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affection  作者: 月那
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手、繋ごう-6-

 ルカ達の入った回のプラネタリウム上映のテーマは、星座にまつわる神話の世界を解説していくもので、暗闇に映し出される美しい星座の世界に、ルカよりもゆかりの方が食いついていた。

 一つ一つの解説に、目をキラキラさせながら小さく「へえ」なんて言って感心している様子が可愛くて、ルカはどちらかと言うとそんなゆかりを見ている方が楽しくて。

 視線に気づいたゆかりが目で問いかけてきたので、慌てて小さく首を振り、目を星空に向けた。

 目の前にある綺麗な星たちが優しい音楽に乗せて煌いていて、神話の中のラブストーリーに自分を重ねて妄想してみる。(どうやらカップルが多いらしく、内容もラブストーリーがメインのようで)

 流れ星に願をかけるなら、今この状況がいつまでも続くこと。それこそが、唯一の願い。

 自分の立場とか、ゆかりの気持ちとか、そんなことを考えたら何も進めないけれど、この空間、この瞬間の、あまりにも柔らかな幸福感に、時が止まればいいと、強く願った。

 が。

 そんな優しい時間も終りは来る。

 上映が終わり、少しずつ会場内が明るくなってきて。

 先にリクライニングを戻して、立ち上がったルカがゆかりに手を伸ばした。

「ありがと」

「ゆかりちゃん、めっちゃ楽しんでたね」

「うん。すっごい綺麗だったー。あたし、最初はプラネタリウムって寝ちゃうんじゃないかなーって思ってたんだけど、予想外に楽しめたよ」

 笑いながら言って、立ち上がったゆかりの。

 表情が一瞬で凍り付いた。

「?」

 不審に思って彼女の視線の先を辿り、その意味を知る。

「!」

 どこにでもいる、親子連れ。

 小学生になるかならないか、くらいの男の子と、手を繋いでいる母親。

 そして。

 その横にいる。父親が。

 ルカも知っている男だった。

 それは六年程前、死んだ、とされた男。

 …………ゆかりの、元ダンナ。

 ゆかりとその男の目は、恐らく一瞬、合ったのだと思う。

 けれど、ルカが気付いた次の瞬間にはもう、何もなかったように男とその家族は会場を後にしていた。

「ゆかりちゃん……」

 完全に時を止めてしまったゆかり。の手を引いて、とりあえず係員に促されて、会場から出た。

 廊下の隅にあったベンチに座らせる。

 何も見ていない目。

 おそらく、時を巻き戻しているのだろう。

 あの、心を壊してしまいそうになった過去へ。

 七海が幼稚園に入った頃から仕事を始めていたゆかりだったが、七海が小学校に入り、その仕事が軌道に乗って重要ポジションに立つようになった頃、元ダンナの転勤が決まった。

 総てのきっかけはその時だった。

 転勤先がかなりの遠方であり、また数年で戻るのも決まっていた為、ダンナは単身赴任を決めた。

 それはゆかり達夫婦が決めたことであり、その時に下した判断は、当時は正しいと思われたのだ。

 しかし。

 ありきたりな話ではあるが、ダンナは不倫に走った。

 しかも、女を作るだけでなく、子供まで、できてしまったのだ。

 相手の女は未婚で、情に流されたダンナはゆかりを捨てて(七海を捨てて!)その女と一緒になると、そう、決めたのだった。

 ゆかりは悩んだ。あの時、一緒に行っていればこんなことにはならなかったのに。と。

 そして七海の為にもダンナにすがるべきではないか、と。女を捨てて自分の元へ戻って欲しいと。

 プライドなんて投げ捨てて、そうするべきなのではないか。

 けれど、この事実によってゆかりの中のダンナへの愛情は完全に失われていた。

 そんな、一かけらの想いもない男を引き留めて、自分の傍にいさせることで、一体誰が幸せになれるというのか。

 また、幸か不幸か、その時点でゆかりは経済的に完全に自立していたのだ。

 もはや、七海一人を育てる余裕ならある。

 そんな事実が、その後の総ての決断になったのだが。

 まだまだ父親という存在が必要な七海。それはわかっている。

 けれど、もう“七海の父”は存在しないのだ。

 ゆかりにとって何よりも大事な七海。その七海から“父親”という存在を抹消する。

 悩み抜いた結果出た結論。けれども何よりもそれが、ゆかりの心を壊した。

 何も見ない目、何も聞こえない耳。

 完全に心を閉ざそうとしたゆかりを、けれども現実へと引き戻したのは美紅だった。

 現実的に全ての処理を請け負い、精神的にゆかりを支え、七海の世話をして。

 ゆかりを、本来のゆかりへと戻したのだ。

 あの男は死んだのだ、と言い聞かせて。

 幼かった七海への説明。それはゆかりの心への説得。

 あの男は死んだのだ。

 それはゆかりの心を護る呪文。

 だから。

 こんなところで会ってはいけないのだ。

「ゆかりちゃん…………」 

 あの時の、壊れたゆかりの目を思い出す。

 もう中学生だったから、美紅はルカを巻き込んだ。ゆかりの支えになることを、自分にも任せてくれた。

 だから。

 今も。

 俺が、護る。

「ゆかりちゃん、俺を見て」

 手を握り、何も見ていない瞳に自分を映して、名前を呼ぶ。

 それは呪文。この世界に戻ってくるための、呪文。

「大丈夫だから。もう、いないから」

 ここへ戻って来て。

 過去に捕らわれないで。

 目を見て、ただひたすらに「大丈夫だよ」と繰り返す。

 絶対に、護るから。痛みも総て、ひっくるめて受け止めるから。

 お願いだから、戻って来てと。そう願いながら手を握り、目を見つめる。

「…………るー、ちゃん」

 掠れた声。

 どれくらい時間が経過したか、わからないけれど。

 ゆかりが、戻って来た。

「ゆかりちゃん!」

 目が、合う。そして。溢れ出る、涙。

「るーちゃん……」

 ルカはそのままゆかりを抱きしめた。

 子供のように泣きじゃくるゆかりが、けれども嬉しかった。

 それは彼女が現実を受け入れた証拠だから。

 辛い、辛い現実を、受け止めて、泣いているのだから。

 だから、泣いていい。いっぱい泣いてほしい。

 涙と一緒に痛みが流されるなら、沢山泣いて吐き出してほしい。

 そう、思ったから。

 ルカはずっと、ゆかりの背中を優しく撫でていた。

 そのままどれくらいの時間、そうしていただろうか。

 呼吸が落ち着いて来た頃、ゆかりがルカの胸から顔を上げた。

「るーちゃん、ありがと」

 涙に掠れた声で、言う。

「ゆかりちゃん、大丈夫?」

 泣き疲れた顔。でも、少しだけ笑顔を見せて。ゆかりが頷く。

「ごめんね」

「いや、謝らないでいいから」

「でも」

「いっぱい、泣いていいから、もう泣かないで」

 あーもう、日本語、下手! 何言ってんだろ。

「じゃなくて。えっと」

「大丈夫、わかってる」

「ゆかりちゃん」

「うん。もう大丈夫。もう、逃げない」

「…………ゆかりちゃん」

「七海、いるもの。それに、こうやってるーちゃん、いてくれるもん」

 言って、抱きついてくる。のが嬉しくて。

 いつものハグのように、軽く背中をトントン、と叩いた。

「そろそろ、帰ろっか?」

 ルカの言葉に、

「うん、そうだねお土産買って、帰ろ」

 ゆかりがいつもと変わらない笑顔を見せてくれたから。

 安心して、ゆかりの手を取って。来た時と同じように手を繋いだ。


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