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001 召喚前



セーロクがコンタクトレンズをはずしている。


――だれかがコンタクトをはずしているのを見るといつも必ず、「目からウロコがおちる」という慣用句を思い出す。


ただこの場合、“ウロコ”をつけている方がモノはよく見えるわけで、意味は真逆になってしまう。


そんなことを考えていると、

メガネをかけたセーロクが荷物をかかえながら「おまたせ」とつぶやいた。


オレも自分のバッグを斜めがけにして、部室を出ながらセーロクに云った。


「大好評だったな、マカロン」



月曜日。

ホワイトデー当日。


セーロクは陸上部の部長として、部員16名から300円ずつ徴収して準備したマカロン6色12個入りのおしゃれな箱を二人の女子マネージャーにそれぞれ手渡し、マネージャーは大喜びだった。


オレたち男子がバレンタインでもらったのは、部員全員に対しチョコふた袋だった。

だから値段的には倍返し以上だっただろう。

セーロクはお返しの金額設定について「ふだんから絵美ちゃんと未悠ちゃんにはお世話になってるし、男子からの日ごろの感謝もこめて、これくらいしとかないと」とオレに説明していた。


「あぶないところだったよ。箱の中身を見るのはいいんだけど、マカロン見た男たちがうまそう、美味しそうってさわぐから、オレあわてて『食べられる前に隠した方がいいよ』って云っちゃった。オレがそう云わなかったら男子、一個ずつもらって食べてたでしょ」


「あ、オレもらうつもりだったぜ」


云われてみると、たしかに16人で食べたらさすがに本人たちの持ち帰る分が激減してしまうな。


「部員が気が利かないと、いろいろと気遣いが上手になってありがたいよまったく」


別に気を悪くした風でもなくセーロクはそうつぶやいた。


放課後、部活終わりの夕方。

もう日は暮れかけてあたりは夕焼けの色に染まっている。

空は曇っている。不気味に赤黒い空の色。

空気は冷たく肌寒かった。


「今日も、あの店に寄って帰る」


オレはセーロクにそう云った。


「え? クチュールに? うん。べつにいいけど。――家のひとに、ホワイトデーのお返しとか買うの?」


「いや。……いや、それもいいな。母さんと妹にお返しを買うってことでいいか」


「……なに?」


「ぶっちゃけていうと、……昨日お店にいた、田中愛さん。あの人が目当て」


オレは早々に白状した。

セーロクは、勘がいいやら洞察力があるやらで、自分の恋心を隠しておく自信がなかったのだ。


「へぇ。びっくり」


あまり驚いてるようには見えないのは気のせいか?


「あんなきれいなひとが働いてるんなら、オレにも早めにひとこと報告しておいてほしかったぜ」


照れかくしにオレは愚痴るまねをする。


「ワト、ふだん女子とか恋愛とかに興味ないからさ。悪かったな。まぁ、がんばってよ」


「ああ」


あのひとが働く洋菓子店「クチュール」は、学校から南へまっすぐ下り、大きな道にぶつかる場所の、角に立っている。


クチュールから東に行けばセーロクの家の方向。

クチュールの手前の道から西へ行けばオレの家の方向。


ふだんは部活終わりに一緒に下校しても、クチュールに辿り着く前の角でオレたちは分かれていたのだ。

今日はクチュールまで行ってから分かれるとしよう。


甘いものが大好きなセーロクは、少なくとも週に一回はクチュールでお菓子と紅茶を楽しんで帰っているのだそうだ。


夕暮れの冷たい風が吹く中を、あの人が待つ洋菓子店へ急ぐ。

灰色のフードを、外気が少しでも入りこまぬよう首元に寄せた。



クリーム色の壁に茶色の木の柱。赤っぽいオレンジの屋根。

周囲の道よりちょっと高くなっている場所に立つ洋菓子店。

オレたちが来る北からの道の方と、東西にのびる大きな道の方、どちらからでも入れるように二か所入口があって、建物までは数段の階段がある。


クチュールの西側の雑貨屋との間に庭があって、店内からはガラス越しにその庭を見ることができる造りになっていた。


「で、どうするの? お茶飲んで帰るつもり?」


「そうだなぁ。ゆっくりしていきたいけど、今日はやめとくわ。今日は家のもんにホワイトデーのお返しを買うために来たって設定だから。それだけ買って帰る」


「了解」


オレとセーロクはクチュールへの階段を上がり、入口のドアを開けた。


からんからん、と音が鳴る。


店内を見回す。

昨日いた店長さんとレジの女の人の姿を確認。

……あのひとの姿は――ない。


ショーケースを眺めながら、西側にある飲食のできる方へと進んで、見渡す。

――いない。


「今日はいないのかな」


「ううん、月曜日のこの時間はたいていいるんだ。ちょっと店の奥に行ってるだけかもよ」


「そうか。……セーロク、予定変更だ。奥でお茶しよう」


「あ、そうなの。じゃ、食べるのを選ぼうか。今日はちょうどかぼちゃのタルトが食べたかったんだよね」


セーロクは急に機嫌が良くなった。うきうきしながらショーケースを眺める。


どうやら、きょうはもともとは食べないつもりの日だったらしい。オレにつきあって食べるという大義名分でもできたのだろう。

ダイエット中の女子みたいな発想のやつだな。


「ワトは何にするの?」


「マカロン」




テーブルについた。

セーロクはタルトとオレンジペコーの香りを楽しみ、オレはマカロン――本当に美味しい。食感も、風味も、初体験の味わいだ――を口に放り込み、アールグレイをのんでいると、楽しげな澄んだ声が聞こえてきた。


あのひとが、もどってきた。


彼女はすぐにオレたちに気づき、近づいてきてくれた。


今日は髪の毛をおろしている。

鎖骨の下あたりまでくる長さの、こげ茶色の髪はゆるく揺れていて、頭には控えめの髪飾り。

カチューシャじゃなくってなんて云ったっけ――セシルが前、云ってたな――そう、カチュームだ。

カチュームで、ゆるめの絶妙な髪形にしている。


昨日はざっくりの白のニットだったけど、今日はふわふわしたキメの細やかなパステルブルーのニットに、白いスカートだ。


「いらっしゃい、セーロクくん、ワトくん」


「こんにちは。今日も来ました」


オレはセーロクよりも先にあいさつした。


「髪形が変わると、また少し雰囲気が変わりますね」


オレは思ったとおりのことを口にした。


「あれ、気づいてくれた? 嬉しいなぁ。どっちの方がいいかな?」


本当に楽しそうに笑うひとだ。


「上げてるのもおろしてるのも、どっちも好きです。昨日は――清楚だけどセクシーって感じがして、今日は……可愛くて、きれいです。日替わりとかで、どちらもお願いします」


「うわ、ありがと! ――若いのに、ほめるのが上手ですね。さすがセーロクくんのお友だち。とても高校2年生とは思えないんだけど」


大人の女性にそう云われるのはなんか嬉しかった。


「オレも、こんなにパステルカラーの似合う女のひとは、見たことがないです」


「この服? ふわふわしてて可愛いでしょ! やっぱり男子には好感度高いなぁこういう服」


本当に屈託のないひとだ。感情が、ストレートに顔に出るひと、って感じがする。

輝いている笑顔を見て思う。喜怒哀楽の感情のうち、喜と楽が多くのパーセンテージを占める毎日を送っているひとが持つ、澄んだ明るいオーラ。周りをも明るく照らす雰囲気。



お菓子のことや、

陸上部の練習のこと、

セーロクとは幼稚園のときからの幼なじみであること、

それらの話題で、――愛さんは仕事中だったし今日はホワイトデーでお客も多いかも知れないと思って――ほんの2分くらいの会話を交わしただけだったから、オレはだいぶ物足りなかったけど、

それでも愛さんと近くでおしゃべりができたのは幸せだった。



――冷めたアールグレイを飲みほした。


「……どう、満足した?」


セーロクが小声でオレに訊いてきた。


「2分くらいの会話じゃ満足はしないけど、十分な収穫だったと思う」


「2分って。オレ、時計見てたけど5分はしゃべってたよ」


「あ、そうなのか」


わからなかった。


「恋をすると時間が過ぎるのが速く感じるんだと。ワトも例にもれず、ってことか」


興味深げな口調でつぶやいてやがる。




オレは皿とカップの乗ったトレイを持って立ち上がった。「そのままでけっこうですよ」という別の店員さんからの言葉に甘え、トレイをテーブルに戻すと、荷物を持って出口へ。

レジでその店員に支払いを済ます。


「ワト、お母さんとセシルちゃんにホワイトデーのお返し買うんじゃなかったっけ」


「……あぁ。そうだった」


そういう設定だった。家族にお土産を持って帰るのも、たまにはいいか。


お菓子が並ぶショーケースの方へ向かう。


――また、あの人の姿はなくなっていた。今日はなにかと忙しいのだろう。


また、会いに来よう。


そんな確固たる決意を胸に抱いていると、うしろで扉のひらく音がした。


からんからん


「……あれ? まこっちゃんに、かずくん? 珍しいね、二人でこんなところにいるなんて」


聞き馴染んだ声がした。


店内に入ってきたのは、つばきだった。

柿崎つばき。セーロク同様、幼稚園のときからの幼なじみ。オレのことをいまでも「かずくん」と呼ぶ、数少ない人間の一人だ。


その後ろにつづけて――クラスメイトの渡瀬佳代の姿もある。


「おっ。ばっきー、そのポンチョも似合うね。新作?」


セーロクが挨拶代わりにつばきにそう云う。


「うん。おニュー」


つばきが答える。


「渡瀬さんは、アルバイト帰り?」


つづけてセーロクは渡瀬に声をかけた。


「……うん」


渡瀬はいつもの、ちょっと困ったような表情を浮かべて答えた。


「まこっちゃんは甘いの好きだけど、かずくんがお菓子屋さんにいるのは、似合わないなぁ」


「いいだろ別に。ってゆーか、おふくろと妹にホワイトデーのお返し買いに来たんだよ」


「あら、なるほど、なっとく」


つばきを外で見かけるときは、たいがい今日のように帽子をかぶり、ポンチョをまとっている。「趣味:ポンチョ集め」とは本人の言。髪形はいつもショートカット。そして冬になるとさまざまなニット帽をかぶる。



いっぽうの渡瀬佳代は制服から着替えていない。制服の上に、ミリタリーなカーキ色のコートを着ている。


ぺたんとしたボリュームのない黒髪。長さはあごのラインくらい。小さい目。きゃしゃなからだつき。


セーロクは「バイト帰り」と云ってたけど、こいつ、何のバイトしてたんだっけ。


あとで聞いてみるか。


つばきと渡瀬はここで何を買うのか決めてきていたようで、あまり選ぶのに時間をかけずにいくつかのお菓子を買った。応対は店長さんがしていた。


二人を待つ義理はなかったのだが、セーロクがつばきとしゃべっていたり、……オレも、しばらく待っていたらあのひとが戻ってくるんじゃないかって少し期待してたりもしたので、けっきょくクチュールを四人そろって出ることになった。


あのひとは、もどってこなかった。


風が強い。

店のドアを押し返すように風が吹きつけている。ちょっと体重をかけないと開かないくらいの強い風圧。

オレがドアを開けているすきに、セーロクが「おさきにどうぞ」とつばきと渡瀬を外に出す。


三人が出てから、オレはドアを閉めた。


冷たい――真冬のような風が吹いている。大きな風の動き。空と大地の間を行ったり来たりしているかのような風があたりを吹きすさぶ。


「さっむー!」


つばきのポンチョは季節を先取りした春先用のようで、そう厚くないみたいだ。

渡瀬のミリタリーコートはもこもこしたムートンがついていてあったかそうだ。


「つばきちゃん、うちのマフラー使い。うちは平気やから」


「ごめん佳代。借りるよ」


つばきと渡瀬が階段を下りる。

そのあとをセーロク。最後にオレ。


オレが階段を一歩下り、二歩下り――


――ぐうぅん――!


なんだ?


なんか変な感触が全身を覆った。


身体がこわばる。

走り抜けた違和感。

鳥肌が立っている。

ちょっと――めまいもする――いや、もう……おさまっている。


なん――なんだったんだ、いまの?


――表現できない感覚だった。


なんというか――帯電した巨大なゴム手袋で、全身をわしづかみにされたような感覚――。


冷や汗が伝っていた。


「――どうした、ワト」


……セーロクの声。


階段の半ばで立ちつくしているオレ。


「いや……ちょっとめまいがした。もう大丈夫だ」


オレはそう答えた。


「そうか。長距離組はオレたちより走ってる距離が違うからな。風に飛ばされないようにして帰れよ」


「……だいじょぶ? 平見くん」


気づくと、渡瀬がこっちを見ていた。


「ああ……わりぃな。ちょっと疲れてたみてぇだ」


「えぇっ……むっちゃ顔色悪いやん。風邪気味とかなん?」


「顔色……悪いか?」


たしかに、あの“帯電ゴム手袋”感覚が襲ってから、変な違和感は去っていない。


「青ざめてる」


「なに? かずくん具合悪いの? 家まで送っていこっか?」


つばきがあっけらかんとそう云った。


「いいよ――」


オレが断りかけたが、


「それじゃばっきー、あとはまかせた。オレ、帰るから、ワトのことよろしく」



セーロクがそう云ったため、オレとつばきと渡瀬は、――まぁ家の方向はそれなりに一緒の方向ではあったので――三人で帰路につくことになった。



「バカは風邪ひかないっていうのは嘘なんだね」


「しみじみ云うなよ」


つばきの言葉に返事をするオレの声にはたしかにいつもの力がない。


そのうち会話が減り、渡瀬が押す自転車のたてる軽い回転音が耳に入る。


あの激しかった風はやみ、今はうそみたいに静かだった。


クチュール沿いの東西にのびる道路は、歩道がとても広い。その歩道を、力のない足取りで歩くオレと、そのオレのスピードに合わせて歩いている、つばきと渡瀬。


「……なぁ」


ちょっとだけ生まれた沈黙がふくらむ寸前のタイミングで、渡瀬が言葉を発した。


「前から気になってたんやけど……、どうして“ワト”と“セーロク”っていうあだ名になったん? うち、その由来聞いたことないねん」


「ああ……。たしか、小学校6年のときだったかな――」


渡瀬の質問に、オレは答えた。


「学校の授業であったろ、じぶんの名前の由来を親に聞いてきて、作文作って発表しなさいってやつ。あの授業のときからだな」


「ああ、あったね、そういえばそんなこと」


つばきがあいづちを打つ。


「オレの“かずひと”って名前は、オレのおやじが、世の中がどんどん西洋かぶれになっていくことを嘆いて、『お前は日本人らしく、“和”の心を持った人になってくれ』っていう願いを込めて名づけたんだと。その話を発表したらセーロクが、『和人の“和”は和風の“和”なんだ』みたいなことを云ってきて、そんで“わのひと”ってことで、『ワト』ってセーロクが呼びはじめたのがきっかけ」


「へぇ……!」

「ふうん」


渡瀬は本当に驚いたように、

つばきもそれなりに感心したようにこの由来話を聞いていた。


「『セーロク』のほうも、その授業のときからオレが呼びはじめた」



セーロクの本名は長家ながいえまこと

父親の名前が「誠吾」で、じいちゃんの名前が「誠四郎」だったらしい。

じいちゃんと父親はここ何代か続いてきた「誠」の字を受け継がせたいと考え、長男である誠に「誠六」という名前をつけようとしていたが、それじゃあまりにも響きが古臭いと母親がふたりを説得し、「まこと」という名前になったらしい。


「この由来話を聞いたオレが、『もともとはセーロクって名前の予定だったんじゃん』みたいなことを云って、呼びはじめたのが、セーロクのあだ名のきっかけだな」


「……おもろいね」


渡瀬が、笑いを必死でこらえてるような表情でそうつぶやいた。


「……あっ。もしかしてそれじゃあ、セシルちゃんの名前がカタカナなのは、かずくんのときの『和風に!』っていうやつの反動なの、ひょっとして?!」


つばきが大きな声を出した。


「そのとおり、正解。妹が生まれたときも『和風に和風に』って云いつづけていたおやじに猛反発したおふくろが、女の子の名前は自分がつけるって意気込んで、セシルってつけたらしい」


つばきが腹をかかえて笑いはじめた。

渡瀬も我慢できずに声を出して笑いだした。


女子高校生が二人。箸が転んでもおかしい年頃とはこういう年代を云うのだろう。



日はずいぶんと暮れてきた。

クチュールから歩きはじめて数分。

さすがに家の前まで送ってもらうこともないだろう。

こんな日暮れだ。逆にオレの方が女二人を家まで見送った方がいいんじゃないか?



そうしよう。

身体や頭に多少の違和感は残っているが、特にどこが痛いとか苦しいってことでもない。大丈夫だろう。


「……ふたりとも、ありがとうな。オレ、もう大丈夫だから。逆にさ、暗くなってきたからお前らを家まで送るよ」


「平見くんあかんて。さっきまでめっちゃ具合悪かったのにそんな急に良くなるわけないわ。……なぁ、つばきちゃん」


「そうね――。あでも、たしかに顔色はもどってるみたいよ。こいつ、回復力あるからだいじょうぶなんじゃない?」


「そんなぁつばきちゃんまで……」


「渡瀬、そういうことで決まりだ。どっちの家の方が近いんだっけ?」


オレがつばきにそう尋ねるとつばきは


「いやいや。あたしらも送ってもらわなくても平気だって。じぶんらで帰るよ。ね、佳代」


「うん……そうだね」


「だけどマジでもう日が暮れるぞ。変質者とか出るかもしんねぇぞ」


「変質者かぁ。でも、この辺は道も広いし店とかも多いし街灯も明るいし。ホントいいって」


つばきの言葉に対しオレはもうひと押ししようとしたが、


「犯罪とかって、人が起こすんじゃなくて場所が起こすんだよ。犯罪が起きるのは、犯罪が起きるような場所に限られるの。そういった場所に近寄らなかったらだいじょうぶなの」


自信満々のつばきに、オレは説得されてしまった。


「……そうか。わかった。じゃ、気をつけてな。今日は悪かったな」


「いいよ。面白い由来話聞けたしね」


「うん。……じゃあ、またね平見くん。おだいじに」


「おう。おつかれ」



つばきと渡瀬と分かれ、オレは自分ちの方への道をひとり歩きだした。


歩きだして数秒たった、そのときだった。


また、風が激しく吹きはじめてきて――


ぐううぅん――


「?!」


まただ、あの変な感覚だ――!


音をたてない静電気が充満しているような不穏な気配が周囲に満ちている。


やばい。そう直感で思った。


ぐらぁ――っ


めまいが襲ってきた。

思わずよろめき、地面に膝をつく。


うっ……なんだ、これは。


さっきのあの感触だ。

帯電した巨大なゴム手袋に、オレは再びわしづかみされる。

身体を通り越して、後頭部や脊髄を掴まれているような強烈な違和感。

拒絶反応に、身体が硬直する。


ぐぐぅぅ――


違和感は続く。むしろ激しさを増す。


後頭部から首、背中の方が重い――!


押しつぶされるような圧迫感。オレの身体を狙って重力が働いているかのような感覚。


やばい。

意識が遠のく。


――なにかの病気だったのかオレは?


脳か、脊髄の病気。

それにより引き起こされた、めまいや違和感――?


オレはさっき二人と分かれた方を見た。

遠くにまだ、二人のうしろ姿が――ずっと遠くにだが、見える。


なりふり構ってられねぇ。

二人を呼ぼう。


腹に力を入れ声を出そうとした――が、


声が出ない。


本気でマズイ。

言葉が出てこない。

全身から噴き出す冷や汗。身体が冷たくしびれてくる。

やっぱ脳の損傷?



――いや、


ちがう。


絶対にこれはオレの病気とかの症状じゃない。


これまで自覚症状なんてなかったし――

いや、そういう理屈はどうだっていい。

オレの身体のことはオレはよくわかる。わかってる。


これは、オレの内的要因が原因じゃない!


外からの干渉による“なにか”だ。


ぐ ぐぐうぅ――


押しつぶされる感覚がまた一気に強まった。


やばい。ちくしょう。

このままじゃ、――意識を失――う――


ちく――しょう――


倒れ込んだオレ。


目に映る、舗装された道路のアスファルト。


――せっかく買った、マカロンの箱が転がってるのが見える。


ちくしょう――!


押しつぶ、される――


くそっ……


気絶、しちまう――


ちく……しょ――――


…………うう――


ダメ、だ――!


…………




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