7 憧れと不自然な魔力
祭典二日目の朝。
街は昨日以上に色づいていた。
通りには新しい飾り布が増え、空には属性ごとに色の違う光の帯がゆっくりと流れている。
人々の服装もどこか華やかで、魔法で模様を浮かべたローブや、光るアクセサリーがあちこちで揺れていた。
「昨日より……人、多いな」
ステラは人波を見ながら、ぽつりと呟く。
声は相変わらず淡々としているけれど、歩く速度はほんの少しだけゆっくりで、周囲をよく見ていた。
(新しい魔法……いっぱいある……)
表情は変わらない。
でも視線は忙しなく動き、屋台で実演される術式や、小規模な魔法競技の舞台を一つ一つ追っている。
火の玉を正確に操る競技。
結界をどれだけ美しく展開できるかの演舞。
治癒魔法の速さと精度を競う実演。
どれも、ステラにとっては『学び』と『憧れ』の塊だった。
「……術式の組み方、昨日の人と違う」
「系統が違うからな。こっちは実戦向きだ」
ゼフは穏やかに解説しながら、彼女の横顔を盗み見る。
(やっぱり、相当楽しいみたいだ)
瞳が、少しだけきらきらしているように見える。
感情を表に出さないステラにとっては、それだけで十分すぎるほどの変化だった。
昼過ぎ、即席の模擬戦の舞台で、若い魔導師たちが上位術式の簡易版を披露する。
空に展開される多重魔法陣。
属性を重ねた複合魔法。
制御の難しさが一目で分かる高度な構成。
ステラは無意識のうちに一歩前に出ていた。
(……すごい。あの組み合わせ……応用できそう……)
その指先が、剣の柄を軽くなぞる。
自分の中の魔力の流れを、頭の中で重ね合わせるように。
ゼフはそれを見て、くすっと小さく笑う。
「後で試したいって顔してるぞ」
「そんな顔してない」
即答。
でも否定の速度が、明らかに速かった。
夕方。
街全体が夕焼け色の魔法に包まれ、空には人の魔法で作られた光の花が咲く。
人々の笑い声。
音楽。
魔法の余韻。
ステラは広場の縁に立ち、空へと昇った光の花が開いては消えるのを静かに見上げていた。
その横で、ゼフは風の流れに意識を向ける。
(……昨日より、気配が濃い)
祭りの高揚に紛れて、精霊を探る視線。
街の結界の外縁をなぞる、不自然な魔力の動き。
ゼフは何も言わない。
ただ、ステラの少しだけ上向いた気持ちを壊さないように、いつも通りの優しい調子で声をかける。
「楽しい?」
「……うん」
短い答え。
でも、迷いがない。
そんなステラを見て、楽しそうに笑った。
夜。
ステラが眠りについた後、ゼフはまた風となって街へ出る。
広場の灯りが弱まり、人々が宿へ帰る中、怪しい黒い影がステージ近くの路地に現れる。
「……来たか」
ゼフは翡翠色の光を体に帯び、風を巻き上げながら影に近づく。
影は素早く移動し、何かを探るように広場を巡る。
ゼフは静かに風を操り、足元を絡めるが、影は一瞬の隙をついて逃げ去った。
「……くそっ、また逃がした」
ゼフの瞳にはわずかに苛立ちと警戒の色が浮かぶ。
しかし、ステラの安全を最優先に考え、街や祭典に影響を及ぼさない範囲で見守ることを選ぶ。
夜風に乗って、ゼフは街を一巡しながら心の中でつぶやく。
「何者かが動き始めている……でも、まだ焦る時じゃない」
風が軽く街を撫で、静かな不穏を包み込むように吹き抜けた。
二日目の闇は、まだ静かだ。
けれどその奥で、確実に何かが動き始めている。
三日目――
精霊が主役となる日を前にして。




