二話目
---
草原に戻った叶天は、さっきまでとは少し違う感覚を抱いていた。
敵の配置も、風の音も、他のプレイヤーの足音も――
すべてが、ほんのわずかに鮮明に感じられる。
「……悔しいと、集中力上がるタイプかも」
自分で言って、少しだけ笑う。
けれどその視線は、すでに戦場を見ていた。
次は死なない。
次は見抜く。
次は――取りこぼさない。
理由は単純だ。
さっき失った“たった一度”が、思ったより重かったから。
---
そのとき、視界の端に小さな通知が浮かんだ。
≪隠し条件を検知≫
≪プレイヤー行動ログを解析中……≫
「……ん?」
初めて見る表示だった。
クエストでも、システムメッセージでもない。
どこか静かで、無機質なウィンドウ。
≪失敗経験値を蓄積しました≫
≪称号を獲得:《一度きりを知る者》≫
「称号……?」
メニューを開き、確認する。
---
《一度きりを知る者》
・一度きりのクエストに失敗したプレイヤーに付与
・同種イベントの出現率、微増
・???
---
「……最後、隠してるなあ」
思わず、少しだけ楽しそうに呟く。
わからない要素。
検証できない仕様。
それはつまり――
「試せってこと、だよね」
胸の奥の悔しさが、今度は静かな熱に変わる。
---
その瞬間だった。
草原の空気が、わずかに揺らぐ。
プレイヤーの喧騒の向こう側。
誰もいないはずの場所に、黒い歪みが生まれていた。
「……フィールドイベント?」
近づく。
周囲のプレイヤーは、誰も気づいていない。
まるで――
自分にしか見えていないみたいに。
≪個別イベントを確認≫
≪挑戦しますか?≫
「……また“一度きり”?」
少しだけ、考える。
怖くないわけじゃない。
さっきの感覚は、まだ胸に残っている。
でも――
「だから、行くんだよな」
迷いは、もうなかった。
承諾を選ぶ。
---
次の瞬間。
音が消えた。
草原も、空も、光も、すべてが遠ざかる。
足元に広がるのは、
底の見えない黒い水面。
「……うわ、雰囲気こわ」
軽口とは裏腹に、視線は鋭い。
中央に、何かが立っている。
人影のようで、
影そのもののような、輪郭の曖昧な存在。
≪???≫
名前が表示されない。
「……情報、ゼロか」
叶天は、静かにナイフを構える。
心臓の鼓動が、ゆっくりになる。
失敗は、さっき味わった。
取り返しは、きかないと知った。
――だからこそ。
「今度は、最初から全力でいこう」
一歩、踏み出す。
黒い水面が、波紋もなく沈む。
次の瞬間。
影が、消えた。
「――っ!」
反射的に横へ跳ぶ。
コンマ一秒遅れて、
さっきまで立っていた場所が裂けた。
「速……っ」
思考が追いつく前に、身体が動く。
回避。
距離取り。
視線誘導。
すべてが、これまでの“作業”の延長線上にある。
――けれど。
「これ……作業じゃ、足りないな」
口元が、わずかに上がる。
怖さと、楽しさが、同時に来ていた。
---
影が再び揺らぐ。
次の一手は、まだ読めない。
それでも――
叶天は、笑った。
「いいね」
静かな声。
「こういうの、待ってた」
---




