。


 「先日は本当にありがとうございました…!」


 深々とお辞儀する。


 「礼を言われることではない、どうか顔を上げてくれ。」


 「あの時は慌ててその場を離れてしまって、私、ちゃんとお礼が言いたくて。今日偶然お目にかかれて、本当に良かったです。」


 おそらくその時は泣き顔を見られたくなかったのだろう、今は少し照れくさそうだがそう言うと温かい表情で笑みを浮かべていた。


 「その後は大丈夫か?」


 「はい、といっても相変わらずではあるんですけど、でもあの時、叱咤して頂いたシーリス様の姿をみて、前よりも勇気が持てる気がして、不思議と気持ちが楽なんです。」


 「そうか、それは何よりだ。何か困ったことがあれば、いつでも相談にきなさい。」


 「は、はい!ありがとうございます…!」


 彼女の表情が赤みをさしたようにパッと明るくなる。


 「す、すみません、お時間とらせてしまって。それでは私はこれで、失礼いたしますね。」


 「ああ。気をつけて。」


 そう言って別れた二人だったが、『マーラーの家』の前で再会して笑いあい、せっかくだからと食事を共にすることをシーリスが提案した。


 学生の名はアンナといい、アンナは顔を真っ赤にしながらそれを断ったが、シーリスが半ば強引に店内に入ってウェイターに二名だとつげると、案内された店内奥の席に向かい合って腰を下ろした。


 シーリスとしては、実際その後の様子が気になっていたのと、学生の多い魔導都市の騎士として、直接学生の話しを聞きたいのもあった。


 色々と話していると、歳もそれほど離れていないせいか、妹のように思えてきて愛らしくなり、いつしかすっかり体裁も忘れられていた。


 「私は平民の出なんですけど、そのことで良く…」


 「マギカポリスでもまだそういうのがあるんだ。嫌ねぇ。気にしない気にしない、あなたの成績に僻んでるだけ。そういえば、専攻はなに?」


 「補助系の魔法と、あと視写魔法です。」


 「視写!?すっご。あれ難しいでしょ?絵が上手でないといけないし。」


 「そうなんです、だから魔法の勉強よりもスケッチやデッサンばっかりしてて…ー」


 「美術学校じゃないのにね。」


 二人は軽く笑った。


 「シーリス様も、この学院の卒業生なんですよね?」


 「そ。当然私は戦闘呪文が専攻だったけどね。」


 「剣詠士ブレードチャンター、ですよね。すごく、カッコ良くて素敵です。」


 「でしょ?なんてねありがと。でもね、イメージ維持するのが大変なんよ…」


 今のシーリスの様子をみて、アンナはケタケタと笑った。



     ◇




 新学期初日。まだ底冷えのする学院の外とは違い、大講義場は、熱気と大勢の学生で満たされていた。


 「教師人事権を学生に!」「教会介入、断固拒否!」「魔法使いに呪文を!」


 様々なプラカードが揺れ、怒号が響く。


 意見交換開始から一時間、議論は平行線をたどり、壇上の学院長と数名の教授は厳しい顔つきで、学生たちを見下ろしていた。


 シーリスはやはり警護として動員された。壁際にならんで両陣営の動きに目を光らせながら、壇上での生徒と教師陣のやりとりと内容を聞いている。


 「…結局、信仰と魔導の関係性とは何か、という話しだと思うんです。魔導哲学において、かの大魔導師クロウリーは魔導は現実的で実際的な現象だと限定的に述べています。つまり、その現象の背後に存在すると仮定される法則や秩序、並びにそこから推察されるこの世界との関係については認識しえないから触れないという態度ですよね。ある呪文を唱えればそれに対応する現象が引き起こされ、魔導はそれで完結している。精霊説や四界説は根強いですが、基本的に現代魔導はこのスタンスであり、この立場では神学も文法も必要ないでしょう。」


 「信仰はそうした人間的な体系で推し量れるものではない。君のいうクロウリー的な魔導論も、結局は現象の根源については匙を投げていると思わないかね?かの魔導論は現存在的な便宜性から要請されている議論にすぎず、実存においては沈黙したままだ。そしてこの沈黙は自由を意味せずその逆を意味する。クロウリーは魔導とそれを使用する魔導師とを明確に分離するために現象魔導論を提唱したのであって、魔導の純粋性なるものを追求したわけではない。

現に彼は後年、魔導倫理について現象たる魔導をいかに使用するかについても熱心に言及している。

クロウリーを学んでいることは大いに結構だが、部分的なテキストだけではなく、その背景も踏まえた上で勉強したまえ。」


 進行役を務めているカフェテラスにいた学生が話を進める。


 「時間も迫ってきましたので、ここで未成年学徒の代表からも意見を述べてもらおうと思います。どうぞ。」


 壇上に向かうため自分の前を通過したアンナを見て、シーリスは目を疑った。


 アンナは拡声術式を施されたイヤリングを耳につけながら登壇すると、優雅に一礼する。


 そのまま壇上の所定の場に着くと、かるく挨拶をして拡声術の具合をチェックすると、多少の緊張の色は見えはしたが、先日の気弱な様子はなく目を真っ直ぐに学院長を見据えて堂々と話し始めた。


 「先輩たちの議論はとても勉強になりますが、シンプルに今日、私は学院は何のため、誰のためなのかを問いたいです。私たちは魔導を学ぶためにここに集まりました。それは、ゆくゆくはここで学んだ魔導を、世の中に貢献するという形で“実践”するためであり、役にたたない話をただぼんやり聞くためにではありません。本校が革新と実践をモットーにしていることは、ここに並んでいる先生方なら当然承知のことですよね。そこで聞きますが、実用魔導を削ってまで神学講義や文法講義を増やすのは、一体誰のためですか?教会ですか?それとも学院の総本山であるアカデミアの魔爵家のためですか?」


 多くの同意と歓声が噴出し、拍手があがる。

 学院長は表情を変えずにそれ答えた。


 「まず神学と信仰というのは魔導においても倫理的基礎。一人の魔導師である前にヴェレンティアに暮らす一人の人間としても、そこを疎かにはできない。」


 「倫理?寄進額で奇跡の売買をしている教会の倫理ですか?」


 大きなどよめきと歓声、拍手と驚きの声が渾然一体の波となって会場に波及した。


 教授陣の中にさえ、あからさまに狼狽の色を見せる者がいる。


 「…根も葉もないような馬鹿げた憶測でモノを言うのは学徒にあるまじき行為だ、慎みたまえ。倫理の醸成は情動喰らいによる意図しない呪文暴走のリスクを避けるためでもある。」


 「神学によって醸成されるその倫理が、術者の情動を落ち着かせるという実証もありませんよね?」


 再び大きな歓声と拍手が湧沸きあがる。未成年学徒とは思ないその雄弁な姿に学生たちの多くが心を掴まれたのか、登壇前と今とでは、会場の熱気が一段、二段も上がっていた。


 「人事権についても、学問の自由を脅かすのであれば、我々生徒にもその権利の少なくとも半分は譲渡されるべきだと考えますが如何ですか?」


 「人事権は、本校の学習方針が安易なポピュリズムに陥りその長期的な目的と秩序を崩しかねないため、受け入れることは出来ない。」


 学生からのブーイングと怒号が爆発する。


 一連の様子、特にアンナの様子を見てシーリスは驚きを禁じ得なかった。

弱気で嫌がらせを受けていた平民出の優等生はきっとこれから生徒たちに熱狂的に受け入れられるだろう。

しかし、これで良いのか?


 シーリスは遠目からみるアンナの姿が、以前にもまして孤独に見える気がした。

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