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ガール・ミーツ・ギャル  作者: 燕曽野 狩輝
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愛、熱、届けたい想い。小さなお菓子。

 アチアチな真夏日には、ストーブとこたつを用意して鍋を突くものである。


――ハンムラビ法典より



 今日も痛いくらいに眩しい日差しが、授業中の家庭科室を温める。黒板の横に掛けてある温度計は62℃を指しており、既に三年生の教室がある一階は大量の汗で沈没したらしい。


「まるで人間オーブンだね、真綾ちゃん!」

「コンプライアンスもへったくれもねえな」

「真綾ちゃんもこんがり焼けて美味しそう!」

「氷点下でも小麦色だわ」


 楠降高校では、全ての教室にエアコンが設置されている。本来であれば、全エアコンを冷房に設定するべきなのだろうが、一階の惨状から見て分かるように、生徒達の発汗量で日本初の雨季が訪れ、凡そ平均的ではない湿度の高さである。こうした環境を打破するために、可能な限り乾燥モードで空調を動かしているらしい。


「奥ゆかしい取り組みだね」

「職員に人の心はないのか?」


……などと、最も人からかけ離れたスーパーサ○ヤ人みたいな金髪女が宣っている。悲しいことではあるが、他の動物が人を理解できないように、人も他の動物を理解しているように見えてしていないのである。私は酷たらしい現実に打ち拉がれてしまった。


「真綾ちゃんが人間だったら……」

「せめて人権は残せよ」

「そういえば、今は家庭科の調理実習中だけど」

「設定が無理やりだな」

「もうすぐバレンタインだよね」

「半年あるけどな」

「我々の人生からしたら、半年なんかあっという間だよ」

「達観してる割にバレンタインを気にしすぎだろ」


 そう、私達は華のJKなのだ。バレンタインデーという甘酸っぱいひとときに想いを馳せる。なんと美しく儚い時間であろうか。そして、こんなにもピュアでプリティーな私。なんと素敵な女の子であろうか。


「きっとみんなメロメロだね」

「暑さでな」

「ところで、バレンタインといえばチョコレートだよね!」

「まあ、そうだけど」

「ということで、今から本命チョコを作っちゃおうと思います!」

「この気温で?」

「最高に可愛くて美味しいの作っちゃおう!」

「しかも授業内容は茶碗蒸しだが?」


 真綾ちゃんは、呆れた様子で私のことを睨む。その目つきは、まるで私の喉元を掻っ捌くかのように鋭いものだった。しかしその目つきの御蔭で、これから溶かすチョコレートを刻む手間が省けた。


「ほんと、真綾ちゃんの眼光はいつも研ぎたてで助かるよ」

「知らない間に亜空切断してたわ」

「あ、でもチョコより先にボウルが溶けてきちゃった!」

「融点バグってね?」


 細かく刻んでもらったチョコレートを太陽光で溶かしていると、私が家から持参した黄緑色のシリコン製ボウルも一緒に溶け合い、手元には少し毒気を帯びた色のマーブル模様が広がっていた。心の底から交わることのないチョコとシリコンが、まるで人間の心象を映し出しているようで、私は妙な既視感を抱いた。


「まあ奇麗!このままボウルも使っちゃおう!」

「異物混入どころか異物フレーバーみたいな割合になってるが?」

「とりあえず塩コショウも入れて、っと」

「味的に一番の異物だな」

「あとはちくわとキュウリを添えて」

「彩りまで地獄じゃん」

「土鍋で煮込むだけ!」

「あっ、えっ鍋なの?」


 私が土鍋を火にかけたところで、真綾ちゃんがいきなり狼狽える。そもそも、こんなクソ暑い日にバレンタインチョコを作るわけがない。それだというのに、彼女は私がそんなものを作ると本気で思っていたのだろうか。全くもって詰めが甘い。チョコだけにね!!!!!!!!


「あのさ、なんで鍋なの……?」

「そんなの、私が入ってる部活を考えたら分かるでしょ!」

「え、何部だっけ……相撲部とか?」

「私がそんなに相撲を取るように見えるの!?」

「超つまらないボケで読者相手に独り相撲取ってるけど」


 私は一つ、大きなため息をついた。それは、真綾ちゃんが私のハイセンスで爆笑必至の激ウマギャグの面白さを理解できないことに対してではない。彼女はなんと、ボケがつまらないと言って自分のツッコミ力の無さを棚に上げたのである。

 本来、ボケはツッコミがあって光るもの。だというのに、彼女は自分がツッコめず面白さを失ってしまったことを、あろうことかボケのせいにしたのだ。これはいくら慈母と呼ばれた私でも怒らざるを得ない。私は咄嗟につみれを鍋の中へ投げ入れ、これでもかと上から牛乳を注いだ。


「せっかくだから真綾ちゃんに教えてあげるよ、私の部活を」

「毛ほども興味ないけど一応聞いとくわ」

「正解は、鍋部でした!」

「鍋部」

「だいたい、私は小学校の時から鍋部だったじゃん!」

「ウチの記憶だとお前はずっと文芸部だが?」

「ちなみに部内ランキングは堂々の一位です」

「一体鍋で何を競おうってんだよ」

「火加減!」

「家でやれ」


 まるでG20でも開かれているかのような、環境問題に一石を投じる会話を繰り広げていると、土鍋の中からグツグツと音が聞こえてきた。その侘び寂びを感じさせる柔和で暖かな音色に、私は素朴な枯山水庭園を想起する。五感に訴えかけてくるとは、まさにこのことなのだろう。気が付けば私が持つ全ての感覚器官から、薄っすらと唾液が滲み広がっているではないか。


「美味しそうだね、ヨダレが止まらないよ……」

「不味そうだし、それはヨダレじゃなくてただの汗な」

「あとはこれを型に流し込んで、冷蔵庫で固めるだけだね!」

「まだチョコレートを作っている気でいたのか……」

「早く田中君に渡したいなー!」

「その早くが六ヶ月もあるとは恐れ入った」

「喜んでくれるといいな!」

「あ、それを本命チョコとして渡すのはネタじゃないのね?」


ぶつくさと戯言を並べる真綾ちゃんを横目に、私は目前に迫るバレンタインへの期待で胸を膨らませていた。






***






 次の日の朝。私は午前六時ぴったりに起床する。昨日の猛暑が嘘だったかのように、外は過ごしやすそうだ。気温はマイナスを下回り、ジメジメとした湿気も感じられない。私はうきうきで食パンを咥え、勢い良く家を飛び出した。

 すると玄関先には、一世代前の渋谷でよく見かけるような、ある意味で個性的、しかしある意味で没個性といった風貌の女が、カタギとは思えぬ表情で待っていた。


「おはよう!今日もお日様ポカポカだね!」

「愛理の表皮って死んでるんだな」


 いつものように二人で歩き出す。思えば、私が小学四年生の頃から、真綾ちゃんは私と一緒に登校してくれている。これもあの時、魔王を倒すために神から授かったこの力に、クラスで唯一、真綾ちゃんだけが気付いていたからだろう。


「……なーんか、私っていつも真綾ちゃんにお世話になってるよね」

「ん?どうしたよ、いきなり」

「真綾ちゃんには感謝することばっかりだな―って思って」

「んー、まあそれはお互い様じゃね?」

「でもさ、やっぱりそういうのを伝えたい瞬間ってあるわけで」

「それが今、と?」

「そんな感じ!」


 私は、背負っていた自分のリュックを胸の前に持ってきて、その中から小包を取り出した。


「だから、いつもありがとう!真綾ちゃん!」

「なにこれ」

「本当はバレンタインの本命チョコってことで作ったけど、先にあげなきゃいけない人がいるって思って」

「えっ」

「これは私からの日頃の感謝の気持ち!受け取って!」

「いや、あの」

「そして、これからもよろしくね!真綾ちゃん!」


 少し照れくさかったが、私は真綾ちゃんに胸中を打ち明けた。自分で言うのもなんだが、とてもいい笑顔で言えたと思う。真綾ちゃんも少し恥ずかしがってはいるが、広角が少しつり上がっている。彼女が喜びを隠すのが下手なのは、昔からだ。

 明日も、そのまた次の日も、こうやって二人で何気なく日常を過ごせたらいいな。そう思える朝だった。




「なんかいい話で終わろうとしてるけど、ウチ被害者だからな?」

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