三話目 作業は裏切らない
――結論から言うと。
「無理! 今のは無理!」
叶天は、黒い水面から勢いよく弾き出された。
次の瞬間、視界はいつもの草原。
≪個別イベント失敗≫
≪再挑戦条件:不明≫
「不明ってなに!?」
思わずツッコミが出る。
でも――
「……まあ、楽しかったけど」
少しだけ悔しくて、
それ以上に、ちょっとワクワクしていた。
「よし。切り替えよう」
パン、と軽く手を叩く。
「負けたときは――作業」
これは叶天の中で決まっているルールだった。
感情が揺れたときほど、
単純で、再現できて、
積み上がる行動をする。
つまり。
「素材集めだな!」
向かったのは、草原の少し外れ。
プレイヤーがあまり来ない、
ウルフより弱く、スライムより硬い、
微妙な強さのモンスター地帯。
「うん、この“人気ない感じ”いいね」
誰もいない。
横取りもない。
湧きも安定。
「完璧」
ナイフを抜く。
斬る。
避ける。
拾う。
斬る。
避ける。
拾う。
斬る。
避ける。
拾う。
「……落ち着く〜」
さっきまでの緊張感が、
じわじわとほどけていく。
≪ウルフの牙を入手≫
≪硬い皮を入手≫
≪ボロ布を入手≫
「お、ドロップいいじゃん」
メニューを確認しながら頷く。
「これ、装備作れるやつだな」
目的ができた瞬間、
作業効率は一気に跳ね上がる。
そこから一時間。
さらに二時間。
気づけば――
≪レベル25≫
≪素材:大量≫
「よし来た」
満足げに伸びをする。
「やっぱり作業は裏切らないなあ」
街へ戻り、鍛冶屋へ直行。
カン、カン、と軽い金属音。
NPCの職人が、無言で素材リストを表示する。
「えーっと……」
スクロール。
スクロール。
スクロール。
「多くない!?」
でも。
「最高」
目が輝く。
選んだのは――
《軽量ウルフナイフ》
AGI補正付き。
攻撃力は控えめ。
でも、手数特化。
「完全に俺用じゃん」
即決。
≪装備を作成しました≫
手に馴染む感触。
振る。
「……速っ」
思わず笑う。
「これ絶対強いでしょ」
そのとき。
「ねえ」
後ろから声。
振り向くと――
ep.1で話しかけてきたプレイヤー。
「あ」
「また黙々と作業してたでしょ」
「してた」
即答。
「……楽しいの?」
「楽しいよ」
これも即答。
「だってさ」
ナイフを軽く回す。
「やった分だけ強くなるの、わかりやすいじゃん」
相手は少しだけ目を丸くして、
それから小さく笑った。
「……変な人」
「よく言われる」
「でも」
そのプレイヤーは続ける。
「さっき、変な黒いの出てなかった?」
「え、見えてたの!?」
「ううん、私は見えてない」
「なんで聞いたの!?」
「ただ――」
少しだけ真面目な声。
「このゲーム、たまに選ばれる人いるから」
「選ばれる?」
「うん。
一度きりの、特別なのに」
叶天は、少しだけ考えて。
それから――
「……いいじゃん」
にっと笑った。
「作業しがい、あるし」
呆れたような沈黙。
でもそのあと、
小さな笑い声が重なった。
草原の夕焼けが、街を赤く染める。
まだ知らないイベント。
まだ足りない強さ。
まだ届かない場所。
でも――
焦りはなかった。
「よーし」
新しいナイフを握る。
「次はもっと上手くやろう」
明るい声。
前を向いたまま。
作業は、裏切らない。
積み重ねた分だけ、
ちゃんと未来に届くから。




